最愛の娘
ナタリーを呼ぼう。
カイは決めた。お別れに愛する娘を。
ワイキキで駆け出しの歌手として働いているナタリーは週に何度かは父親の元を訪ねたが、
今日はその日ではなかった。
カイはナタリーの側で逝きたかった。カイは強く思うことで小さなことは実現できた。
マノアの山がすっかり闇に包まれたナタリーがやってきた。
耳が聞こえない父親への合図はハンドライトをちかちかっと点滅させると決まっていた。
車の中からライトを点滅させながら細い山道を運転してナタリーがやってきた。
カイは嬉しそうにロッキングチェアをゆすった。
“ダディーわたしよー。アロハ。なんとなく呼ばれた気がしたの”
ナタリーが入ってきた。
“あら、お客様ねー。だから呼んだの?こんばんは。始めまして。”
ジルに丁寧に挨拶をする。なんてきれいな声だろう。ジルはアロハと答えながらそう思った。
“あっ。メネフネ。なんてきれいなのかしら。私はじめてみたわ。”
眼を丸くしながらテトを眺めるナタリー
“テトが見えるんですか?”
ジルが穏やかに聞いた。驚きはしなかった。カフナの娘なのだから。
“うん、普通にアロハ着てる。おもしろーい。羽もあるのね。きれいねー。”
テトもナタリーに挨拶をする。
“アロハー、ナタリー。”
“まあ、名前を知っているの?光栄だわ。メネフネと話せるなんて。感激よ”
ナタリーははしゃいでいる。
“君のパパと話したから。”
“ダディーと話せるの?すごいわ。”
ははは。。二人とも楽しそうだ。
いい夜だった。ジルはこのまま静かな時が続けばいいのにと思った。
カイも死なず、ナタリーも泣かない。皆が笑っている静かな夜が続けばいいのに。人の死に少し疲れていたのだ。
“それで、パパの声はどんな声?声が聞こえる?”
“声か、そうだな、少しハスキーだけど魅力的な声だよ”
“やっぱり、私の声がハスキーなのはパパの遺伝ね。”
ナタリーが嬉しそうにいった。
ナタリーの声は本当にすばらしかった。少し切なくて、ハスキーだけれど伸びやか。
“君の歌はすばらしいだろうな。”
“まあ、ハワイにいて私の歌を聴いたことがないなんて、あなた本当にハワイアン?”
ナタリーにからかわれてジルは少し気まずくなった。
“どうして今まで聴いたことなかったのかな。失礼だったね。ごめんよ。”
“なーんて、うそよ。気にしないで。まだ駆け出しだもの。”
ナタリーが明るくいった。
ダディーなにか食べる?
ナタリーが手話をつかってカイに話しかける。
そうだな。月がきれいだから外でバーベキューでもしようか?
カイがそう言ったらしい。
気をつけていれば、ジルにもカイの声が聞こえそうだった。そんな錯覚をさせるぐらいカイは自然だった。
“オッケー。すぐにしたくするわ。”
ハワイの人は本当にバーベキューが好きだ。
庭に出るカイの家のほかにもバーベキューを楽しんでいる家が何件かあって、おいしそうな匂いが漂っていた。
パンの木の大きな木の根元にグリルを置いて、ナタリーは手際よく準備をする。
今夜の月もきれいだった。ほぼまん丸の明るい月だ。
月明かりが明るいので、庭は思ったより暗くはなく、ライトがなくても足りるほどだった。
明日はフルムーンだ。
バーベキューで手馴れた様子で肉を焼いたりしながら、ビールを片手にナタリーが歌った。
“ハーナレイ。ハナレイムーン”
切なく響く月夜の歌。
“君は大スターになるよ。”
ジルはお世辞抜きでそう思った。冷えたビールがおいしい。
“ほんとうに?嬉しいわ。自分を信じれば叶うってダディーもいつもいうの。
お前はきっと歌で皆を癒す為に生まれてきたんだねって。うちは代々ヒーリングの一族だから。”
“そうだね。きっと歌でヒーリングするために生まれたんだ。”
ジルは確信したように言った。優しい夜だった。
カイは自分でバーベキューをと言ったわりにほとんどロッキングチェアから動かず、食も進まなかった。
“もう、ダディーが言ったのにあんまり食べないのねー”
ナタリーは文句とは裏腹に楽しそうに笑った。
よく笑う娘だ。笑い声は人を幸せにする。
悲しくても無理にでも笑っていれば幸せになる。
本当の幸せは後からついてくる。そう信じて生きているような笑い方だった。