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ハワイアンソウル  作者: Natary
キヨシ金城
34/48

疑問


思えば、戦後の数十年。

キヨシは日本と戦ったことへのお詫びのような気持ちで日系移民たちにつくしてきた気がする。

日本からハワイに移りすむ人を歓迎し、サポートし、彼らのビジネスや生活が整うよう奔走してきた。

ハワイの日本の文化交流にも力をつくした。

おかげでハワイは真珠湾の悲劇を忘れたように日本と仲良くなっている。

それでも若い人がパールハーバーを訪れると日本を嫌いになって帰ってくることも多い。

父母の祖国を愛する気持ちと故郷を攻撃した国が同じなんてまさに運命の皮肉だ。キヨシは今でもそう思っている。


一度戦争で戦ったものは普通の精神状態には戻れないんだ。

キヨシは平和になった今も心に闇があるように感じる。

一度、人を殺めた人間は魂が汚れた。キヨシはそう思っていた。それをなんとか清めたくて人から喜ばれたくてなんでもしてきた。


“Go for Brake”


当たって砕けろ。軍に居た時のスローガンはそのままキヨシの生きる道となった。

常に覚悟を決めてことに取り組んできた。


命がけで生きてきた。


結局自分のためだったのかとふと自分本位な生き方を責めるような気持ちにもなる。

僕は偽善者ではないだろうか。

人に良くして、けれど実は自分の魂を救いたいだけなのではないか。


繰り返された自問自答。


 けれど、あの時、僕はああするしかなかったんだ。

言い訳じゃない。自分の家族を守る為、自分のアイデンティティーを示すため。


孫娘がアメリカを讃える歌を胸に手を当てて歌うたびにキヨシは不思議な気持ちになる。


祖国ってなんだ?この子は100%日本人の血を持って生まれた。

けれどアメリカに住み、アメリカの言葉を話し、アメリカ人として国を讃えている。


国なんて所詮そんなもんだ。ただそこに生まれたというだけ。そこに住んでいるというだけ。

見えない線を引いて、先人が勝手に線を引いて決めた国境に翻弄されただけ。


キヨシはほとんど戦争のことを家族に話さなかった。

つらい過去はふたをして捨ててしまうに限る。

今、今にエネルギーを注げば未来はきっと開かれる。あたって砕けろ。今だけを考えていきるんだ。

先の見えない苦しみの中で今に集中して最善をつくすことで人生を生き抜いてきた。


けれど、ここ数日、キヨシの頭の中には走馬灯のように過去が浮かび上がっては消えていく。

きっと長くないんだ。キヨシは穏やかにそうさとっていた。



夕方、


“夕焼けがみたいな”


ぽつりと娘にいうと、車椅子でラナイに連れて言ってくれた。


“なにか飲む?”


“じゃあ、寝る前に暖かいホットチョコレートでももらおうかな。”


“まあ、子供みたいね。”


“なあ、ジェシカ。”


娘に話しかける。日系3世の娘の笑顔は屈託がなく生粋のハワイアンのようだ。

彼女もグランマと呼ばれる歳になった。

キヨシは最近、ジェシカをなくなった最愛の妻に重ねることが多くなっていった。

ともに人生を歩んだ妻に話しかけるようにキヨシは聞いた。


“僕は人を殺さなくても生きれたと思うかい?”


ジェシカは驚いたように父親を見つめた。

キヨシが戦争について自分の口から話すことはほとんどなかった。

父親の受けた深い傷はジェシカも充分承知している。

父親が何に苦しんでいるのか知りたくて、父親が所属していた部隊について一通り調べたこともある。

少し間を置いてジェシカが答える。


“Noway!”


“ありえないか。”


キヨシがゆっくりと微笑む。



“無理だったわ。パパ。”



そう、無理だった。


キヨシは自分を納得させるように娘の言葉を反復する。


軍隊の命令は絶対だった。


群集は大きくなると罪の意識を薄れさせる。


人を殺すことは間違っているという状引きが、戦争になった途端、仕方ないことに変わる。


群集は命令されれば統率され、それに従うようにできている。


そこに個人の意思は反映されない。


あの時、キヨシ一人が僕は誰も殺したくないといったところで、何になっただろう。


代わりに友人が殺され、キヨシは反逆者の汚名を着せされる。


けれど、あの波に流された自分を肯定することもできないでいた。


近づく死に気づいた今、思い出すのはそれが正しかったのか、そうでなかったのかという疑問ばかりだった。


“パパ、あまり昔のことばかり思い出すのはよくないわ。今は夕日を楽しんで”


娘が微笑みながら家の中に消えた。

久しぶりに一人きりだ。いつも賑やかで楽しいがたまには一人になりたいときもある。


高台にあるキヨシの家のラナイからはハワイ海の海が一望できる。

今日の夕日はひときわ赤く美しかった。


大きな太陽が大分水平線へと近づいている。

太陽の光にシルエットとして浮かび上がった海岸沿いのやしは黒い陰となりながらかすかに風に揺れている。広大な海が次第に赤く染まり始めた。


“やあ、”


一人になるのを待っていたかのようにふーっと目の前に妖精が舞い降りた。


“メネフネ。気のせいか?”


“気のせいじゃないさ、しっかり見てくれ。”


テトがくるんと回って見せた。美しい羽からあでやかな光が飛び散る。


“妖精が来るなんて長いこと生きているけど始めてだ。”


目を細めてキヨシが言った。


“そうか、長いこと生きてきた割に、初めてのことがあってよかったな。”


テトの生意気な口ぶりに思わず頬が緩む


“充分生きただろ?家に帰るときがきた”


テトは遠慮なく言った。


“家に帰る?”


キヨシはしばらく意味を考えてから

キヨシは顔をしかめていった。


“死ぬのですか。”


“いやなのか?こんなに生きたのにまだ嫌なのか?”


テトは驚いたように言った。


“死ぬのが怖いんじゃない。”


“じゃあ、なんだ。”


“死ぬ前に答えが知りたいのです。”

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