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第8話、狼の砦

 そして西暦2028年7月7日……。


 日本国内務省は、過激派に認定したばかりの歴史の羅針盤に、不審な動きがあることを掴んだ。


 過激派の取り締まりを担当する特殊急襲部隊が、すぐに各地の拠点へ派遣される。


 特に、歴史の羅針盤の本部には、二百人を超える完全武装の隊員を投入した。


 この中に、28歳になったばかりの俺の姿もあった。


 内務省から部隊に突入命令が出されると、催涙弾が次々に撃ち込まれ、我々は突入する。


 俺も当然、同僚達と共に正面玄関から侵入した。


 激しい抵抗を覚悟した奇襲だったが、問題も死傷者もなく終結した。


 この逮捕劇で、容疑者達が一切の抵抗を示さなかったおかげだ。


 歴史の羅針盤指導者である老人もまた、広間にある正体不明な大型機械の脇で、大人しく椅子に座っている。


 俺の同僚達は大型機器に爆発物がないか確認したり、逮捕状の中身を指導者に読み聞かせた。


 内容を理解できたかと聞いた我々に、何故か指導者は静かに語り始める。


 「我々は過去に遡ることに成功した。

 そこで日本を救う為に五百人もの人々を殺し、その後に誕生する命の連鎖を抹殺する罪を犯したのだ。


 我々は覚悟を持って過去を変えたのだ。


 それなのに何故だ。何故現代に戻っても現実は変わっていない」


 老人の独り言を聞き流しながら、俺達はこの場の確認を優先した。


 「いや、異なる歴史の世界が生まれたのは間違いない。


 確かに我々は過去へ行ったのだから。

 その恩恵を受けた日本がある世界。


 必ずどこかに存在するのも確かだ。


 その世界こそ、同志達が生きるべき世界なのだ」


 不気味な老人は妄想を語り終わると、普通に治安部隊員と会話をした。


 勿論、俺を含めた治安部隊員は、こいつらを頭のいかれた連中としか思っていなかった。


 彼らの代表者以外の者は不気味に黙秘を続けている。


 今回、この組織の本部で逮捕されたメンバーは約40人に登った。


 この内、機械のある部屋には、代表者の他に4人のメンバーが一緒に捕まっている。

 この5人を17名の治安部隊員が監視する。


 特殊部隊の同僚が組織の指導者に、部屋の大型機器について尋ねた瞬間だった。


 これまで従順だった歴史の羅針盤の構成員達が暴れ出したのだ。


 警備していた特殊部隊員の注意は、完全に引き付けられた。

 その隙に彼らの代表者は、近くにあった巨大な機械を作動させる。


 彼の同志達がそこに集まるろうとして、我々内務省治安維持部隊と激しい取っ組み合いを始めた。


 そして、よりにもよって俺はその代表者に飛びかかったのだ。


 「馬鹿者。そのスイッチを戻すのだ」


 その五十歳位の代表者は喚いた。


 その時、俺が機械の操作ボタンに接触したことを否定はしない……。


 そして、直ぐに我々二人は強い光に包まれた。


 気づいた時、俺は質素な部屋で、組織の代表者のすぐ横で倒れていた。


 「おい、起きろ。」


 年は確か60歳、その痩せた体を揺り動かすと、彼は目をパチッと開ける。


 「ここはどこだ」

 寝ぼけたような声を出し、俺が訊きたいことを口にする。


 「爺さん。それはこっちのセリフだ」


 思わず、横柄な口になるのは仕方ないだろう。


 そもそもこの事態を招いた機械の持ち主が、場所を聞いて良いはずない。


 「あんたは誰だ」


 ふざけてるのか、この爺さん。


 「お前を逮捕した内務省の者に決まっているだろう」


 胸を張って伝えても、爺さんは感銘を受けず、固まったまま呆然としている。


 「君、すぐに顔を後ろの鏡で見るのだ」


 あまりに、古典的な犯罪者のだまし討ちの手口、俺は引っかかるほど馬鹿じゃない。


 「そんなことで騙されるか」


 その時、左手方向の両開きの扉が開き、5人の拳銃を持った軍服姿の男達が部屋に突入してきた。


 「動くな」


 そう言って、組織の代表者に銃を向けている。


 流石に犯罪者と言うべきか、既に両手を上げていた。


 俺も犯罪者と間違えられないように、慌てて両手を上げる。


 だが銃を持った西洋系の軍人達は、俺をチラッと見ただけで、容疑者の爺さんを取り押さえた。


 そして一人が俺の方へ振り向く。


 「総統閣下、ご無事ですか」


 ドイツ語だ……。

 そう言えば、さっきの制止の声もドイツ語だったが、何故か俺は理解できた。


 「ありがとうございます。私は大丈夫です」


 恐らく異国の軍人さん達は、日本も加盟する民主主義同盟の特殊部隊なのだろう。


 救出対象にも総統というコードネームを与えるとは、実に徹底している。


 その彼は一瞬、怪訝そうな顔をして頷いた。


 「総統閣下の安全は確保された、これより反逆者を連行する」


 西洋系の特殊部隊員が低い声で言うと、爺さんは慌てて叫んだ。


 「おい、内務省の犬、今すぐ鏡を見ろ」


 失礼な奴だ。


 しかも、まだ、そんなことを言うなんて、往生際が悪い。


 そう思いながらも、俺は後ろの鏡を覗いた。


 「何が起こった!」


  突然の叫び声に、同室する全員が一様に緊張して俺を見た。


 だが、俺は彼らの心情など、どうでも良いとばかりに部屋を行ったり来たりする。


 少しだけ冷静になった俺は、再び鏡の前に立つ。


 どう見ても、歴史の教科書でよくみる第3帝国の総統だ。


 頭がクラクラして思考も停止する。


 すると疫病神の爺さんが声を掛けてくる。


 「こら、早くこいつらを止めんか。何をされるか分からんわい」


 「うるさいぞ爺さん」


 こっちは外見がヒトラーになっていて、それどころではないのだ。


 いや、待てよ。


 「爺さんが犯人だったな。頼むから元の体に戻してくれ」


 「……、儂には分からんのじゃ」


 分からんって、まさかふざけているのか?


 絶句した俺に爺さんは容赦なく、追い討ちをかける。


 「そもそもタイムスリップで、他人と入れ替わるはずなどないのじゃよ」


 爺さんはそれだけを素っ気なく言い、肩をすくめる。


 今なら分かる。


 この爺さんと一党は、そんじょそこらの過激派よりも遥かに危険な奴らだったのだ。


 「仕方ない、この話は後だ。元の世界に帰ってから考えよう」


 「ふん、わし一人の帰り方ですら分からんのに、ヒトラーに成ったお前さんの帰る方法が分かるわけなかろう」


 爺さんをぶっ飛ばしたい衝動に駆られる。

 だが、俺の理性がこいつの言うことも一理あると訴えてくる。


 俺は再び爺さんに声をかけようと息を吸い込み、ふと武装隊員達の存在を思い出した。


 彼らは俺と爺さんの日本語の会話を唖然としたまま見守っている。


 そうだ。爺さんより先に確認するかとがあった。


 本当に彼らが俺をヒトラーと認識しているかどうか、確認しなければならない。


 「待て。彼は私の部下だ。放してやれ」


 俺と爺さんの激しい日本語の会話を、面食らった様子で気にする外国人達に、俺は少し偉そうに言ってみる。


 「はっ。しかし、いえ、分かりました総統閣下」


 すぐに、爺さんは開放され、ねじ上げられた腕をさすっている。


 「彼と内密の話がある。職務に戻ってくれ」


 彼らはよく映画などで見かける、ローマ式の挨拶をして、部屋から出ていった。


 どうやら間違いない。俺は総統みたいだ。


 「さあ、どういうことか、本当のことを聞かせて貰おう。

 何で爺さんだけが前と同じで、俺はアドルフに憑依したのだ」


 「知らん。何度も言うが本当に分からんのだ」


 「そんな嘘は俺を信じないぞ。

 それともさっきの奴らに引き渡せば、全てを話たくなるのか」


 一度血をみないとこの犯罪者は、素直になれないようだ。


 「冗談ではないぞ。

 貴様は本当に日本の内務省職員か。

 儂には助けて貰う権利があるはずじゃ。違うか」


 俺の目が怪しく光ったのが分かり、爺は慌てて道理に訴える。


 しばらくの間、我々は鋭く視線を交差させた。


 結局、仕方なく俺の方が引き下がる。


 それにしても途方に暮れるしかないとはこのことを指すのだろう。


 重苦しい沈黙が部屋を支配する。


 「ここは第二次世界大戦前後の時代みたいじゃな。

 わしはこの世界の日本に行き、改革をしようと思う」


 突然爺さんが言い出す。

 ふざけるな。俺が犯罪者を逃すわけないだろう。


 「それを許すと思うのか、過去を変えるなんて許さん」


 俺は凄い剣幕で怒鳴りつけたが、爺さんはそれを上回る凄惨な表情で、ニヤリと笑っただけだ。


 「前にも言ったが我々の歴史と、この世界は既に分岐したのだ。

 今や君の存在そのものが、我々の歴史にとって最大のイレギュラーじゃないのかね。

 違うかなヒトラー総統君」


 ……何も言い返せない。

 俺の外見がアドルフであっても、考え方は全く違うのだ。


 例え歴史を変えたくなくても、アドルフの日常など知らない俺が、全く同じ行動など取れる筈がない。


 「まあ、マニュアルで動く政府の犬が、見知らぬ世界で弱気になるのも分かるがの」


 俺は反論しようとして開きかけた口を閉じる。


 挑発に乗る必要はない。


 ましてや爺の存在のおかげで、一人ぼっちにならないことを、神に感謝しているのも事実だ。


 「…………、本当に、我々の未来は変わらないのか」


 「ああ、間違いない。残念ながら戻れれば日常が待っている」


 爺さんとは考え方の方向性に大きく違いはあるが、俺はこの時間旅行のパラドックスに凄く安堵した。


 「とにかく、少しでも歴史に干渉するのは避けたい」


 「本気かね?

 この世界は現実に存在していても、我々の世界に取っては幻想の世界だ。


 例え君が自由に生きても問題ない。

 まあ、我々の歴史通りのドイツ総統として生き、大虐殺を続けて処刑されるのも楽しい人生かもしれんがな。


 わしならば第3帝国の国家元首として、祖国日本を助け、ついでにドイツ国民も救うがの」


 爺さんの的外れな私見は兎も角、的を射た歴史的事実の指摘に、俺は自分で思っているほど冷静でないことに気づかされた。


 治安部隊の訓練のおかげでパニックこそ起こしていないが、総統の行為や末路まで思い至らなかった。

 急に寒気がしてきた。

 

 「うっ。頭が痛い」


 加えて、俺は激しい頭痛に襲われた。片膝を着き、頭を押さえる。


 爺は、あたふたした様子で俺にしがみつく。


 「おい、冗談だろう。しっかりしろ」

 その言葉から爺さんが、心から俺を心配していると感じる。

 こいつも俺に死なれたら心細いのだろう。


 俺は痛みを振り払うように立ち上げり、爺さんを安心させようとした。


 すると痛みは引き始め、今度は総統の記憶の奔流に襲われた。


 混乱しつつも俺は爺さんに声をかけた。


 「大丈夫だ。痛みは治まった」


 この言葉で爺さんはほっとしたようだ。


 「いや、全く驚かせよって。

 今、お前さんに死なれたら、儂が総統暗殺者になるとこだったわい」


 爺さんの本心を聞いた俺は、自分に怒った。


 『くそっ。頭が痛いのにこいつを一瞬でも心配するなんて俺はバカだ』

 いや、そんなことより総統の記憶だ。

 頭の中が自分の物でない感じだ。ごちゃごちゃしていて訳が分からん。


 だが、例え記憶があっても、土台、最期まで総統と同じ道を歩むのは不可能な話だ。


 かと言って、西暦2028年に戻る手段はない……


 「爺さん、もしこの体で死んだら正しい未来へ帰れるとおもうか」


 「それはわしにもわからん。じゃが自殺しても望み薄じゃろうな」


 爺さんに名案を一蹴された俺は万策つきた。 


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