女神ペレ
ハワイ島に降り立つと、真っ青な空に、どこまでも続くごつごつした溶岩が広がっていた。
赤茶色の溶岩のところどころに白い石が置かれ、メッセージがかかれている。
観光客が残していったものだ。その白い石がなかったら、まさに不毛地帯のようだ。
草木もほとんど生えてなく、青い空と岩しかない。レンタカーをかっとばすと、心地よいからっとした風が二人を包んだ。
ジルは故郷の空気を味わうように大きく深呼吸をする。
ハワイの匂い。帰ってきた。
ジルは実感した。火山特有の植物は葉も花も細い針のようで、人を寄せ付けない雰囲気がある。
“生まれたての大地に囲まれているとエネルギーを感じるよな”
テトが言った。
“生まれたての大地というより死んでしまったようにみえるなぁ。”
幼い頃からなんどか訪れたことがあるハワイ島はハワイアンのジルにとっても不思議な場所だった。
見渡す限り赤茶色の溶岩。何もないようで何かあるような不思議な場所。
“そうさ、死と生は反対なようで限りなく近いものだからな。人間が考えるように世の中のものは直線じゃない。
らせん状の輪なんだよ。つまり、スタートとゴールは遠いようで実は隣なんだ。”
“なるほどな。言われてみればそうかもしれない。螺旋状か。”
なんとなく車を走らせていたジルは思い出したように言った。
“ところで、ペレはどこにいるんだ?”
“火山の中だよ”
当然のようにテトがさらっと言った。
“おい。ハワイ島のキラウエア火山は活火山なんだぞ。熱くていけるわけないだろ。”
“そうかな。”
テトはいたずらっぽく笑った。
“オレ妖精だよ。あんまり人間臭い考えでばかり話すなよ。”
そういうとテトは長いまつげの目を閉じて、意識を集中しだした。
ジルは慌てて道路の脇にレンタカーを止めた。しばらくするとあたりの景色がぐにゃんとゆがみ始める。
ジルはめまいを起こしたように平衡感覚がおかしくなる。テトは相変わらず眼を閉じて何かを念じている。
徐々にゆがみは大きくなり、ジルは目を開けているのがつらくなってきた。周りの景色が溶けていく。
不思議と心地よいぐるぐる回る感覚が襲い、そのままジルは意識を失った。
ジルは心地の良い眠りの中に居た。ふわふわと体が浮いたように軽い。遠くで何か声が聞こえる。
“おきてくれ”
テトの声でふと目を覚ます。はっとして辺りを見渡すが、しばらく何が起こったのかわからなかった。
どうやら場所が移動している。車もなくなっている。辺りはごつごつした岩ばかりで洞窟のようだった。
“あれ、さっきまで車にいたはずなのに。”
“特別な場所に入るにはさ、特別な方法で入り口までトリップするんだ。魂を一瞬肉体から離してさ、分子にまで細かくして、
それをもう一度組み立てて。。って説明するの面倒だからさ、テレポーテーションでもしたと思ってよ。”
“うん・・・・そうする”
“まあ、あんまりするとお前の寿命が減っちゃうから。今回は特別な。”
“ちょっとまって、今ので何年減ったんだよ?“
ジルが驚いたようにテトに聞いた。
“気にするなよ、2,3年だから”
“2.3年って・・・”
複雑な思いだった。自分の寿命がそもそもわからないのに、2,3年減ったといわれてもぴんとこないが、なんとなく惜しい気もする。
世の中はわからないことだらけだな。
自分に起こったことを思い返してジルは思った。頭で考えるより、魂で納得すればそれでいい。
理屈は考えないようにしよう。無理やり現実に頭を戻した。
“さあ、ここからは自分でいかなくちゃ。”
テトに促されて、歩きだした。周りは真っ暗なはずなのに、不思議と道は見えて、どんどん歩ける。
歩いている足元のほんの先だけぼわん、ぼわんと光るようでその光はまるで道案内をしているようだった。
“ペレも待ってるんだ。俺たちを。急ごうぜ。あんまり待たせると機嫌が悪い。
この前も人間のささげるフラが手抜きだって、すっごイライラしてたし。”
“そうなんだ。激しい感情の持ち主だって僕たちハワイアンが恐れているのは本当なんだな。”
ジルに不安がよぎる。
“そうだな。ハワイにいる人は意外と勘がいいかなら。やっぱり都会に住んでいるやつと違って、
アースの鼓動に近いからじゃないか?人間には見えないはずのものを見たりするんだ。俺も何度か目があって追いかけられた。”
テトはそう言ってケラケラ笑った。
“ペレがいるってことはここもハワイ島なのか?”
“ペレはハワイ島に住んでいるに決まってる。”
テトがそんなことも知らないのか?といった顔で聞いてきたのでジルは少しむっとする。
ジルだってハワイ出身なのだ。ペレが今でも噴火を続けている、
世界でもっとも活発な活火山、ハワイ島キラウエア火山のハレマウマウ火口に住んでいることぐらい知っている。
気性の荒いことで有名で、妖艶な美女としての伝説も多い。
ハワイの人々は何かにつけてペレへ捧げ者をし、火山の機嫌をとってきた。
そのペレに会うというのだから不安も大きかった。
何度か訪れたことがあるハワイ島といったって、こんな火山の奥地のような場所は初めてで、
実際にジルが知っているハワイ島は表面上のほんのわずかだということを思い知らされる。
“捧げ者がないけれど大丈夫かな?豚とか?フムフムヌクヌクアプアアとか“
ジルがテトに聞いた。
ハワイの伝説ではペレの愛した神カマプアアが普段は相当な美男子なのだけれど
一端怒って本性を出すと八目の恐ろしい豚だとか、最終的にはフムフムヌクヌクアプアアという皮膚の厚い魚になって海へ逃げたという伝説があって、
ペレが喜ぶ捧げ者は豚かこの魚だと言われている。
“その変な伝説って面白いよな。ペレはカマプアアが好きなだけで豚も魚も好きじゃないよ。あの人は美しいものが好きなんだ。”
テトはおかしそうに言った。
長い長い洞窟を歩くと、やがて突き当たり、岩のドアがあらわれた。
人の力ではびくともしないだろうと想像がつく分厚い一枚岩だった。
“ノックしろ。”
テトが言うので、ジルはドンドンとノックをした。手が痛いだけで、音はほとんど響かない。
“入れ”
中から女の声がする。
“押してみな”
テトがいうのでぐいっとドアを押すと、ジルの予想に反して岩が動き、ぎーぎーっと開いた。
中はオレンジの光に包まれていてとにかく熱かった。
“うー。熱い。スーツじゃダメだな。さっき、ニューヨークにいたとき、
カフェにいた青年がかっこよかったから真似してみたんだけど、やっぱりハワイはアロハに限るな”
テトはそう言って指をぱちんとすると一瞬でテトの姿はアロハ姿に変わった。
“ずるいな。テト。僕も熱くて死にそうだ。”
サウナにいるような熱風がジルの頬をなでる。長くはいられそうになかった。
“そうか、悪かった。”
テトはそう言ってジルの頭の上に飛び、指を同じようにぱちんと鳴らした。
するとジルもグレーのスーツからアロハシャツに短パンに替わった。
“おーっ。すごいなー。”
ジルが関心したように言ったあと、まじまじとアロハシャツを見てこう付け足した。
“でも、あの、アロハはさ、出来れば青じゃなくてグリーン系が。”
ハワイアンだ。アロハにはうるさい。
“意外とこだわるんだ。いいけど。”
テトが面白そうに言ってもう一度やろうとした瞬間。
“なんなのよ。用事があるんじゃないの?”
と中から真っ赤なドレスを着た美女が現れた。
意思の強そうな大きな黒い目が不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
テトが言ったとおり、この世のものとは思えない妖艶さに、ジルは息を呑んだ。コレが女神ペレ。
神といわれるだけあって人間を超えた美しさだ。赤とも茶糸ともいえないしなやかな髪が腰までのび、
頭には青々とした葉で編まれた冠をつけていた。長いまつげが色っぽい。吸い込まれそうな黒い瞳の眼光が鋭い。
“人の部屋にきて、ぶつぶつ勝手に話してんじゃないわよ。溶岩かけるわよ”
低い深い声でペレがテトに言った。
“悪いわるい。こいつがアロハの色が気に入らないとか色々いうからさ。”
ペレはぎろっとジルを睨んだ。ジルは身をすくませる。ペレはふと頬を緩ませると
“ほんと、グリーン系のがこの部屋にマッチするわね”
と言った。
“なんだよ。どっちだよ。”
今度はテトがぶつぶつ言いながら、ジルの頭の上でぱちんと指をならした。
其の途端、アロハがグリーンに変わった。
“悪くない。”
ペレとテトが揃ってそういった。ジルはぎこちなく笑った。
女神と初対面にしてはくつろいだ雰囲気だ。ジルは意外にもそう思った。
恐ろしいペレの伝説。どこまでが本当なのだろうか。
“で、何の用?”
“アースが、人間の絶滅を決めたってことをこいつに伝えに言ったらなんとかしたいって”
“あれだけアースに愛されていた人間も、アースの命を縮めてばかりじゃ仕方ないんじゃない。
特別扱いもここまでなのよ。恐竜の二の前って感じね。いなくなっちゃうなら、いい男早く捕まえて楽しまないと。
昔のがいい男いたのよね。最近のはなんだかね。”
といいながらペレはなめるようにジルを上から下までみた。
“すいません。”
ジルはなぜか謝ってしまった。
“まあ気にすんな。ペレに愛されて命があった男は今までいない”
“ひどいこというのね。そういうこと言うから、ペレは怖いとかウワサが立つんじゃないの。悪評広めないでよね。”
ペレがだんだんイラだってきたので、テトが慌てて話を戻す。
“それで、こいつが、人間の絶滅を何とかしたいっていうから、ピュアソウルを探してんだ。
ペレはピュアソウル自分の側に呼び寄せてるだろ?”
“ピュアソウルなら結構ハワイに呼んだわよ。一人木になっちゃったけど、まだ何人かいるわ。”
“木になったって?森に生えてるあの木ですか?”
ジルは不思議に思って聞いた。
“そう、結構昔。まだ人間がこんなにたくさんいなかったころね。
ひどい飢餓が続いて家族が餓死しそうだった一家の主がね、自分の体をパンの木っていう木に変えて、パンの身を食料にして与えたわけ。
家族はなんとかその実を食べて飢えをしのいだ。その男がピュアソウルだったな。ピュアソウルは人間のなかでも希少だからね
。世界中でも少ししかいないの。ハワイの神々はピュアソウルが好きだからね。
あの駆け引きしない魂が美しいし、魅力的よ。だから自分の側に呼ぶのよ。お気に入りをね。”
“で、そのほかのピュアソウルはどこにいる?”
“うーん。私が昔愛したピュアソウルはむかついてオヒアにしちゃったしな”
“オヒアって?”
“来るとき見なかった?オヒアレフアの木。”
“ああ、あの赤い花が付いた木のことか。”
テトがいった。
“そうそう、あの赤い花がむかつくオヒアの恋人よ。
せっかく私が一目ぼれして好きって言ったのにアノ男、恋人がいるだ、裏切れないだ。私のことふったのよ。
誰だと思ってんのよね。女神よ私。
それでむかついて、オヒアの木にしちゃったの。
そしたら、その恋人が泣きまくってさ。私にむかって、毎日、彼に会わせてくれって、祈るのよ。
それが耳障りで、たまんなくなって。そんなに居たいんなら一緒にいればってレフアの花にしてオヒアの木につけたのよ”
その伝説はジルも知っていた。まさか本当の話だとは思ってもみなかった。
“それって女神ペレの我侭だよな。人の恋路をじゃましてさ。”
テトが言った。
“若気のいたりよ、何百年前の話だと思ってるのよ。だからさ、しばらく自粛して、
アースの噴火もしないように調整しているしさ、人間の希望も聞いてあげてるじゃない。文句あるわけ??溶岩かけるわよ。”
ペレがだんだんいらだってきた。まったく火山のように気性のアップダウンが激しい人だ。
微笑んでいるときも、苛立っているときも妖艶な美しさはかわらなかった。
テトが少し慌てて、
“わかったよ。そんなにイライラするなよ。他のピュアソウルは知らないわけ?”
“ふーん。アースが分かりやすいように印つけたからね。
テトが集中すればわかるはずよ。妖精にはわかるように印をつけたってアースが言ってたし。知らなかったのテト?”
“ふん。ピュアソウルを探そうと思ったのがこれが始めてだから。ちょっと感じてみる。”
テトが試すようにじっと意識を集中させた。そしてふと隣のジルをみた。
“って、お前ピュアソウルかよ。”
テトがのけぞった。ペレがにやっと笑った。
“連れてきてるのに笑っちゃうわよ。”
“はあ、そうだよな。いくらオレがバカだって、妖精なんだ。
プレジデント探していて普通の人間を間違えるわけないんだよな。ピュアソウルのエナジーを感じて呼ばれちゃったわけだ。”
“ぼ、ぼく?ピュアソウルだなんて信じられないな。”
ジルがすっかり驚いて言った。
“なんで?”
“だって、普通の家に育って、普通に大学でて、それほどすごくもない会社に就職して、
ひょんなことからそこの会社の社長になって、なんていうか、地球の人間の中で希少な人間とはとても思えないんだ。”
“そっか。そうだな。普通だな。”
“なんかの間違いじゃないかな。”
“間違いじゃないだろうな。お前が普通か。
じゃあ、今の状況は普通か?妖精にあってハワイまできて、女神ペレにあって、ピュアソウルのエナジー体を作り人類全滅を防ごうとしている。
それのどこが普通なんだ。”
“いや、それはたまたま。”
“たまたまな。世の中に偶然なんて本当はないんだぞ。まあ、気にするな。どうせ他のピュアソウルを探さなくちゃいけないんだ。”
“なんで、僕じゃダメなのか?”
“お前は最後だ。それまで色々やらなくちゃならないし。ピュアソウルはジルを抜かして7人必要だからな。探しに行こうぜ。”
“うん。”
“とりあえずオアフ島に行こう。お前と同じエナジーを感じるやつがいる。”
テトはそういった。
“まあ、頑張りなさい”
ペレはそういってひらひらと手を振ると部屋の中に入っていった。