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第9話、虚構

 今はこの世界の確実な情報を、少しでも手に入れる必要があるだろう。


 総統の記憶は断片化し過ぎていて把握困難だ。


 その記憶の中にはフランス侵攻らしきものもある。


 だが同様にニューヨークで自由の女神を見ながら挙行する戦勝パレード、あるいは東京の国会議事堂を破壊した記憶もある始末だ。


 妄想と現実の区別がうまく判別できない。


 ひょっとしたら現実はポーランド進攻前であり、世界大戦そのものを回避出来る可能性もある。


 その時は政治家を引退し、画家は……無理でも、小説家になろう。アドルフは日本で我が闘争と知られる本のベストセラー作家だ。印税生活を送るもよし、足りなかったら彼の記憶から回想録を盗作し、もっと稼げるかもしれない。俺はアドルフの秘書を呼んだ。


 「我が総統。ご用命は何でしょうか」 すぐに若い女性秘書が入って来た。

 名は記憶の断片から、ダラと分かった。


 「今日の日付を彼が知りたがってな。

 あなたから何年の何月何日かを教えてやって貰いたい」


 「……はあ?。今日は1942年1月27日になりますよ」


 この質問を何かの冗談と感じたのか、彼女はやや微笑みながら答えた。


 俺も釣られるように微笑み、彼女を安心させる。


 「ありがとう。仕事に戻ってくれ」


 俺は自身の記憶で、一生懸命に歴史を思い出そうと試みる。

 だが、浅学とはいえ歴史好きである俺も、今は何となくにしか浮かばない。


 「爺さん、あんたひょっとして戦前生まれか」


 「ふ、ふざけるな。わしはまだ60歳じゃ。親だって戦時中は生まれてなかったわい」


 「すまない」


 あまりの剣幕に、俺は思わず引き下がる。


 それにしても1942年、1月27日。


 確かドイツ軍がモスクワで敗れた直後。


 日本がアメリカへ喧嘩を売り、枢軸国を破滅に導いてから2ヵ月くらい後だ。


 歴史を多少知っていても、このまま総統として生き残れそうにない。


 逃げ出すべきか。


 だが、例え俺に取ってこの世界が幻想みたいなものでも、戦時中の元首が逃走したら困る者もたくさんいるだろう。


 いや、そもそもこの顔では逃亡など不可能か。


 俺は少しだけ割り切ることにした。

 この世界は夢なのだと、何をしようと自由であり、俺の知っている地球とは別の物だと。


改めて俺は、鏡に映る今の姿を見る。 


 少し前までピチピチの28歳だった俺は、いきなり50歳を超える体の持ち主になってしまった。


 今はこの事実を直視するしかない。


 「爺さんは日本へ行け」


 「急にどうしたんじゃ」


 訝る爺に、俺は心情を告げる。


 「この世界でも高い可能性で、戦争は枢軸国の敗北で集結するだろう。


 俺のこの外見じゃ、逃げることもできない。


 どうせ爺さんの老い先も短い。 この空想世界で残り少ない人生を好き生きるといい」

 俺は思いをたどたどしく伝えた。


 「……失礼な奴だ。

 まあ、気持ちはありがたく受け取るがの。

 それで、君はどうするのだ」


 「俺だって死ぬのは怖い。

 この世界が俺の生きていた地球と別物という、爺さんの言葉を信じて、俺は僅かな生の可能性を追求するつもりだ」


 「……そうか。頑張ってくれ。

 それにしても、内務省君が総統として生きる決心がついたならば……、


 ついでに儂を第3帝国の重要人物として日本に送り込んでくれんかの」


 内務省……、犬よりましか。


 「条件次第だな」

 「条件?、何じゃ」

 「爺さんは、いや山中容疑者は、あれほどの機械を作れる科学者だったな」


 よく考えれば、裁判で判決が出ていない以上、ただの容疑者だった。


 しかも遥かに年上だ。少しだけ礼儀に気をつけよう。


 「違う。さっきから勘違いをしているようだが、儂は機械の動かし方を知っていたに過ぎんのじゃ」


 「どう言うことだ。タイムマシンを造ったのは爺さんじゃないのか」


 この当たり前の疑問に、爺さんは微妙な笑みを浮かべた。


 「何度も言うが、わしは内務省君の言うタイムマシンを使ったに過ぎん。

 元々あれは、次元を超えて瞬間移動する目的で開発された装置なのじゃよ。


 だが、別次元を通過することに成功した一方で、瞬間移動に必要不可欠な別次元での実体化は、失敗してしまった。


 その結果、計画そのものが頓挫したのだ。


 ただ、研究機関の倉庫に機械が眠る直前、我々の同志の一人が、次元の狭間を使って過去にいけることを偶然発見した。


 そこで儂等は、倉庫に運ばた機械を借りたのじゃよ。

 結局、儂に理解できたことは、次元を超えて戻る際のエネルギーベクトルを操作することで、過去50年間のみの時間旅行ができる事実だけだ」


 あんな悪魔のような機械を簡単に窃盗されやがって、俺は犯人よりも研究機関という被害者に怒りを覚えた。


 「50年?、おかしくないか」


 「ああ、そうじゃの。

 不思議なことに、限界値よりも30年以上前の時代に我々はいるのだからな。

 だからこそ、元の世界に戻ることは絶望的と言ったのじゃ」


 「…………」


 俺は本当にこいつを信じて良いのだろうか。


 答えは決まっていた。今のところ、信じるしか道はないからだ。


 「仕方ない。だが山中さんはここで何か協力できないか」


 「できるかもしれんが、正直何が役に立つのか儂にも分からんよ。

 ああ、それから呼び名は爺さんで良いぞ」


 何というか比較的に人見知り俺が、引きこまれる位にフレンドリーな爺だ。

 

 「ならば爺さん、あんたが日本に行っても役立てないのではないか」


 暗に引き止めてみる。


 「何、ゾルゲとか尾崎やらと言うスパイどもに引導を渡したり、外務省と海軍の暗号についてなど、いくらでもやることはある」


 「そんなことか、すぐに俺が日本の大使に警告しようか」


 「いや、それはならん。

 儂の日本再生プランに必要な基盤は、情報を取り引き材料にして作るつもりじゃからな」


 さらっと爺さんは言い放つ。

 こいつは間違いない、目的の為には手段を選ばないタイプだ。


 すると、爺さんは口をすぼめ、『静かに』と囁いた。


 俺は爺さんのやり方を非難する言葉を飲み込み黙った。


 すると、ドアがノックされた。


 爺さんはまさか忍者なのか。


 その俺の疑問を余所に、扉をノックする音が再びする。


 「入れ」


 「我が総統、失礼いたします。


 海軍総司令官レーダー元帥が大本営に到着しました。


 こちらへお通ししても宜しいでしょうか」


 入ってきた男はまず爺さんを観察してから、無慈悲な内容を俺に告げる。


 俺は……、どうしたらよいのだろう。

 今日は会談をキャンセルしたい。いっそのこと総統命令で帰って貰うか。


 そこで、爺さんに救いを求めて見つめたが、あっさり無視された。


 「分かった」


 ため息混じりに俺は承知した。


 こういう時は逃げる方も危険な気がする。


 「では、お連れいたします」


 彼は去った。そして俺は固まっていた。


 「爺さん。どうしたらよい。海軍の司令官と会う予定の記憶が見つからない」


 「記憶?。記憶があるのか」


 「記憶というか、その断片だ。今回は何の役にも立ちそうにない」


 「そうか。

 まあ、内務省君の総統デビューだ。好きにやれ」


 爺さんは俺の持つ総統の記憶について考え込み、適当なことを言い放つ。


 俺に出来ることはその記憶を探り、少しでも総統ぶるだけのようだ。


 再び、先ほどの男が戻り、二人の軍人を連れてくる。


 初老の方がドイツ海軍再生の父、レーダー元帥で間違いない。


 二人は優雅な敬礼をした。そしてレーダーはチラッと俺の側に立つ爺さんを見る。


 俺の計画では爺さんを元帥の後ろに立たせ、目で助言させるつもりだったのだが脆くも崩れ去った。


 「彼の警護に親衛隊員を2名付けよ、それから食事などを与えてやれ」


 「分かりました。どうぞこちらへ」


 二人が立ち去り、俺はドイツ海軍の指導者と一人で立ち向かった。


 いや、その前に総統としての俺は、何の為に彼を呼んだのだろうか。


 俺がどう話題を提供しようか悩んでいると、レーダー元帥が切り出した。


 「ヒトラー総統。 海軍はお約束通り、チチリアクス中将率いるブレスト在泊艦隊の出撃の準備を完了させました。


 この結果、ツェルベルス作戦はいつでも実行可能であり、艦隊は総統の御命令があり次第、万難を排してドイツ本土に帰還するでしょう」


  ツェルベルス作戦?、ブレスト?

 

 確か、ドイツ艦隊がイギリス海峡を横切って、フランスのブレストからキールに撤退するんだったな。


 地獄の番犬作戦に関するレーダーの熱弁は、俺にとってどうでもいい話だ。


 せいぜい頑張ってくれとしか思わない。


 「レーダー元帥。作戦の準備が完全に整ったということかね」


 「いえ。空軍の準備が非常に遅れています。


 これは空軍参謀本部の不手際によりますが、何とか戦闘機隊総監ガーラント大佐と第3航空艦隊参謀長コラー大佐の尽力で、改善されつつあるようです」


 「分かった」


 俺はあっさりと頷いた。


 何故かレーダー元帥の顔は驚いた表情を浮かべて質問した。


 「お持ちした作戦参加部隊の詳細なデータは如何いたしますか」


 「ご苦労。机に置いておいてくれ」


 俺は机を指し示した。だが、何か変なのか?


 元帥と副官が、唖然とした表情を浮かべている。


 二人は直ぐに表情を取り繕った。


 副官もすぐに仕事を思い出し、抱える黒い鞄から書類を机に置く。


 俺はそれをさっと見つめ、彼に退室を促す。


 「フォン・プットカマー大佐は席を外してくれ」


 フォン・プットカマー大佐は総統付き海軍補佐官だ。


 言うなれば総統直属の連絡武官か。


 俺はレーダー元帥と二人きりになった。


 レーダー元帥は、ゆっくりと語りかけてくる。


 「失礼ですが。今日は何か心配事でもあるのですか」


 「どう意味かな」


 「いえ、心ここにあるずと感じただけです」


 「そうか、私は戦争の行く末について思いを馳せていたかもしれん」


 「ご心労は良くわかります。

 総統はただでさえ忙し過ぎるように感じます。


 せめて、兼任なさっている陸軍総司令官の地位を、誰か信頼できる者に譲れないのでしょうか」


 これについて、アドルフの記憶がある。


 どうやら先月、アドルフは陸軍総司令官フォン・ブラウヒッチュを解任していたようだ。


 それからひと月以上、アドルフは陸軍総司令官を兼任していた。


 それ以前も殺人的スケジュールをぬって、東部戦線の各連隊の動きにまで口を出し、後退する師団長達には直接の死守命令を出しまくいたようだが……。


 これに加えて最近は、第三帝国総統兼陸軍総司令官として、プロイセン伝統のユンカーをおちょくりながら同じことをしている。


 今や、アドルフの日課には、東プロイセンから前線に死守命令や励ましの電話をかけまくることまである。


 この為、狼の砦と言う秘匿名を与えられた大本営には、せめてアドルフから陸軍総司令官の地位を奪おうと、将軍達がひっきりなしにやってくるようだ。 


 「陸軍総司令官については余も考えている。


 だが、今は駄目だレーダー」


 彼は断られたにもかかわらず、少し頬を緩ませている。


 恐らくは、考えているという妥協の言葉を得たからだろうか。


 いや、それよりも総統は、弱気だと思われたのかもしれない。


 俺としては、少しでもレーダー元帥と海軍に関して、アドルフの記憶を得てからしたい所だ。


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