天使が天に帰る日
“ジェイクは私の生きがい、
私にたくさんの愛をくれたんです。
だからなぜ、神様はこの子にこんな不運をと恨んだことも一度や二度じゃありません。”
“恨んじゃだめだよ。この子があなたを選んで産まれてきてくれたことに感謝しなくちゃ。
すばらしい幸運だったのだから。
ピュアソウルの子供をもてるなんて、ものすごくラッキーなことさ。
いいかい。人間の死を人間が決めることは許されていないんだ。覚えておいて。どんなときも。”
そういうと、テトは天に向かって祈り始めた。
“そうか。この子はね、どうしてこの世にまだ残っていると思う?
自分が死んだあと、あなたが後を追って命を絶ってはいけないと。
そのメッセージにあなたが気づくまではいけないと残ってくれているんだよ。
痛みに耐えながらね。
早く楽にしたいならあなたが気づかなくてはいけない。
彼は一度死ぬけれど、魂は天に戻るよ。
そして、また産まれる。
人はこの世の死を恐れすぎる。命は繰り返す。永遠にね。
そして、ピュアソウルを目指す。
そのあとは人間を超える。
そういう風にできているんだよ。
すべては神のもとにね。
こころを開放してごらん。この子のメッセージが聞こえるはずさ。”
テトはそういうと、母親の胸をそっとなでた。
テトの光がすっと母親の胸に入って消えた。
“ほら、手をかざしてごらん”
ちいさなおでこのあたりに母親がそっと手をかざす。
“ああ。。ジェイク。聞こえるわ。夢にまでみたあなたの声。
あなたの笑い声。あなた、ママと会えて幸せだった?”
そして、母親ははらはらと涙を流した。
“そう、わたしもよ、ジェイク、
アイラビュー。
わたしの子供に生まれてくれてありがとう。わかった。
わかった。ママ、死んだりしないわ。
あなたが消えないとわかったから、
そう、ママを見ていてくれるの?
ありがとう。ジェイク。もういいのよ。ママは大丈夫。”
そういうと、母親は最後にしっかりとジェイクを抱きしめた。
“一端、さよならね。ジェイク。ありがとう。”
つきものが落ちたように穏やかな顔になった母親の肩をジルはしっかり抱き寄せた。
ジェイクの体がぴくっと動くと、ぴっぴっと電子音を立てていた機会がぴーと長い音をたてた。
リサもジルも神聖なものを見るように少し離れて見守る。
ジェイクはいった。体から抜け出た魂はやっと痛みから解放され、
天に帰ったんだ。
ジェイクの体から真っ白に輝く光の玉がすーっとでてきた。
目の高さまで上るとぴかっと一瞬目のくらむような光を放ち一筋の光が高速で天にむかって昇っていく。
“ジェイク。みていてね。ジェイク。マミーがんばるから。”
その光をみながらリサは生き抜く誓いを立てた。
ジェイクの胸元には一筋のかげりもない、恐ろしく透明な水晶のようなちいさな玉ができていた。
これがピュアソウルの結晶だ。
純度の高い愛の結晶。
テトはそういって、少年の胸元から持ち上げるとジルに渡した。
人として産まれてきた小さな天使のピュアソウル。
それはジルの手の上で痛いほど純粋なパワーを放っていた。
自分に少しでも邪心があったなら、触れたものを溶かしてしまうようなパワーだった。
ジルは完全にもてあましていった。
“テト、僕はこれを持っていて大丈夫かな?なんだか怖いのだけれど。”
“恐れることはないさ”
その様子を見ていたテトはいった。
“きちんと持っているじゃないか”
テトは少年のピュアソウルを不思議そうにながめているジルを見ながらこう思っていた。
ピュアソウルを普通に持てるってことはやっぱりこいつ、ピュアソウルなのか。
信じがたいな。
ピュアソウルは少しでも邪心があるものには触れることすらできない。
純度の高いソウルはそれだけ強いエネルギーを持つ。
とても普通の人間が近寄れるものではないのだ。
それを証拠に少年の母親は涙を流しながらベッドで気を失ってしまっている。
テトはすこし暗示をかけた。テトはリサが気を失っている間にマナ、生命の力を充電してあげる。
リサは憔悴しきっていた。これで次目覚めたとき、多少は体が楽なはずだ。
ピーという電子音もすでに聞こえない。病院の関係者すら一人も部屋に入ってこない。
ピュアソウルの結晶は不純の多い人間には強すぎるのだ。
人は苦しいはずのこの世で長生きすることを望む。けれど往々にして魂のエリートは早く旅立つ。
この世の役割を早く終え、自分の課題を早くクリアして帰っていく。
この子のように子供のうちに帰ってしまう子はまさに天使の生まれ変わり。
短い人生だが恐ろしく影響力を残し、周りの家族の魂を清めて帰っていく。
今は悲しみにくれるこの母親も天使に選ばれた魂。乗り越えられる力を秘めた強い魂をもっているのだ。
人はその力量に応じて課題を決めて産まれてくる。
だから乗り越えられないことは初めから起きない。悲しみも、苦しみもすべては自分の魂を磨くためにやってくる。
磨く。小さな傷をたくさん作って輝かせる行為。傷がなければ魂は永遠に光らない。
人生で一番恐ろしいことは何も起きないことなのだ。
“この母親はこの子がいなくても大丈夫だろうか?”
ジルが心配そうに言った。
“誰かがいないと生きられないなんて依存でしかない。
孤独を恐れなければ孤独になることもない。
人は一人では生きていけないけれど、それはそれぞれがきちんと独立した上で助け合うということだ。
まずは自分だ。誰かに依存している限り、本当に幸せにはなれないんだ。
離れていても魂に結びつきは変わらない。この人も子供から自立しなくてはいけない。”
テトが諭すように言った。
自立と依存。
誰もが心のよりどころを求め、見つけるとそれに頼りすぎてしまう。
“執着してはいけないんだ。
人へも物へも。執着を捨てると本当に大切なものが見えてくる。
そして心は自由になる。
離れていても大切なものは側にあることに気づく。
ジェイクはただ息をしていればいいわけじゃない。
ジェイクの死を受け入れればジェイクの魂は自由になってより母親の側に居られるんだ。”
“そういうものなのだろうか。”
ジルは幼い少年が死んだという痛みを引きずりながら言った。
生に執着するのは生きている動物なら皆することのようにも思える。
“本当は自由な魂を自分で壁を作って檻に入れている。
人間って不思議だ。苦しみですら自分で作り出すんだ。それは趣味と言ってもいい。”
“趣味?”
“苦しまないと魂が成長できないと思い込んでいるとしたら間違いだ。
物事はとらえよう。心はありようだ。
楽しんでいたって進化はできる。それなら笑いながら生きていた方がいいだろ”
悩みや不安のない妖精という生き物をつくづく羨ましいとジルは思った。
テトはいつだって楽しげで幸せそうだ。
自分が死ぬときでさえ、テトは微笑んでいるのではないだろうか。やっと家へ帰れると。
そっと病室をでて車に乗り込むときジルはぽつりと言った。
“テト、この世は不思議なことばかりだよ”
“ははは。。。はじめから全てを知ろうなんて傲慢なんだ。
知らないことは必要になったとき、絶妙なタイミングでわかるようにできている。
もっと見えないものに敬意を払わなくては。人の眼に見えるものなんて世の中のほんの少しにすぎないのだから”
精悍な顔立ちのテトは手のひらに乗るほど小さいのに、
ジルにはとても大きくみえるのだった。
さて、次はマウイだ。テトが言った。