カフナ
“さあ、次だ。うーんとマノアだな”
テトが張り切って言う。ピュアソウルを念じて探し出すのにも大分慣れたようだ。
“なんでも経験を積むと上手くなるな。”
テトは実感したように言った。
“きっとピュアソウルの結晶を集める速度もどんどんあがるぞ。もう4つめだ”
短期間に人の死が3回。ジルの心は沈んでいた。
オアフ島に戻ってきてから時折考え込むようなジルを励ますようにテトが言った。
ピュアソウルのはずなのに、アップダウンが激しいな。ジルは本当にピュアソウルなのか?
間違えるはずないよな。テトが確かめるようにジルを見る。
“でも、その前にコーヒー飲もうぜ”
テトが言ったのでジルはスターバックスを探す。
“本当にスターバックスはどこにでもあるな”
テトが関心したようにいった。
“妖精ってみんなコーヒーが好きなのか?”
ジルが言った。
“みんな、みんなってさ、俺が好きなんだよ。お前ら人間も皆コーヒー好きか?それぞれだろ?みんなさまざまだ。”
テトはジルの質問におかしそうに答えた。
“普通の人には本当に妖精って見えないんだね。”
店内の人々は誰もテトに気づいてない。
“そうだな。ピュアソウルの側にでもいないと見えないのかもな。
見える見えないは俺たちにもよくわからないんだ。俺たちの状態にもよるのかも。
見つかりたくないっていう意識の時は大抵見えないみたいだし、こうやって積極的に人間に関わろうとしているときは見え易くなっているらしい”
砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを堪能すると車をそのまま山に向けて走らせる。
坂道をどんどん登っていくと山が迫ってくる。雨が多いマノアは虹の山。
濃いグリーンが目に鮮やかだ。いつも少し雲がかかっていて、ビーチサイドとはまた違った魅力を放っている。
何より空気がおいしい。閑静な住宅街はハワイの島をいたわるような優しい白いうちが多く、ゆったりと景色に馴染んでいる。
自然を敬い、気を使って立てたような家々の庭は色とりどりの花々で飾られていた。マノアの山に手が届きそうな場所に目的の家はあった。
“代々続くかカフナの一族だ”
テトは言った。
カフナとは司祭やドクターや霊能者を兼ね備えた能力を持つ人のこと。
体を触っただけで悪い場所がわかったり、ロミロミというマッサージを通して体のメンテナンスをしたりする医者のような役割を担ってきた。
マナを操るカフナは常にハワイアンの尊敬を集めてきた伝統の一族だ。
“カフナか。いかにもピュアソウルって感じだな。”
“ああ、この人は本物のカフナだ。そうだな。人間としては充分に生きている”
テトのその言葉を聴いてジルは少しホッとした。理屈では分かっていても若い魂が旅立つのは忍びない。
“カフナなら余計な説明は入らず僕らを家に入れてくれるかな?リアンの様に。”
“多分平気だろ。半分人間を卒業しているような人だ。”
とテトが言った。
“人間を卒業すると何になるんだ?”
“さまざまだよ。人間に神と呼ばれるようなエネルギー体になる人もいる。悪魔と戦う天使になる人もいる。”
“人間が天使になるのか?”
“中にはそういう人もいるな。そういえばさ、人間が想像する天使って妖精っぽいよな”
テトはおかしそうに言った。
“だいたい、赤ちゃんに羽が生えているだろ?”
“そうだな。僕の中でもそんなイメージかなぁ。”
ジルが言った。
“妖精の眼から見るとさ、天使は結構ごっついんだ。”
テトが本当におかしそうにいった。
“人間のボディーガードみたいなもんだからな。悪魔と戦うんだ。結構ごっついよ。”
テトは天使の姿を思い出したらしくまた笑った。
“あんな赤ちゃんでさ、悪魔と戦えないだろ?”
マッチョな天使?ジルは想像できなくて苦しむ。
“人間の思い込みってなんで伝染するのかな?
人間のほとんどは天使が赤ちゃんに羽が生えていると思っているもんなぁ。なんでかな。本当はごつい男だったりするぞ”
とテトが言った。天使がごつい男。ジルは軽いカルチャーショックを受ける。
常識って簡単に覆るんだな。
扉を開けて中に入ると白髪を後ろに一つで束ねている深いしわの老人がロッキングチェアに座っていた。
訪問者に気づいて静かに微笑んでいる。
どうやらテトも見えるらしい。驚いた様子もなくすっと突然の訪問者を受け入れるあたりが器の大きさを思わせる。
“アロハ。”
ジルがそっと声をかけるが答えない。
“耳が聞こえないんだ。”
テトが言った。
“僕は話せるけどね。”
テトは言った。
“あの人の声が聞こえるの?”
“そうだな、声が聞こえる。頭のなかで直接話すんだ。
もともと神々とつながりの深い人だからね、特殊なんだけどコミュニケーションが取れる”
テトと老人カフナの静かな会話が始まった。
その会話が聞こえないジルは何をしていいのか分からずラナイのステップに腰をおろした。
しばらくするとテトがジルの側に飛んできた
“カフナの名前はカイ。僕らが来ることも自分が死ぬことも知っていたよ。満月の夜に自分は死ぬんだと言っている。”
“明日だ。明日がフルムーンだ。”
“そうか、明日だな。今日はここにいようか?カイは歓迎するから一緒にいろって言っている”
“ああ、偉大なカフナと僕も一緒に過ごしたい。”
ジルはそういった。人が死ぬことに少し疲れてきていた。
短期間に3人の命を見取った。カイは死期が近い性か、いつもなのかとても静かでほとんど動かずに
ロッキングチェアに腰掛けている。
“それにしてもほぼ完璧なピュアソウルだ。徳の量が半端じゃない。”
カイを見つめながらテトが言った。
“徳の量??”
“そうさ、人に喜んでもらうことをやると眼には見えない”徳“っていうのが溜まっていくんだ。
魂が唯一来世まで持ち越せる財産みたいなものかな。この人は長い人生の中で数え切れないほどの人を助けてきた。
損得抜きでね。だから徳の量が半端じゃない。人間の大好きなお金でいったらミリオネアだな”
とテトがいった。
“徳のミリオネアか。。すごい人なんだなぁ。どうして耳が聞こえないんだろ”
“8歳の時、高熱にかかって聴力を失ったらしい。でもそのかわり眼がとてもよくて人には見えないものやマナが見えるからいいんだと言っている。”
“なるほど。一つ失って一つ得たからいいんですね”
とカイに言うと
カイはジルに向かって静かにうなずいた。