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ハワイアンソウル  作者: Natary
ジェイク
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エンジェル


 ジェイクを身ごもったのはリサがすでに子供を諦め始めていた四十歳手前だった。

結婚して八年も子供が授からなければ、希望はだんだんと絶望へとなる。

苦しんだこともあったが、すっと、このまま夫婦二人の生き方もあるのかもしれないと力が抜けた数日後の妊娠発覚だった。


リサの喜びようといったら。大切に大切に愛しむように胎児を育てた。


以前は眼をそらしがちだった小さな子供ずれの家族にも微笑を返せるようになった。

どんどん自分が癒され、優しくなっていくのがわかった。


母になる準備を終えた十ヵ月後、ジェイクは元気に産まれてきた

。瞳がダークブラウンで黒髪のハンサムな赤ん坊だった。


“ああ、あなたのマミーよ。産まれてきてくれてありがとう”


貿易風が優しくほほをなでる昼下がり、病室のベッドで感動の対面に感激の涙を流した。


だから、ジェイクが産まれて数ヵ月後、生まれながらに心臓の疾患があることが検診でわかったときは頭をなぐられたようなショックがリサを襲った。


“ごめんなさい。ジェイク。丈夫に生んであげられなくて、ごめんなさい”


リサはただ無邪気に笑うわが子になんどもそうやってあやまった。


“できることなら私の心臓をあげるのに”


自分の命より大切な存在がこの世にあるなんて、考えもしなかったリサはわが子の存在の大きさに圧倒された。

この子を救えるなら自分は喜んで命を差し出すと神様に祈った。


ジェイクは体が小さかったが、普通の子と変わらぬ生活をしていた。

時にはビーチで水遊びをしたり、緑豊かな公園を散歩したりもした。


それが3歳をすぎたあたりから病状が悪化してきた。体の成長に心臓が耐えられなくなってきたのた。


少し走ると軽い発作がでるようになった。2度ほど大きな手術をした。

両親は2つの仕事をかけもちしながら治療費を工面していた。


感謝祭の日、ジェイクは感謝祭のご馳走を食べながらリサに言った。


“マミー、ぼくはね、クリスマスに元気な心臓をもらうんだ”


ジェイクがいった言葉にリサは


“そう、サンタさんきっとくれるわね”


といいながら目頭を押さえた。


“ハワイは雪が降らないじゃない、マミー。サンタさんは何に乗ってくるのかな?“


“サンタさんは波にのってくるわ。サーフボードでね。”


リサは茶目っ気たっぷりに言う。


“へえ、サンタさんってサーフィンできるんだ。すごいねー。”


“そうよ、魔法が使えるんだもの”


“トナカイとさ、ソリもサーフボードに載せてくるのかな?プレゼントびしょびしょになっちゃうよね”


りさは笑いながらいった。


“言ったでしょ。魔法なのよ。だから濡れないの。”


“そっか、マジックなんだね。サンタさんに会いたいなぁ。ああ、でも寝てないと心臓交換できないよねー。”


“そうね。さあ、ジェイク、マミーが作ったターキーもっと食べて。”


リサは明るく言いながら、小さなジェイクの願いをサンタさんが本当にやってきて叶えてくれたらどんなにすばらしいだろうと願った。



ジェイクは自分のために働きずめの両親をみてこんなこともいった。


“マミー、僕の性で大変だよね。ごめんね。ぼくの心臓がちゃんとしていれば、マミーこんなに疲れなくて済んだのにね。”


そんなジェイクといるだけでリサは心がきれいになって清清しい気持ちになるのだった。


“いいのよ、ジェイク。私あなたのマミーでいることが幸せで仕方ないの。

マミー、あなたに会えるの何年も待っていたのよ。一緒にいれてこんなに嬉しいことはないわ。”


ジェイクは病気を持っていてもいつも前向きで明るかった。人のことばかり気にかけている愛に満ちた子供だった。



 ある年の学校のスポーツデーの日、

フィールドの片隅で、ジェイクは激しい運動ができないので見学することにした。


ジェイクが座りながらみんなの支度を見ていると、すでに太りすぎて運動が嫌いなマイケルがジェイクに近づいてきて言った。


“いいな、ジェイクは走らなくてすむじゃない。僕、やりたくないんだ”


マイケルは本当に走りたくないみたいだった。ジェイクは友達が多かった。

優しくて何か話を聞いてくれるジェイクはみんなの相談相手として尊敬を集めていた。

マイケルもそんなジェイクに愚痴を聞いて欲しくてやってきたのだ。


“本当にうらやましいよジェイク。”


隣にどかっと座ってため息をつくマイケルにジェイクは言った。


“マイケル、ぼくはさ、毎晩神様に祈っているんだよ。走っても平気な体になれますようにって。

マイケルはさ、僕が毎日欲しがっているとっても素敵なものをもう持っているんだ。

僕の望みをもう叶えてもらってる。すごいことじゃない?”


“ふーん、走れるってそんなにいいことなのかな?ぼく走るの嫌いだから。”


“嫌いでもさ、走れるってことはすごいことだよ。それだけで宝物さ。”


“そっか、そういうもんかな。”


しばらくフィールドを走る友達を眺めていたマイケルがふと言った。


“そうだな。なんだか僕、走れるってことがとってもいいことな気がしてきたよ”


ジェイクは素直な友達に嬉しくなって言った。


“マイケル、遅くてもぼく応援しているから。楽しんで。”


ジェイクに言われてマイケルも笑顔になった。


“オッケー。ジェイク。僕走ってくるねー。遅いけどね”


“ははは。遅くてもいいんだ。風を楽しんで。ジャストエンジョイ!”


ジェイクが明るく声をかける。


マイケルは本当にとどかどかと走っていった。


その日、うちに帰ってからジェイクはリサに言った。


“みんな普通に健康だとどれだけありがたいことかわからないのかな。

僕なんて健康さえ手に入れば他に何もいらないぐらいなのに。

僕は小さなことでも人一倍嬉しいからラッキーなのかもな。

毎日、朝マミーに会えるだけで時々泣きたくなるほど嬉しいんだ。今日も無事に会えたって。”


“ああ、ジェイク。あなたに毎日会えて、マミーもどれだけ嬉しいか”


りさはジェイクを抱きしめた。小さな幸せに溢れた暖かいひと時だった。


ジェイクは母親思いの優しい子に育っていった。


学校に行くと、学校の庭に咲いていたといってはプルメリアの花を持ち帰ったり、


“マミー、僕が持ってあげるよ。”


と小さな手を差し出して重い荷物を持ってくれようともした。


急なスコールに降られると


“マミーがぬれちゃう”


といって、大きな葉っぱをとってきてリサにかざしてくれたりもした。


毎日、ジェイクと過ごす喜びでリサは自分の心が洗われるのを感じていた。平穏な日々は長く続かなかった。


ジェイクが9歳になろうとしていたとき、大きな発作がジェイクを襲い、そのまま昏睡状態になってしまった。


意識が戻らないまま、祈るように過ごした日々はもうすぐ1年になろうとしていた。


心身ともにリサは限界に近づいていた。


もう、楽になろう、ジェイクと一緒に私も行こう。


そう思ってチューブに手を伸ばした瞬間、



テトが入ってきたのだった。


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