第5話、プロローっグ
我が戦闘団は、第501歩兵連隊主力との合流に成功した。
ここで、22輌しかない戦車の内、3号戦車5輌と4号戦車1輌、2号戦車1輌の計7輌、さらに軽装甲歩兵を乗せたトラック3台を分遣する。
「フォン・ランゲルト大尉、後は頼む」
「お任せ下さいフォン・シュトラウス少佐」
独ソ戦開始以来の戦友同士である私達は、互いに頷きあっただけで、別れを済ませる。
いずれにせよ、西進する戦闘団の兵力は微々たるものだ。
主力の戦車大隊は戦車15輌と指揮戦車1輌、車両整備回収隊の2台の牽引車である。
カイデル大尉率いる装甲歩兵中隊は、装甲兵員輸送車が5輌とトラック5台を有するだけ。
そして、フォン・フォッシュ中尉率いる装甲歩兵小隊の重装甲車3輌もいる。
これに僅かな数の乗用車やバイク、あるいは補給品を積んだトラックが加わる。
簡単に言えば、戦車大隊と装甲歩兵中隊を基幹とするこの戦闘団は、今や戦車3個小隊と2個装甲歩兵小隊、1個装甲偵察分隊の戦力しかないのだ。
私はその小さな部隊を率い、朝日で輝く雪景色の中、再び西進を開始したのだった。
〜〜〜〜
所で、我がドイツ国防軍には、88mm高射砲Flak18と言う兵器が存在する……勿論、高射砲という名の通り、中高度までに対応する対空砲である。
だが、その高い初速に目を付けたドイツ軍は、以前より専用徹甲弾を開発して配備していた。
そのおかげで、88mm高射砲は汎用性を増し、対戦車戦闘能力のある対空砲、或いは対地対空両用砲とでも言うべき兵器となったのだ。
現在、第3帝国で、ソ連軍の重戦車を遠距離から叩ける対戦車砲は、僅かな重砲を除けば、この88mm高射砲しかない。
ただ牽引式の火砲である以上、この兵器に戦車のような装甲はなく、榴弾でも簡単にやられる欠点もある。
さらに、非装甲でありながら6トンを超える砲重量の為、牽引に8トンハーフトラックを使っても機動力は低い。
これら特徴を勘案すると、攻撃では使い方が限定される一方で、防御においては計り知れない威力を発揮する兵器と言えよう。
特に長射程を生かして行うアウトレンジからの砲撃は、砲撃位置変更の困難さを補ってあまりある。
この88mm高射砲を主軸にすえた陣地に、37mm対戦車砲や歩兵を支援に加えれば、堅陣に早変わりする。
更にこれを戦車が支援すれば、雪と凍結で機動力の低下した敵にかなりの出血を強いることが出来るだろう。
幸運なことに、その88mm高射砲の1門が、我々の目的地である第502歩兵連隊第3歩兵大隊にも配備されているのだ。
ただ、その合流予定地点に近づくにつれ、砲声だけでなく銃声までも次第に聴こえてくることが、非常に気がかりである。
このせいで、戦闘団の将兵の緊張も否が応でも増していく。
『第3歩兵大隊との摂触に成功。
同隊は現在敵と交戦中』
先行するフォン・フォッシュの装甲偵察隊から、きな臭い報告が入る。
本隊に出来ることは、可能な限り急いで現地に向かうしかない。
到着まで後僅かな距離で、再びフォッシュ中尉から無線連絡が入る。
『敵は数門の軽野砲に支援された連隊規模の歩兵です。今のところ敵戦車は確認出来ていません』
やや安堵の声を混ぜたフォッシュ中尉の冷静な報告に、私は一言、了解とだけ告げ、彼の指揮を邪魔しないようにする。
「全員聞いてくれ、直ぐ先で友軍が戦闘中だ。
4号戦車は直ちに全進して榴弾を使い、装甲偵察小隊と共に歩兵大隊の支援をせよ。
残りは一時後方で待機、私の命令を待て」
この命令により、直ぐに4号戦車は先行する。
それに我が指揮戦車も続き、第3歩兵大隊に向かった。
到着した戦場ではいつものようにソ連兵が、正面から雄叫びを上げて死兵の如く突撃している。
その一方でそれを迫撃砲や機関銃で迎撃する友軍の歩兵達も、何故か混乱状態にあるようだ。
私の目に映る雪原に伏せて戦う歩兵達の動きは、明らかに部隊間の統制を欠き、それぞれの小隊や中隊ごとだけで、迫りくるソ連兵達をただ撃退しているだけに見える。
そんな中、先着した装甲偵察小隊の重装甲車3輌と3号戦車2輌は、敵の主要攻勢地点で十分に牽制の役割を果たしていた。
それらを確認した私は、4号戦車3輌の配置を決め、まずは邪魔な敵の歩兵砲を狙わせた。
そして、3輌の4号戦車の75mm短身砲から打ち出される榴弾は、直ぐに2門の歩兵砲を沈黙させる。
後は、装甲偵察隊の戦闘車輌が敵歩兵を重機関銃や戦車砲でソ連軍の攻撃を撃退しながら、4号の榴弾で敵歩兵をなぎ倒せば良い。
混乱していた友軍歩兵達も一息つき、体制を立て直し始めた。
更に4号戦車の出現でソ連兵の戦意も弱まり始めたようだ。
こうなれば、普通の軍隊なら、部隊の再編に入るだろう。
だがソビエト共産党の党軍には油断出来ない。
奴らの場合は、消耗品である突撃する兵の補充をしているだけの可能性も高いのだ。
敵の攻撃が鈍るのを見届けた後、操縦士が巧みに3号指揮戦車を動かし、第502歩兵連隊第3歩兵大隊本部らしきテントに横づける。
その影から、慌て出て来たのはかなり年のいった大尉だ。
先の大戦時にドイツ帝国軍の士官だったのか、帝政期にばらまかれた古い勲章を付けている。
おそらく彼は、フランス戦後の戦力増強の際、数多く作られた師団の士官不足を賄う為に誕生した、短期養成再任官組なのだろう。
「現在第3大隊の指揮を取っているべルツ大尉です」
その年配の士官が挨拶してくる。
「大尉、急いで戦況を説明してくれ」
敬礼もそこそこに私は要求する。
「少し前に敵は我々の防衛線を粉砕しました。
その際、大隊長は戦死。以後、先任の私が指揮をとっています」
年配の緊張気味の大尉を気づかう暇はない。
正直、会ったこともない前大隊長などどうでもいい。
生きてる奴らを心配する私は思わず声を荒げて尋ねた。
「ここの88mm高射砲や他の中隊はどうしたと訊いているのだ大尉。やられたのか」
「いえ、敵の攻撃は陣地を避ける形で始まり、中隊間にできた間隙を突破されただけです。
陣地はまだ健在だと思います」
ちっ。こいつは駄目だな。
直ぐ近くで孤立した部隊を把握しようともしていないとはな。
私は声を震わして答える大尉に見切りを付ける。
「大尉、連隊本部と連絡は付いているのか」
「いえ、その、大隊は広域の無線機を失いました」
「……そうか。後方に私の部隊がいる。
そこで無線機を使って連隊本部に状況を説明したまえ」
頼りにならない大隊長代理を後方に追い出した私は、彼の後ろに立っていた中尉に声を掛ける。
「中尉、ここで最も優秀な指揮官を直ぐに連れてこい」
私の怒鳴り声に、一瞬びっくりした表情を浮かべた中尉は、力強く頷き駆け出す。
この間に戦場からは僅かな銃撃音のみ聞こえてくるだけになった。
そのソ連軍はやや後方の林や雪原に引き下り、待機しているようだ。
その動きからは増援を待っていると判断するしかない。
私は3号指揮戦車に戻ろうと振り返る。
そこに第290歩兵師団の連絡将校であるラッティン大尉が立ち尽くしていた。
そのまま我々は、一瞬互いの目を見つ合う。
大尉は、先程のやり取りを見ていたのか、バツの悪そうな表情を浮かべたまま報告する。
「師団本部から幾つか情報が入りました。
敵は第502歩兵連隊の残る第2大隊を引き裂き、そのまま雪崩を打って前進しているそうです。
その一方で、突破した回廊の東側にいる我々の掃討にも、かなりの兵力を差し向けています」
「分かっている。だがこうも歩兵の動きが鈍ければ、ソ連軍の攻撃に対抗できない。
ここの連隊長はどうしているのだ」
「残念ながら第502歩兵連隊本部と連絡が途絶しているとのことです。
そこで師団長は、代わりに少佐から戦況を聞きたいそうです」
「師団長が? 分かった。状況を把握次第連絡する」
連隊本部と連絡が出来ないとは、あの大隊長代理の大尉も運のないことだ。
ラッティン大尉を3号指揮戦車に戻した私は、大隊本部で先程送り出した中尉を待つことにする。
彼は一人の士官を連れて急いでやって来た。
「第3中隊長フント大尉です。それでご用件は何でしょうか」
「孤立した88mm高射砲を中心とする陣地がどうなったのか知りたい」
ややぶっきらぼうなフント大尉に私は何故か好感を持てた。
「無線交信は不可能ですが、先程、その付近で砲声を確認しました。
あの陣地には我が大隊の重装備が展開しており、早々に破られることなどないと思います」
「分かった。私はフォン・ウレーデ師団長と話をしてくる。 その間、歩兵大隊の指揮を任せたい」
「了解です少佐」
直ぐに納得したフント大尉にとっても、あの大隊長代理の存在は、役立たずなのだろう。
3号指揮戦車に戻ると、ラッティン大尉が待っていた。
「大まかな戦況は師団長に報告しました。残念ながら第503連隊の第2線は崩壊したようです」
私は頷き、師団本部と無線の交信を始めた。
間もなく第290歩兵師団司令官フォン・ウレーデの声がヘッドホンに響く。
『少佐良くやった。それで大隊を立て直せそうか』
「可能です。ただ指揮官を替えて頂きたい」
こういう問題は率直に言うしかない。
『いいだろう。少佐に意中の人物はいるのかね』
フォン・ウレーデ司令官が即答したことに少し驚いた。
ラッティン大尉に一瞬目を向けると、彼は肩を竦めただけだ。
「この大隊の第3中隊長フント大尉を推薦します」
『……良かろう少佐の判断を信じよう。
それから、第503連隊は南西に後退しながら臨時の防衛線を築く一方、突破された戦線に関しては縮小することにした。
戦線を放棄し、全周防御に適した各地点に兵を集結させる。
そして突破したソ連軍の補給を邪魔し、奴らの衰弱を待つことにする。
デミャンスクの突出部は間もなく連軍に包囲されると第16軍司令部は判断した。
そこで、デミャンスク近郊の部隊は包囲防衛体制に移行している。
少佐の戦闘団と第3歩兵大隊も速やかに東側の第501歩兵連隊が強化している陣地へ撤退させたい』
戦線の危機を救うことは何よりも重要だ。
しかし、孤立した友軍の為に、1度くらい我々が救出を試みる時間もあるはずだ。
「残念ですが直ぐ撤退することは不可能です、フォン・ウレーデ中将。
現在88mm高射砲を有する中隊規模の部隊が、脆弱な拠点でソ連の包囲下に陥っています。
今なら目の前のソ連軍を排除して、友軍を救助できる可能性があります」
『……いいだろう。
その攻撃の支援に師団砲兵の援護射撃を回そう。
だが急げ、砲兵隊の撤退時間も迫っている』
「了解です」
『それから、いや後は任せるフォン・シュトラウス少佐』
「はい」
師団長との交信を終わらせた私は、ラッティン大尉に砲兵隊との打ち合わせを任せた。
それから後方にいる戦闘団主力を呼び寄せる。
さらに、第3歩兵大隊の臨時指揮官となったフント大尉に、装甲歩兵中隊長カイデル大尉と参謀のブルク大尉を加えて、入念な打ち合わせをしたのだ。
決まった攻撃計画は単純だ。まず師団砲兵と戦車砲、迫撃砲による制圧砲撃を行う。
それから戦車と歩兵大隊と下車した装甲歩兵で敵を排除するのだ。
口で言うのは簡単だが正直難しい任務だ。
こちらの歩兵は全部で400程度しかいないのに対して、敵の兵力は恐らく正面だけで1400を超えるだろう。
だが、軽火器中心のソ連兵にとって、この短時間で塹壕を用意できないことは致命的な弱点になる。
だからこそ私は1700メートル先にある友軍の陣地まで、十分に到達可能と判断し、皆に命を賭けさせるのだ。
やがて、各部隊から配置の完了を知らせる報告が次々と入ってきた。