決意
“テト、彼女はどうするだろう?”
“そうだな、結婚を選ぶかもな”
教会の外にでてからテトが言った。
“何かに奉仕したくて産まれて来たピュアソウルだ。”
“自分を犠牲にして結婚を選ぶのか?”
“いや、彼女は犠牲とは考えないだろう。誰かに奉仕できることが彼女の喜びだ。
喜びを感じる理由は人それぞれだからな。それに考えてみろ。ジェイが老人だから悩むのか?俺たちが近づいたってことは。”
“そうか、ジェニーの方が早く死ぬんだな。”
“若い人は死に無頓着だが、他人事の話ではない。
むしろジェニーの方が死の隣にいる。いつだって、適当に過ごしていい時間はないよな。
いつ家に帰るか自分は忘れているんだから。”
テトが面白そうにいった。
“ジェニーは何かを感じているかもしれないな。なにしろ、始めてアースの決定に気づいた人間だし”
“自分が長くないってことかい?”
“そうだな。予感みたいなものかな。長くないなら教会の役にたって死ぬのもいいだろう?”
とにかく見守ろうとテトが言った。
次の日、教会の施設に行くと、ジェニーが晴れやかな顔でそこにいた。
ジェイが年甲斐もなく緊張した面持ちでジェニーの前にいる。
“ジェイ、私あなたと結婚します。”
ジェイは喜びに顔をほころばせた。そして、ふと頭に過去、ジェイの側にいた人たちの顔が浮かぶ。
所詮、ジェニーも金で動くのか。やっと女神をみつけたと思ったが、ジェニーもまた私の資産が目当てか
。喜びと同時に浮かぶ軽い絶望。けれどジェイはもう慣れっこだった。今回は眼をつぶろう。
“有難う。ジェニー、有難う。”
ジェイは絶望を隠すように言った。僕はそれほど長くはない。だまされたとしてもまあ、いいだろう。
どこか投げやりな気持ちがジェイの頭によぎる。もう孤独には耐えられない。
ジェニーはそんなジェイを微笑んで見つめた。ジェイの心の中が透けて見えるような女神のような優しい微笑みだった。
かわいそうな人。
自愛に満ちたジェニーの微笑がそう言っているようだった。
ジェイがジェニーの心変わりを心配したのか、結婚式は大急ぎで執り行われた。
“私はシンプルな結婚式でいいの。この教会で子供たちに祝福されてお嫁に行くわ。”
ジェニーの希望もあって、ジェイは不服そうだったが、ごく身近な人を招いた小さな結婚式が執り行われた。
神父は救世主ジェニーのために最善をつくした。
子供たちは細かい事情がわからないまま、ジェニーのウェディングドレス姿に歓喜した。
祭壇の前に並んだ二人は新婦とその父親よりも歳が離れている。
それでもジェイは微笑ましいほどに緊張し、その姿はジェニーに愛らしくうつった。
女神のような微笑を持つ新婦は神々しい美しさだった。慎ましい花嫁にジェイは少し期待する。
ジェニーは本当に僕の資産目当てではないのではないか?そんな気持ちをすぐに否定する。
まだわからない。前の妻は本性を出すまでに1年かかった。
“清清しい花嫁だな”
ジルは心から思った。なにかをふっきったようだ。
祝福の声に包まれながら二人が腕を組んでゆっくりと教会を出る。
テトにすれ違い様、ジェニーはそっといった。
“テト、私はあとどれぐらい生きられるのかしら?あまりジェイを悲しませたくないの。”
猫は死期を悟るとすっと人前から姿を消すというがジェニーもそういう能力があるのだろうか。
そばで聞いていたジルが驚きで眼を見開いた。
“そうだな。僕にもはっきりとはわからないけど、ジェニー、自分の心に耳を澄ませば君ならわかるんじゃないかい”
テトは優しく答える。
“そうね。1週間ぐらいかしらね。”
不思議とジェニーは悲しそうではなかった。すでに悟ったような柔らかな表情をしている。
“ウェディングドレスも着られて、幸せよ。”
ジェニーの言葉にうそはないようだった。
シャンパンを飲みすぎたジェイを支えるようにジェニーとジェイはリムジンに乗り込みジェイの豪邸へと帰っていった。
“一週間か。じゃあ、一週間後にジェイの家に行こうぜ。”
テトが言う。
“本当なのか?”
“ジェニーが感じるんだ。多分間違いないだろうな。一週間か、セイラに会って来ようかな。”
テトが思いがけずできた休暇に想いを馳せている。
のんきなもんだな。七色に輝きながら楽しそうに恋人とのデートを想像するテトをみながらジルは複雑な思いでいた。