神の使い
“ふう、間に合った。”
と飛び込んだテトは、
“止めろ!!”
といって、少年のチューブに手をかけた母親の前に立ちはだかった。
“えっ。”
といったまま、しばし呆然となるその母親は、すっかりやつれ、
くたくたに疲れてしまっていた。
ベッドにはさまざまな器具をつけた10歳位の男の子が横たわっている。
“私ついに頭がどうかしちゃったんだわ。妖精が見えるなんて。私もすぐあなたたちの世界へ行きますから。。。”
きらきらと光りながら美しい羽を持つテトを目の前にして
ぶつぶつとつぶやく母親にテトははっきりといった。
“しっかりしろ。これはまだ、この世で現実だ。”
母親は大きく目を見開いて、うろうろし始めた。後から息をきらして追いついた
ジルは落ち着きましょうと声をかけて母親を椅子に座らせ、そばにあった水を手渡した。
母親はぼーっと差し出された水を一口飲んだ。
すっかり冷静になるまでテトもジルもしばらく見守った。
“なぜ、自分の息子の命を奪うんだ。”
テトは言った。
“この子はもうだめなんです。
すでに重い病気で脳死状態。産まれてからずっと入退院を繰り返して、散々苦しんだんです。
それでもなお、こんなチューブに繋がれて、これ以上はもう。。。”
そういって泣き出した母親。
ジルは、母親に同情しつつも、ただ命だけを永らえる最新医療に疑問をもった。
口から小さな腕から無数のチューブが少年の体から伸び、ぴーぴぴと電子音を立てる機械に繋がっている。これで幸せといえるのだろうか。
“そうだな。もう生きているとはいえない。けれど、人の命を人間が奪うことは許されてないんだ。どんな理由にしても絶対にしてはいけない。”
とテトは言った。つい数日前、リアンの命を奪おうとしたテトの言葉とは思えないじゃないか。ジルは思った。
ジルは、テトに言った。
“けれど、テト。この子はもう充分戦った。もう楽にしてあげても。”
こういう命こそ、待ってないで早く楽にするべきじゃないのか?ジルにはそう思えた。
“だからさ、それは人間レベルで判断することじゃないんだ。
わかるだろ。決まりなんだ。
決まりってのは守らなくちゃいけない。彼が自分で決めて、神がすることさ。人間の領域じゃない。人間がしちゃいけないんだ。”
“彼ってこの子のことかい?この子が選べるのか?”
“もちろん、選べる。思い通りにすべてが行くわけじゃないが、
ほとんどのことについて人は自分で選ぶ権利を与えられているんだよ。自分の考えた結果が現実に起こる。
上手く意識をコントロールできないから、思い通りに行かないように思うだけで、実際は自分で選んでいるだ。
この子のように、幼くして病に倒れる子供は魂のレベルがほんんど人間を超えている。
通常の人間の痛みを忘れないようにあえてこういう運命を選んで産まれてきたりするんだよ。
この子の場合はまさにそれだ。天使が人間に降りてきたピュアソウルだ。気高いね。短い人生の中で溢れるほどの愛を回りに振りまいたはずさ。”
テトの言葉に母親が顔を覆って泣き出した。
“ああ。。本当に、天使のような子でした。