第3話、プロローグ?
第46歩兵連隊本部から出ると、温まった体はすぐに冷風で冷やされる。
急いで、乗り込んだ3号指揮戦車当には暖房などの余分な装置はない。だが風がないだけでも全く体感温度は違うのものだ。
待機していた指揮戦車の乗員の労をねぎらい、すぐに我々は大隊本部に向かった。
こちらも、歩兵連隊と同様に、ハーフトラックとテントを組み合わせている。
「大隊長、お待ちしておりました」
既に、戦闘団の副指揮官で、第2軽戦車中隊長フォン・ランゲルト大尉、
その次席に位置する装甲歩兵中隊長カイデル大尉、そして参謀のブルク大尉が待っていた。
装甲歩兵中隊も既に定員を大きく割り込み、主要な装備車両も装甲兵員輸送車が5輌しかなく、後の8台は踏破能力の劣るトラックだ。
「待たせたな二人共。それで負傷者はどうだったカイデル大尉」
私はまず、ヨレヨレのコートを着る歩兵士官に声をかけた。
「はっ、7名の負傷者ですが4名は直ぐに復帰出来ます。ですが残る3名はデミャンスクの野戦病院に送られることになりました」
「戦死を含めて6名か…痛いな」
「はい、それでも兵の補充は来ないのでしょうか」
カイデル大尉が淡い期待を込めて尋ねてきた。
「まず、無理だな。今は東部戦線全体が危ういのだ。独立した戦闘団の補充など最後になるだろう」
これは戦車も同様である。この戦闘団の基幹、第1戦車連隊第3大隊も悲惨な状況だった。
ソ連との開戦時は38輌あった50mm長身砲搭載の3号戦車は、今や15輌となった。
同じく15輌いた75mm短身砲搭載の4号戦車が5輌、そして21輌いた20mm機関砲搭載の2号戦車に至っては僅か3輌しか残っていない。
ただし、失われた戦車でソ連軍に撃破されたものは半分もない。
残りのほとんどがこのロシアの寒さと悪路、悪天候などの故障で失われた。
我が戦車大隊は、74輌から23輌に戦車は減ったが、それでも他部隊よりはましな状態なのだ。
「仕方ありませんね少佐」
カイデル大尉も現状をよく知っている。それでも確認したのは危機感からなのだろう。
「それから異動命令が来た」
「!……、 異動ですか、折角地形を覚えたのに残念ですね少佐。
ただ私は少しでもベルリンに近づくなら大歓迎ですよ」
副隊長のフォン・ランゲルト大尉の冗談には、多分に願望が入っていた。
「確かに、ベルリンには少しだけ近づく。
我々の新たな配属先は何と言っても西にいる第290歩兵師団だからな。
出発は明朝11時だ」
「了解しました。ですがそうなると4号を1輌置いていかねばなりません」
「何かあったのか」
「トランスミッションが破損しました。すぐに修復するのは難しいでしょう」
よくある故障原因といえる。
「べイル大佐に預けるしかないな。ここには馬車以外にトラックもある。
いざとなれば戦車を牽引してでも活用するだろう」
ベイル大佐に取って、4号戦車の75mm短身砲は大きな戦力になるはずだ。
しかし、我々に取っては貴重な戦車の数が22輌に減ったことになる。
「そうなると整備兵を残して、修理させる訳にはいきませんね」
「そうだな、1輌の為に残す訳にはいかない。
それから、輸送段列と自動車化整備中隊は、護衛を付けて第290歩兵師団の第2防衛線の背後に回そうと思うが」
自動車化整備隊と僅かな距離でも離れるのはリスクもあるが、この戦況ではやむを得ないと判断したのだが…。
「そうなると、本部に編入した牽引車1輌と数人の整備士に負担が増えてしまうのではないでしょうか?」
「そうなるな。だがフォン・ランゲルト大尉、北方群集団も第16軍も第10軍団も、全てが敵の主功がスタラヤ・ルッサから我々突出部の連絡路遮断に移ったと判断しているのだ」
「……、敵がなだれ込んでくるかもしれないですね」
察しの良い部下は戦場の宝だ。
「そうだ。よって後方部隊は遅らせて動かすことで安全を確保したい。」
「了解しました」
3人共、すぐに納得してくれる。
「それと、ベイル大佐に食事に誘われた。付き合いたまえ」
「ありがたいですね。そう言えば、先ほど後方部隊から連絡があり、第46歩兵連隊の精肉隊から大量の馬肉の差し入れがあったそうです」
だが、戦闘以外のことに疎い者もいる。今日の晩飯は馬肉の可能性大とかな。
「そうかありがたいな、後で礼を言っておこう」
ナポレオン戦争でもそうだったが、極寒の地では馬よりも人の方が、知恵を使って何倍も図太く生き残るようだ。
それを考えれば、もっと速く、もっと多くの冬季戦の装備があれば、傷病者も戦死者も大分減っただろう。
これは間違いなく指導部の完全な失態だ。
「お待たせしましたフォン・シュトラウス少佐」
装甲歩兵車に入ってきたのは、装甲偵察小隊長のフォン・フォッシュ中尉だ。
「ご苦労、中尉。早速だが装甲偵察小隊の状況を確認したい」
「小隊の8輪装甲車は3輌全てが良好です」
フォッシュ中尉が胸を張った。
「そうか、我々は第290歩兵師団に合流することになった。詳細はブルク参謀がするが、装甲偵察分隊は先陣を切ってもらう」
「了解しました。お任せください」
装甲偵察小隊は、常に行軍では先頭に立つ部隊である。
その為、北方軍集団に配置された当初2個小隊6輌(定数8)いた重装甲車は半減している。
「それから、3号戦車2輌からなる戦車小隊を火力支援に付けよう」
これがロシアの戦訓だ。偵察隊には極力火力を増強すべし
「有難うございます少佐」
私は頷き、隣に座る大隊参謀に声を掛けた。
「ブルク大尉、後は頼む」
フォン・フォッシュ小隊長に対するブリーフィングを命じた私は、歩いて自動車化整備工場中隊へ向かった。
それは第30歩兵師団から第46歩兵連隊に派遣された、小さな車両整備班のすぐ近くに置かれている。
我々の整備中隊を纏めるのは50代のバックナー大尉だ。
整備兵からの叩き上げで、ドイツ軍人というより、まさに親方だ。
デリケートな精密兵器である戦車が、他部隊より多く生き残っているのは、彼の力が大きいと言える。
このことからバックナー大尉は、戦闘団で一種独特の権威を持っているのだ。
「フォン・シュトラウス少佐……、故障した4号戦車をここに置いていくそうですね」
似合わない敬礼の後、かなり不満そうにバックナー大尉が尋ねてきた。
「残念ながらそう決めた。
そこで整備中隊から人は無理でも、修理マニュアルか何かを、そこの小さな整備班に残せないかと相談に来たのだ」
「……、分かりました。何とかしましょう」
少しだけ考えを纏めるそぶりを見せた大尉だったが、すぐに了承する。
彼は、自分の専門分野で間違った見通しを立てたことが一度もない。
「頼みます。バックナー大尉」
その後、二人で整備中隊を見て回り、一度大隊本部に戻った私は、その足で3人の部下を連れて、歩兵連隊本部へと向かう。
やはり故障したとはいえ、4号戦車が1輌残ることを知るとベイル大佐は嬉しさを隠しきれない様子だ。
食卓も楽しく、食事は馬肉中心だったが非常においしかったとだけ付け加えよう。




