サーフィンの為に
“ジェイクの時は、緊急事態だったから、特に説明がいらなかったな。
普通に近づくときはどういう感じでいったらいいかな。”
テトが始めてジルを頼ったような言い方をしたのでジルは少しうれしくなる。
世界を悟ったような妖精よりも人間の扱い方は僕の方が上手い。
“何事も経験を次に生かさないとな。”
意外とまじめなテトがジルにはなんだかおかしかった。
“飛行機で行こうか。”
“だからさ、瞬間移動もう一度しようよ。”
ジルが言った。
“お前そんなに寿命を縮めたいのか?”
“いや、だってさ、寿命が縮んだ実感もないし。
本当なのかな。害がないようなきがするし。便利だし。”
ジルが移動を面倒だと思う気持ちもわかるが、肉体を持つ人間になんども使って良い訳がない方法だった。
“うるさい。俺は飛行機にのりたいんだ。”
“・・・・そうなの?飛行機が好きなの?”
“ああ。”
不機嫌そうにテトが言う。
“そうなんだ。それなら乗ってもいいけど。”
ジルが面白そうに言った。
飛行機に乗っている間も、ジルはテトに
“ほら家があんなに小さく見えるよ。”
とか、
“テト、飛行機に乗れてよかったね”
と子供にように扱うのでテトはふてくされていた。
まったく、普段から空を飛んでいる妖精が飛行機に乗りたいわけないだろ。
心の中で悪態を付く。気づけよ。鈍感なんだから。
オアフ島とマウイ島は飛行機であっと間だ。
都会的なワイキキやダウンタウンを持つオアフ島と違い、
のんびりしたマウイはメインランドから来る余暇を楽しむ観光客には大変な人気の島だ。
この冬の時期はザトウクジラが6000頭もアラスカからやってきて、雄大な姿を見せてくれる。
カフルイ空港に着くとすぐレンタカーを借りてハナハイウェイをかっ飛ばす。
テトに案内されてついたのは海を眼下に望む小高い丘にたった小屋と言った感じの質素な家だった。
すでに壁の木は海風にやられ所々白いペンキがはげて朽ちている。眠れればいいんだとこの小屋の主人に言われている気がした。
“この人はサーフィンするために生まれてきたピュアソウルだ。”
“それだけの目的で生まれてくる人もいるのかい?”
“生まれて来る目的はさまざまさ。このソウルは本当にサーフィンが好きだったみたいだな。”
強風に煽られながら、見知らぬ家を訪れる不安にノックを躊躇するジル。
“ノックしろ。そして神の使いって言え。”
まったく、経験を次に生かして自然にするんじゃなかったのか。
ジルはテトに関心した自分を浅はかだったと反省した。妖精があれこれ計画し計算して何かを言うわけないか。
“あのさ、そんなこと言って、またクレイジーだと思われるだろ。”
テトは真実を伝えるだけだとかまだぶつぶつ言っている。
“僕がなんとか上手く言ってみるよ。”
ジルはそういった。
“あなたがサーフィンしている所を取材に来たとかいってみるか”
ジルは海風で煽られている古びた木製のドアをノックした。
“誰もいないみたいだ”
ジルが拍子抜けして言う。
“もうすぐ帰って来るだろ。ここで待っていよう。”
テトが言うので車の中で待つことにする。
“ああ、待つならコーヒー買ってくればよかったな。”
テトが人間の親父のようなことを言うので思わず笑ってしまう。
“妖精も疲れたりするの?”
“あんまり、しない。”
テトが言った。
“眠くなるときはあるけどね。”
“退屈はするの?
“退屈?しない。世界の全てが美しいのに何が退屈することがある?
海を見ているだけで、風を感じているだけで日の光を浴びているだけで楽しくてしかたない。”
テトはそう言った。ジルも待つことを楽しむことにした。
海を眺める。青い海。強い風を感じる。
腕を広げたら飛べそうなくらい強い。
日の光を感じる。ハワイの日ざしは強くそして優しい。
そんなことをしていたら、ここにこうしていられることがとてもありがたい気持ちになってきた。
“隙をみて心を洗うんだ。色んなことに感謝して、有難うって呟くと心をクリーニングできる。
自分の心のありようでいつでもそこは天国になる。”
テトは楽しそうに言った。
“天国とか地獄って本当にあるの?”
“あるよ。心のありようだ。人の場合、心がすさんで、誰かを恨んだり、憎んだり、攻撃的になっている心が地獄。
戦争なんてしているときは心が地獄になっている人がうじゃうじゃいて、絶望が多すぎて妖精がたくさん死んだ。
だんだん時代が進んで、螺旋状に魂のレベルが上がってきているから、妖精も少しずつ増えた。
人の心が穏やかで愛に満ちて感謝に溢れている状態が天国。
人生のうちでどの状態が長かったかでその人の魂のレベルが決まる。魂は一つ残らず皆上を目指している。
そういう風にできているんだ。”
“魂のレベルが全体的に上がっているのだとしたらどうしてアースは人間の絶滅を決めたの?”
“タイミングかな。”
“タイミング?”
“そう、アースにしてきた人間の仕打ちは時間を経て表に出る。
例えばたった今、一つの森を焼き払ったら、その影響が色んなところに出るのは50年後とかだろ?
先人たちのミスを今、責任取らされているっていう感じだろうな。
でもまあ、仕方ない。未熟だった自分の魂がしたことかもしれない。
人間は何回も生まれ変わっているのだから。
過去の人間の行いが今、火山が爆発するように吹き出て、アースが悲鳴をあげたって思えばいい。
絶えられないから出した苦渋の決断だと思うよ。”
“人はアースにそれほど酷いことをしたのかな?”
“そうだな。まあ、やりたい放題だったからな。”
妖精はくすくす笑った。
“ひどい問題児だ。”