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第6話、プロロ―ーグ

 雪原に横たわる両軍の兵士達の遺体、破損した火器、車両、倒れた軍馬、砲弾によってえぐられ砲痕、飛び散った土砂、そして赤黒い血。


 見慣れた光景を挟み、ソ連軍と新たな攻撃を企図する我々は、束の間の小競り合いを繰り返している。


 だが、それももう終わる時間だ。


 辺りに鳴り響いた轟音とともに、正面にいるソ連軍の陣地が、次々と榴弾の爆風に包まれていく。


 第290歩兵師団の砲兵連隊から放たれた榴弾は、塹壕にいないソ連兵の多くをなぎ倒すだろう。


 105mm野砲と150mm重野戦砲の着弾を確認したラッティン大尉は、より効果的な打撃を与えようと、着弾地点の修正を要求する。


 それに加えて、歩兵隊の主力兵器の一つ、81ミリ重迫撃砲を始めとする迫撃砲が、次々とソ連兵達に放たれた。


 この濃密な砲撃で、ソ連軍が恐慌状態に陥ってくれれば、なおのこと有り難いのだが。

 最近のソ連兵はやたらとしぶとい。

 それを証明するかのように、一部の迫撃砲が果敢に反撃してきた。


 敵の指揮官もこの砲火の中で、我々の攻勢間近と感じ、懸命に部隊を統制しようとしているだろう。


 「ラッティン大尉、砲兵連隊に進撃路への縦射に切りかえるよう要請せよ」


 すぐに、師団の野砲の砲火は弱まり、、少しずつ西へと着弾を移動させていく。


 「前進せよ」


 その瞬間、私は前部隊に攻撃命令を出した。


 まず中央と左翼の雪原に、三号戦車の小隊と装甲偵察小隊が向かっていく。


 また、右翼の森林にも牽制の為に4号戦車を1輌投入した。


 戦車隊を前に歩兵を後ろに従えたオーソドックスな攻撃は、路面の凍結もあってゆっくりとしたものになる。


 だが、ソ連軍の反撃自体微弱であり、最初の攻撃は予想以上に上手く行っている。


 敵の反撃らしい反撃は、我々の戦車を間近で見て、恐怖を覚えたソ連兵達によって行われている過ぎない。


 これに3号戦車は容赦なく機関銃で掃討している。

 個々のソ連兵は確かに発砲することで、恐怖を紛らわせたかもしれない。

 だが、結果からみれば、ただ弾薬と命を無駄にして、勝手に消耗している。


 敵の防衛線を易々と突破した部隊に、私はさらなる前進を命令した。


 そして乗車する3号指揮戦車にも、続くように命令した。


 あの砲撃を耐えた正面のソ連兵の生き残りは、既に防衛線を放棄し潰走しつつある。


 我が戦車隊はこのまま敵の防衛線を越えて、ほふくもせずに背中を向ける敵を機関銃で掃討しつつ、さらなる前進を続けた。


 一方、歩兵大隊から、機関銃を主軸とした歩兵小隊が幾つか側面に展開していく。


 『88の陣地の外縁にソ連軍の包囲部隊を確認。大隊規模の歩兵で戦車は見受けられません。

 ただし45ミリ対戦車砲1門を確認』


 正面を突破して、先行した装甲偵察小隊から、新たな情報が入ってきた。

 ソ連軍の包囲部隊か。


 「ラッティン大尉、師団砲兵はまだ砲撃可能か」


 「残念ですが、既に陣地を引き払っています。

 再展開に時間がかかりますが、師団長に要請して、新たな支援砲撃を受けますすか?」


 「いや、時間が惜しい。

 歩兵で対戦車砲を潰したいところだが、やはり迫撃砲と戦車砲で攻撃するしかないな」


 最初の師団砲兵による準備砲撃は、この敵も少しだけ捉えたが、効果は低かったようだ。


 再び4号の75ミリ短身砲の榴弾と81ミリ重迫撃砲が、支援砲撃を開始した。


 効果は不明だが、どうしても時間的余裕がない。


 すぐに私は3号戦車を主体とした攻撃を命令した。


 確認された敵の45ミリ対戦車砲は、一切の反撃をせずに沈黙している。


 今の戦車の速度では、防御側に普段以上のアドバンテージを与える。


 そのせいか、突如として、前進する三号戦車の砲塔が吹っ飛んだ。


 『第2小隊の正面右翼に別の45ミリ対戦車砲を確認』


 戦車中隊の指揮官から、怒鳴り声が入る。


 すぐに4号戦車による支援を始めさせたが、その前に仲間の復讐に燃える3号戦車の集中砲撃を浴びせた。


 敵対戦車砲は沈黙する。


 続いて、もう1門についても報告が来た。


 『大隊長、最初に発見した45ミリ対戦車砲は破壊に成功しました』


 「良くやった。引き続き戦車隊は敵を掃討せよ」


 了解の返事は明るい。

 友軍との接触は間近だからか。


 側面への兵力展開も上手く行っている。何か抜かりはないはないだろうか。


 戦車の支援をうける装甲偵察隊が、遂に包囲下の友軍に接触した。


 私は指揮戦車をさらに前進させ、包囲下にあった部隊の状況を確認しに向かう。


 友軍の陣地まで少し時間がかかる。

 何れにせよ3号指揮戦車についている主砲は張りぼてであり、前に出すぎる訳にはいかなかった。


 もどかしい時間は過ぎ、ソ連軍の包囲下にあった指揮官とようやく話をできる。


 「ヴァンク大尉であります。感謝します少佐」


 汚れた軍服を着た指揮官の感謝に私は簡単に頷き尋ねた。


 「すぐに撤退したしたい」


 「我々の撤退準備は出来ています」


 「よろしい。殿は戦車隊だ。

 君等はまず攻撃開始線まで引き、装甲部隊の撤退を支援せよ」

 「了解です」

 

 すぐに撤退は始まり、順次部隊が後退する。


 幸いにしてソ連軍も、更なる我々の攻撃を警戒しているようで、防御を固めている。


 その隙に我々ドイツ軍の撤退は損害なく成功した。



  孤立部隊の救出に成功した我々は、第290歩兵師団第502連隊の第3大隊と共に新たな戦線を築いた。


 そこへ、第290の師団長であるフォン・ウレーデ中将から通信が入った。


 『シュトラウス少佐。ご苦労だった。

 先程、ヒトラー総統直々の通信が入った。

 その際、私は貴官の成果を報告した。

 我が総統は非常に感銘を受けておられた』


 「ありがとうございます閣下」


 ありがた迷惑な。

 ドイツ軍ではバルバロッサ作戦の失敗後も、不思議と総統に対する下士官兵の信頼は揺るぎない。


 だが将校の中核である我々ユンカーの大半は、ヒトラー総統の戦略を疑っているのだ。


 正直なところ、嬉しくない。


 『また我が総統は如何なる理由が有ろうとも現戦線を保持するよう求められた。

 この死守命令により、我が師団とシュトラウス戦闘団は、この敵味方入り乱れた連絡線を守らねばならない』


 「……了解しました」


 約1個連隊半で、細長い回廊を守らなければいけないようだ。

 しかも、場所によっては全周からの猛攻撃にさらされるのだ。


 『現在の戦況は逼迫している。

 信じたくないことだが、ソ連軍の空挺部隊が現れ、奴らの突破口前方に降下している。


 第503歩兵連隊の一部に関しては、キュヒラー上級大将が我が総統を説得し、転戦を認めさせた。


 だが突破された戦線そのものは第39軍団、それもフランスから到着したばかりの第8歩兵師団に丸投げするしかない』


 「援軍が向かっていると知り、安心しました」


 『そうかね。ぞれでもデミャンスクに取り残される我々には、難問があるのだ少佐。


 第10軍団長ハンセン砲兵大将は、第2軍団長アーレフェルト歩兵大将の要請に応じて、突破された回廊を整理次第、南部に増援を送ることにしていたが、兵が全く足りない』


 これは我々の南を守る、脆弱な武装親衛隊第3自動車化師団トーテンコップフを補強する為の兵力だ。


 ハンセン軍団長は、これをシュトラウス集団に所属する戦車の一部と、第30歩兵師団の2個歩兵大隊で行う予定だったのだ。


 「難問と言うのは、総統の死守命令ですか」


 『そうだ。だが、どうしても戦車10輌を南部に派遣したい』


 「私は師団長の要請に従います。

 明日から再び天候が悪化する予報です。急ぐべきです閣下」


 『では、戦車を投入してくれ。ただし貴官はそこに残れ』


 「しかし」

 『我々は、最高指導者に連絡線の残りを死守するよう命令されたのだ。

 我々がここから移動すれば、ベルリンからとんでもない命令が来てしまう』


 「……了解です」


 私はすぐに部隊の一部を第3武装親衛隊師団に向かわせた。 


 ドイツ軍は包囲下に陥る想定をして備えていたが、現実にそうなりそうな今、私は不安で押しつぶされそうだ。

 空中補給が失敗したら。


 いや、私が不安になれば兵も動揺する。

 冬季戦の準備を怠ったベルリンの指導者達が、再び失策をしないと信じるしかないのだ。


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