許し
“なんの答えだ。”
キヨシはテトを神の使いのように思った。救われたかった。死ぬ前に。
“教えて欲しいのです。
私の魂は汚れていますか?
私は戦争で人を殺した。
汚れているのではないかと、
取り返しが付かない間違いだったんじゃないかとそれだけが気になるんだ。”
テトはしばらくキヨシを見つめた。
キヨシの中に起こった過去を確認しているような眼だった。
そしてしっかりと確信を得たようにテトはこう答えた。
“大丈夫だ。ピュアソウル。”
キヨシが驚いたように目をあける。
“ピュアソウル?”
“そうさ、あなたは魂の中でもまったくの汚れのない選ばれしピュアソウル。
汚れてはいない。戦争の出来事はあなた一人の魂が背負う出来事じゃない。
あの時代を生きたソウルは大きな渦から逃げられなかった。
心配するな。あなたは生まれてからずっとピュアソウルのままだ。”
“ああ、”
キヨシは皴だらけの手で顔を覆って泣き出した。
テトの言葉が神からの許しのように感じた。
肩を震わせて嗚咽する。やがて顔を上げて涙でぬれた顔をテトに向けるといった。
“私はずっと苦しんできたのです。”
“戦場の最前線にいて、もうだめだと思ったとき、
銃弾が自分だけを避けて飛んでいくような気がしたことはなかったかい?”
“そう、なんどか奇跡を味わいました。
僕たちの部隊はいつも一番危険な任務についていた。
Go for brake!スローガンどおり、いつ砕け散ってもおかしくはない状態だった。
けれど、不思議な力に守られているような感覚がいつもあった。
私はあの銃弾が飛びかうなかにいて不思議と恐怖に震えることはなかったのです。”
キヨシが思い出すようにぽつり、ぽつりと話した。
“そうだろうな。ピュアソウル。あなたのガーディアンは強力だ。
あなたが果たす戦争後の役割に導くため。
あなたの本当の役割はあの戦争が終わったあとにこそあった。
そのために生まれたソウル。
役割を充分に果たしたとは思わないか?”
“私は、私なりに最善をつくしてきた。”
キヨシは思い返してそう言った。
“それならば、苦しむな。必要ない。”
テトはほらね!と言いたげにくるんと周りながら言った。そして続けた。
“たとえ、罪を作ってカルマを負ったとしても、必ずやり直せるようにできている。
神は魂にとことん甘いんだ。何度でもやり直せるように設定してある。
天使ですら、聖人ですらカルマは作ってしまう。
けれどそれは呪いではないよ。
いつでも気づけば消える。けれどあなたは、生まれてから今までずっと純度の高いピュアソウル。
妖精の俺が言うんだ。信じろ。
そして、自分の家族を思い出せ。周りにいた友人を思い出せ。
ピュアソウルが引き寄せるにふさわしい素敵なソウルじゃなかったか?”
“ああ、家族も友人もすばらしい。みんな私の宝です。”
“そうだ。そしてあなたは孤独じゃない。”
“そうだ。私はいつも常に愛する人に囲まれていた。”
“幸せだったろ?”
テトが穏やかに言った。
“ああ、幸せだった。”
“自分自身に矢を向けてはいけない。
自分の心に矢を刺して何になる?
もっと自分自身の魂、インナーチャイルドを愛し、許してあげなくては。”
“自分のインナーチャイルドを?”
“そうさ、他人をいたわるように、自分自身を愛し、許すことも同じぐらい大切なんだ。
考えてみてよ。世界中の人々が自分を愛し、許し、そして、身近な家族を愛したら、戦争なんて起きるか?
愛は自分の周りほんの少しでも充分なんだ。
皆がマザーテレサのように世界平和に貢献できるわけじゃない。
自分のソウルのレベルにあったこと、まず自分を愛し許し、そしてそれができたら、隣にいる人を愛してみる。
ステップバイステップなんだ。
一人残らずそうしたら、それだけで世界が変わる。
ゆびをぱちんと鳴らすように簡単な事なのに。”
“けれど。戦った兵士たちも、家族を愛していた。
一部の人間によってコントロールされた世界ではその小さな愛への尊敬など踏み潰されのです。”
“そうだな、未熟な魂に引きずられる。
そんな魂も気づけば変わったはずだ。チャンスは一度じゃない。
そうやって少しずつ魂は進化してきた。何度でもやり直せる。気づいたときからそれは始まる。”
キヨシは考え深げに空を見つめた。
“ピュアソウル、君はよくやったさ、難しい時代を魂を傷つけずに生き抜いた。あとは自分を許すだけだ。”
自分を許す。キヨシが長年かけてできなかったこと。
“自分の潜在意識に呼びかけるんだ。アイラブユー。ごめんなさい。そして有難うってね。”
テトが優しく言った。
“僕は先日偉大なカフナにあった。”
テトはカイを思い浮かべながらいった。
“彼はこのメソッドを使いこなして人々を癒していたよ。
ハワイアンヒーリングシステム、ホ・オポノポノという名前で呼んでいたな。知っているかい?”
キヨシはその名前を知らなかった。
“自分をクリーニングして過去をゼロにする方法さ。
自分の中の潜在意識に呼びかけ、いたわり、愛し、許す。そうすると驚くほど未来は開ける。
人間っていうのはさ、こんなクリーニングが必要なぐらいネガティブなことに意識を向ける生き物なんだよな。
考えなくてもいいことを考えてそこにマナが流れてしまう。
そうすると現実になってしまう。余計なことを一切掃除してゼロに戻すとさ
、愛のエネルギーがたくさん充電されて幸せになるんだ。
その愛はどこから来ると思う?
無限なんだ。
アースを飛び越えて宇宙の神と繋がる。
宇宙の神の愛はどれだけ与えても消えることがないほど深く、大きい。
いくらでももらえばいい。
ひとを愛する以上にまずは自分のインナーチャイルドを守り愛するんだ。”
ハワイアンに古来から伝わる伝統の秘法。ホ・オポノポノ。
ハワイの選ばれたソウルにだけそっと教え伝えられた取って置き魂をクリーニングするメソッド。
心をゼロの状態に戻すことで過去から自由になり、問題を解決する。
驚くほど簡単で確実な方法。
これを使いこなすと、ネガティブなエナジーをそっくりポジティブな愛のエナジーで満たすことができる。
すべての出来事の問題は自分自身の中にあるという考え方はすぐに何かの性にして生きる人間には気付きにくいメソッドだが、
記憶や想いは思ったよりずっと現実の問題に影を落としているのだ。
これをクリーニングすることで心は驚くほど元気に、伸びやかに開放される。
そして満たされた愛のエナジーは想いを現実にし、次々と大きな変化として実際に現れる。
人間はこれに気付けばもっと上手く未来を作り出せるのだ。ネガティブな意識のない妖精たちは常にホ・オポノポノを実践していると言っていい。
自分の心を自分で清め、常にポジティブな愛のエナジーで満たしている妖精たちに不幸なことは起こらない。
当たり前のこととして日常にあったこの方法が人間たちには未知の世界なのだとテトはカイから聞いた。
人間の中で使いこなせる人はまだまだ少ないらしい。
テトはキヨシこそ過去の記憶から解放されるべき人だと感じた。
“妖精から教わるなんて光栄だろ?こんなこと知らないなら早く言ってくれればいくらでも伝えたのになぁ。
妖精の常識は人間には通用しないんだな。”
テトがキヨシにいっているのが独り言だかわからない声でぶつぶつ言った。
妖精の言葉にキヨシは素直に目を閉じて呼びかける。
“長い間、苦しめてごめんなさい。私は君を愛しています。今まで有難う。”
なんどもなんども呼びかける。I love you. I love you I love you…
キヨシの目から涙がこぼれ落ちた。自分で自分のソウルを清め救う。
心が清められていくのが分かる。大丈夫だ。と心の声が聞こえたようで、不安も恐怖も消えていった。
“世界中の人々が今日からI love youと自分自身に呼びかけ始めたら、世界は一瞬で癒されるな“
テトは苦しみから解放されていく気高い老人を見つめながらそう思った。
“思い返せば、そうだよなぁ。これだけネガティブなことばかり考えている生き物も珍しい。
人間に必要なのはホ・オポノポノだな。自分で自分をクリーニングできれば世界は自然に変わるもんなぁ。”
テトはキヨシの様子を見ながらつくずく思った。アースにさじを投げられた人間に今、必要なのはクリーニングだ。
テトがキヨシを見て言った。
“さあそろそろだ。家に帰る時がきた。”
キヨシは聖人のように穏やかな顔になっていた。
“ありがとう。ありがとう。神様。私を生かしてくれた神様。ありがとう。いい人生でした。”
キヨシは戦争の罪が今やっと許されたように顔の緊張を緩めた。
長く深く引きずっていた後悔と苦悩が溶けた瞬間だった。
そしてすーっと車椅子にもたれるとそのまま息を引き取った。
丁度そのとき、ハワイカイの広大な海に大きな夕日が沈む。
真っ赤な太陽は水平線すれすれで完全に沈む前に光を放った。
一瞬、瞬くようにグリーンの光が瞬く。
“グリーンフラッシュ。”
テトが言った。グリーンフラッシュを見たものは幸せになるという。
“ピュアソウルの死に祝福を”
テトがそう祈って、キヨシの胸元に舞い降りた。
手をかざすとすーっと白い光が天に伸びキヨシの胸元に輝く結晶が浮かび上がった。
テトはピュアソウルの結晶をそっと手にとった。
“グランパ。今の海を見た?グリーンフラッシュよ。きっと幸せになるわ。”
キヨシの孫娘がラナイに飛び込んでくる。
キヨシの手がだらんと車椅子からたれている。テトには気づいていない。キヨシに駆け寄りながら彼女は叫んだ。
“グランパ?グランパ?大変よー。マミー”
キヨシの家が大騒ぎになっている。テトはその光景を横目で見ながらそっと飛び立った。
“それにしても大勢に囲まれたピュアソウルだったな。”
と思い出してくすくすっと笑った。次はもう少し静かな人生を選ぶかも知れないな。
それにしても、あれほど気高い魂の持ち主でも自分のこととなるとあまり分からなくなってしまうらしい。
“すべてはあの恐ろしく記憶の悪い頭の問題だな
。生まれて来る前のことだってなんにも覚えちゃいないんだから。
変な記憶しか残っていないのなら、クリーニングして完全にゼロにしたほうがましだ。”
車に戻るとジルが待っていた。
“終わったのかい?”
“ああ、終わったよ。”
“次はもっといい時代に生まれ変わるよ。”
テトが確信を持っていった。
“人を殺さなくても生きられる時代だ。”
テトがいった言葉にジルは自分の幸せを感じた。
少なくとも俺は、人を殺さなくてもいい時代に生まれている。
それだけを望んでいた先人たちもたくさんいたんだ。ジルは歴史の重みを感じた。僕らは贅沢なんだな。
“お前さ、今回何にもしてないよな?ジェニーの時もいなかったし。”
テトがふと思い出したようにジルに言った。
“リアンの時もご飯作っていただけだったよな?”
“何が言いたいんだよ。”
ジルがテトに言った。本当にジルはピュアソウルかな。テトはたびたび起き上がるこの疑問を消すことができなかった。
“テト、コーヒーおごるよ”
ジルがお疲れさまというような眼でそういった。
“コーヒーか!よし早く行こうぜ”
テトが嬉しそうに言った。
“ジル、お前いいやつだな。”
“なんだよ、急に。”
“コーヒーくれるやつはいいやつに決まっている。”