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ハワイアンソウル  作者: Natary
ダン
15/48

アクシデント


 ダンはジョーズに見せられる3年前まで、

ワイキキで消防士の仕事をしていた。

消防士と言っても火事よりもライフセーバーのような仕事の方が多く、

ワイキキの黄色いファイアートラックはサーフボードを常備している。


たくさんの海を知らない観光客は時にハワイの海への敬意を忘れて海に入り、

波に流されたり、リーフでざっくりと足を切ったり、毎日色々な事故が起きるのでとても忙しい仕事だった。


ハワイの波は引きが強く、初心者のサーファーでは手に負えないような場所も多い。

ローカルが注意しても聞かず、どんどん沖に流されてしまって、水死体があがるのも実は日常茶飯事だ。


観光の島ハワイは観光に都合の悪い事実をあまり公にしないけれど、

南国で浮かれて海を甘く見ると大変なことになる。


波が立つ場所は底が砂ではなく岩場になっているので波にまかれると簡単に足を切ってしまう。

ざっくり足を切って戻れなくなったサーファーを救出したことも数え切れない。


その日ダンはオフだった。オフの日は知り合いのショップを手伝ってサーフィンレッスンをして収入を得ていた。

ダンはいつだって海にいたかったので幸せな仕事だった。


簡単なストレッチと説明を終えて、パドリングの仕方とボートの立ち方を砂浜でレッスンする。

その日は、15歳ぐらいの少年と太った40歳ぐらいの男が二人。

動きが機敏な少年はともかく、ぶよぶよとした肉が海水パンツからはみ出ている白人の男二人は先が思いやられた。


真剣に説明を聞く少年と違って二人で時々私語をして笑いあうなど真剣さもない。


“あんまり無理をしないで、海に入ったら僕の指示を聞いてくださいね。”


最後に二人に言うと、わかっているよとぶっきらぼうに言った。

もう一人ダンの友人がアシスタントして生徒のボードを後ろから押すために一緒に海に入る。

2人で3人を見る。それほど危険なレッスンではなかった。


ワイキキの海はその日、それほどの混雑ではなく波のサイズも程よい、

サーフィンレッスン日和だった。ダンは少し油断していたのかもしれない。


波乗りには暗黙のルールがある。波のキャッチは早い者勝ち、先に波をとらえた人がいたら波を譲らなくてはいけない。

同時に何人もが同じ波に乗ると危険だからだ。

少年は運動神経がよく後ろからボードを押してやると2回目ですっとたって波を掴んだ。


“イェーイ!いいぞ。グッドジョブ!”


ダンと友人が後ろから声をかける。少年はサーフィンを楽しんでいた。


これをきっかけにサーファーが一人増えたらいいな。

ダンは思った。サーフィンは最高のスポーツだ。


一方白人の男たちの方は散々たるものだった。パドリングも水の表面を数回かくだけで体重が重い為に前にちっとも進まない。

波に押されるままにひっくり帰って海水を飲み込んで帰ってくる。


“こりゃ、だめかもな”


ダンは友人と目配せをする。


“一時間半たっぷり海水を飲んで帰るパターンだ。”


友人が皮肉たっぷりに言ったのが運悪く一人の男に聞こえてしまったらしい。


“お前らの教え方が悪いんだ。大体待っている時間が長すぎてなかなかトライできないじゃないか。”


男は怒りだした。


“仕方ないだろ。ちっとも言うとおりにできてないじゃないか。”


男の言い方にかっとなった友人が言い返す。


“やめろ。けんかするな。”


ダンが言ったが、海の男は気が荒い。友人は聞かなかった。


“悔しかったら一本ぐらい波に乗ってみろ。”


言い放った言葉に激情した男は少年が乗っている波を横切るようにパドリングし始めた。


“危ない。”


少年が男をよける為に進路を無理やり変えた。“


数十メートル先にはワイキキのビーチを仕切るように人工的に作られた岩の壁がある。


“ゲッドダウン。波から降りろ”


友人とテッドが少年の背後から叫んだが聞こえない。少年は一度乗った波を逃したくないようだった。


“くそ。”


ダンが猛烈なパドリングで少年を追いかけた。


ダンはみるみるうちに波を掻き分けて前方の少年に追いついて行く。



“ぶつかるぞ、降りろ。サーフボードから降りろ。”


後ろから声をかける。少年は


“なんだって?”と振り返るだけで降りようとしない。



“間に合わない。”


ダンは自分のリーシュコードをはずすと少年のサーフボードに飛び乗ると少年を海に突き飛ばした。




バシャーン。




ダンの体が波によって岩にたたきつけられた。


“オーマイガー。”


あたりで悲鳴が上がる。海水がダンの血で染まった。


ダンは薄れ行く意識の中、波に巻き込まれ下へ下へと体は引っ張られていく。

なすがまま。波に巻かれたら自分の無力さを感じるだけ、何にもできないんだ。自然の前に人間は無力だ。



“ダン、ダン”



友人によって波から引きづり出されて浜へ上げられる。応急処置を手早くしながら、友人は言い続けた。


“ゴメン、ダン、ゴメン。”


“いいんだ。気にするな。”


ダンは弱った意識でハングルーズを作るとにこっと笑った。

結局、額と足、お腹もリーフに傷つけられて、数十針を縫う怪我だった。



“散々だったなダン。”


次々病院に見舞いにきたファイヤーマン仲間やサーファー仲間が声をかけていく。

全治1ヶ月。軽症だった方だと仲間たちは励ました。


“こんな傷すぐ治るさ。”


ダンは明るく言った。



“いや、怪我だけじゃない。

今週末、お前が待ち焦がれたジョーズがやってくる。

でもその体じゃ乗れないだろ。”



ダンは友人の一人が言った言葉が忘れられなかった。



がっくりした。


傷よりもチャンスを逃したことが悔しい。



“ジョーズ?ジョーズが来るのか。くそっ。”



ハワイにいてもジョーズに乗れるチャンスはそれほど多くない。

しかも仕事を持っていればジョーズが来るときにタイミングよくマウイに渡れるチャンスも多くない。


プロサーファーたちはいろんなことを犠牲にしてジョーズを待っている。

ダンは既に3年、ジョーズに乗れる機会を逃していた。

3年前、神様のご褒美のように訪れた機会を掴んでたまたま一週間滞在したマウイ旅行でジョーズに乗った。そ

のときの気持ちよさと興奮が忘れられなかった。



“せっかく週末、ホリデーをはさんで絶好の機会だったのにな。でも次があるさ。”


ダンの傷は順調に治ったが、ジョーズのシーズンは過ぎていた。

ジョーズのシーズンは11月から3月。チャンスはそう多くない。


“俺はロマンを取る。”


ダンは怪我が治ると友人たちにそう宣言をして仕事を辞めた。


“おい、本気かよ。何の金にもならないんだぞ。”


“後悔したくないんだ。”


ダンはそういって、ジョーズのシーズンが始まる冬、

マウイに移り住んだ。トランクにはほんの少しの荷物と貯金を全部。

いままで命を救った人たちから定期的に送られてくるクリスマスカードやお礼の手紙。

それをダンは仕事の誇りとして勲章のように大切に箱にしまって、この小屋に移ってきたのだ。

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