出会い
オアフ島に着くと、ワイキキは人で賑わっていた。
ハワイ島とはまったく違った都市の側面を持つオアフだが、
ジルが居たニューヨークとはまったく違い、南国特有のゆったりした雰囲気に包まれている。
そよそよと吹く貿易風がやさしい。あつくもなく、寒くもなくまさに快適な気温のハワイ。
最大の魅力はこの気候だろう。思わずゆったりと時間を経つのを忘れてしまう。
“あのさ、とりあえずコーヒーな。それにしてもこのスターバックスってカフェ。多すぎじゃね?”
テトがそういうので、コーヒー好きな妖精のためにスターバックスでコーヒーを頼み外の椅子に腰をおろした。
“まずは観察だな。お前と同じエナジーのやつ。”
テトがたっぷりとミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲んだ後、そういった。しばらく目をつぶっていたがやたら口をもぐもぐさせている。
“人がいっぱいいると、上手い希望がいっぱいある。”
それにしてもさ。
そうつぶやいてテトは回りを見回した。
“まあ、皆のんきなもんだよな。絶滅っていったらさ、その種の動物は結構慌てるけどな。
人間は本当に何もアースの意志を感じ取れないんだな。知らない方がいいってこともあるけどな。
これだけ死を怖がっている動物だ。自己防衛機能かもしれないな。これでもうすぐ絶滅するなんて知ったら、絶望でオレなんか即死だな。”
“妖精って絶望で死ぬのかい?”
“あんまり強いとな。絶望が多いと息ができなくなるんだ。だからかな、陽気な希望にみちた南国に妖精が多いのは。
ニューヨークなんて言ったら、それこそ息ができないことが多すぎるからな。アノ町に住んでいる妖精は変わり者だけさ。”
“死を怖がるのは人間だけだっていったよね?”
“そうさ。”
“本当にそうなのかな。”
“ああ、病気になってもひたすら治そうとする動物が他にいるか?
みんな天命に従うだろ。家に帰るって知っているからだよ。生きているときは、子孫を残すことに全力を捧げる。
動物ってのは本当はシンプルなものなんだ。アースの意思で生かされていることを知っている。
でもな、人間だけだ。どんどん勝手に解釈して独自の世界を作る。面白いよ。ほんとうに変わっている。
特別なんだ。その魅力はアースもわかっていて、愛していたよ。ほんとうに、惜しみない愛だったよ。
でもな、ちょっと勝手がすぎたな。他の生き物から大クレームだよ。
アースはいつでも決断できた。でもアースは慈悲深いから、決断がちょっと遅すぎたときがある。
それが恐竜の時だ。あいつらも勝手だったからな。決断が遅かったばばっかりに、アースは重い病気になった。
体温が極端に落ちて、しばらく眠っていた。恐竜どころか、氷の世界になったからな、ほとんど絶滅してしまったよ。
アースを眠りから目覚めさせたのが、火山の女神ペレだ。あの女は極端に体温が高いからな。
唯一氷の世界でも起きていられた。それで、火山活動を活発にさせるようにアースを揺り動かした。
やがて、火山が各地でおき、アースは眠りから覚めた。
アースはさ、自分の決断が遅くてたくさんの命を無駄にしたことを悔やんでいるんだ。今ならまだアースは立て直せる。”
にわかには信じがたいその話をジルは冷静に考えてみた。
“それを聞くと、人間は滅びた方がいいんじゃないかと思ってくるよ”
“そうだな。オレもどちらがいいのかわからないよ。”
“アースってどこにいるの?”
“アースは世界の中心にいるよ。”
“中心って?ニューヨークとか?”
テトはそれを聞いて笑い出した。
“ジル、お前本当に世界の中心がニューヨークだなんて思ってないよな?”
“いや、経済の中心はニューヨークだからそれしか思いつかなくて。ハワイなのか?”
“アースは地中深く、本当に地球の真ん中にいる。巨大な意思をもったエナジー体だ。
愛の塊のような地中の太陽のような。地球の真ん中にいるってことはさ、どの国から見ても平等に同じ距離にいる”
“意思を持った。”
人間のように体はないけれど意思があるエナジー体。
“それって神か?”
“そうだな。神っていう人間もいる。人の形に置き換えて見る人もいる。
でもとにかくその存在は確かだ。地球にはアースがいる。そしてその存在は愛で満ちていて絶対だ。”
テトは少し敬うようにアースのことを話した。
“アースを感じなくなったのは人間が耳をふさいだからだ。他の動物はアースを常に感じながら生きている。”
人が何も感じとれなくなったのは自然と離れすぎてしまったからなのだろうか。
“使わない機能は退化するように動物は作られている。”
とテトが言った。
退化した機能。古代ハワイアンは自然界全てに神が宿るとして敬ってきた。
彼らはアースを感じていただろうか。
恐らく・・・・答えはイエスだろう。人は大切なものを失ってしまったのかもしれない。
“おっ。いたぞ。ピュアソウル。追いかけるぞ。”
テトが急に言った。
“あの車を追え。”
“車を追えって。”
ジルは仕方なく全力で走りだした。車はワイキキの混雑でところどころ止まるものの、ワイキキのはずれまで来ると速度が上がった。
“はあ、はあ。はあ。もう。。だめだ。見失う。”
“しっかりしろ。”
テトの声が遠くなる。テトと違ってこっちは走っているんだ。ジルは恨めしそうに飛んでいるテトを見た。
“おっ。あそこだ。止まったぞ。”
其の声に気力を振り絞って前を見ると、坂を少し上がった家に追ってきた車が止まっていた。
車から降りてきたのは杖をついた初老の男だった。
ゆっくりゆっくりと車から降り、ゆっくりとポーチの階段を上がった。
“話しかけろ。”
“な、なんて。”
“ピュアソウルを探していますって言え。”
“そんなこと言ったってわかんないよ”
“いいから、神の使いって言え”
ジルは仕方なく声をかけた。
“す、すいません。神の使いできました。”
“お前、バカ正直だな。そんなこと言って誰が信じるんだよ”
テトがジルの耳元でささやいた。ジルはきっと小さな妖精を睨んだ。
初老の男は驚きを隠せない顔でこちらを振り返った。
肩にいるテトに小さな声でジルは言う。
“ほら。クレイジーだと思われただろ。”
しばらくの沈黙。
“あ、あの。。”
ジルが口を開いたとき、テトの方をみてますます驚いた顔の男が何かを悟ったかのように
“どうぞ、お入りください。歓迎します。”
といって家に通してくれた。テトが見えるのか。
“ピュアソウルは見えるのかもな。都会にいるやつはほとんど見えなかったけどな。”
テトが言った。都会に暮らしていると色んな能力を失うらしい。
シンプルで片付けられた部屋。男1人暮らしなのだろうか。必要なもの意外は何もない。
ジルは通されたそのリビングで静かにソファーに腰を下ろした。
初老の男は歩くのもやっとのようだが、コーヒーを入れて戻ってきた。
驚いたことに、テトにぴったりのサイズのマグカップも添えられている。
そして、当たり前のようにテトの前にそれを置いた。
“み、見えるんですか?妖精が。”
“ん??見えるよ。
メネフネとはしばらく一緒に暮らしていたよ。
私が暮らしていたメネフネもコナコーヒーが大好きだった。また会えるとは。懐かしいよ”
男は初めてにっこりと笑った。
“メネフネ??”
“ハワイの人たちは、俺たちのことメネフネって呼ぶんだ。”
話が早いと思ったのか、テトは上機嫌でコーヒーをすすった。
“おじさん、1人か?”
テトの話し方はいつも遠慮がない。
“ああ、ずっと1人だ。どうも人間とソリが会わなくて、いつも妖精だのといたからな。それでこんなに年とってしまった。”
”そうか、しばらく一緒にいていいか?“
“テト、ちゃんと説明しないと失礼だろ。”
ジルがそういった。
“そうか、そうだな。じゃあ、お前頼む。”
テトはすっかりくつろいでいる。希望をいっぱい食べたせいか少し眠くなってきたらしい
“あの、アースはご存知ですか?”
“ああ、アースって地球のことですか?。”
“そうです。その、実は。”
ジルが言いにくそうにしているとテトが横から口を挟んだ。
“あのさ、そのアースが人間の絶滅を決めたんだ。”
それから、アースが人間の絶滅を決めたいきさつを感単に説明した。
初老の男は話を聴き終わると、静かに頷いた。
“そういうことがあってもおかしくない。人は自然に甘えすぎた。”
“そうか、さすが、話が早いな。ピュアソウルは。”
“ピュアソウル?私が?”
“おじさん、死ぬの怖いか?”
“今は、1人で、家族もいないんだ。それほど恐れてはいないよ。全員に来るものだしね。”
“そっか、”
“死期が近いこと知っているのかもな”
テトがジルの耳元でさらっという。
“よし、見届けるまで一緒に居よう”
テトがいった。
“見届けるって死ぬのを待つってこと?”
ジルが相手に聞こえないようにテトに聞く。
“事情はよくわからないけれど、家にいたらいいよ。”
男は二人の会話が聞こえたのか聞こえないのか、ゆったりと言った。
“そ、そんなんでいいんですか。初対面なのに。”
ジルは驚いてしまったが、テトは
“そっか、じゃあしばらくいるね”
と気軽にいった。
こうして、不思議な同居生活が始まった。