イースタリアの街(2)
宿は木造で、一階が広い食堂になっており、二階が客室というファンタジー世界では定番の構造となっていた。
店の入り口の上に掲げられた看板には『紫陽花亭』と書かれている。
「へぇ~。紫陽花亭か~。これそ違世界って感じの宿屋だぜ! 名前も風情があっていいし、食事もロイヤのおススメなんだろ?」
「気に入ってもらえたならオレも嬉しいッス! ここのキャッチフレーズは、料理は最高! 紫陽花亭ッス!」
「それ、味が最低みたいに聞こえるニャ……」
「リリアンさん、冒険者が細かいこと気にしちゃ駄目ッスよ!」
窘められた私はしぶい顔を禁じえなかった。
この違世界、ことあるごとにネタっぽいものを仕込んできやがるな……。
「女将さ~ん。今帰ったッス~!」
「あらロイヤくん、おかえりなさい」
ロイヤが宿の扉を開けるとすぐに女性の明るい声が返ってくる。
三十代くらいの女性だろうか、役割の都合で派手な化粧こそしていないが綺麗な方である。シンプルな長袖とズボンにエプロンを付けている。
「そちらの方たちはどなた?」
女将さんは私たちの姿を見てロイヤに尋ねる。
「勇者のナオトさんと、その仲間のリリアンさん、セツさんッス!」
「えっ!?」
女将さんは驚く。当然だ。私たちがこの宿に泊まることはあらかじめ決まっていたことだが、ロイヤは本来裏方として私たちとは接触しない役割だったのだから、それを知っている立場としては混乱もするだろう。
「オレ、なんと勇者パーティーの一員になったんスよ!」
ロイヤは照れ隠しのように後頭部をかいていた。
「そ、そうなの……よ、よかったわね~……」
女将さん、まだよく状況が掴めていないらしい。
「パーティーを追放されて自暴自棄になったオレは、今日、たっくさんサルキメラがいる巣に死ぬつもりで単身特攻したんスよ!」
「死ぬつもりでっ!?」
ロイヤは女将さんのために自然に状況説明を続けているつもりだろうが、女将さんとしてみたらとんでもない内容だろう。
「そしたらそこでナオトさんたちと出会って、仲間に加えてもらったッス!」
「そ、そう……じゃあナオトさんたちも死ぬつもりだったのかしら……?」
そう思われても仕方がないだろう。実際に死ぬかと思ったし。
「ナオトさんたちは勇者パーティーだから、あの程度じゃあ大丈夫ッス」
「そ、そう……素敵なお仲間ができたようでよかったわ……?」
女将さんの猜疑な視線がなぜか私たちのほうにチラリと向けられた。
「だからもう死にたいなんて言って女将さんを困らせることはなくなるッス!」
「え、ええ……うちのお部屋で思い詰めないなら私も安心よ……?」
意外と応用力のありそうな女将さんだと思った。
「それで女将さん。ナオトさんたちも宿を探してるんスけど、二階、空いてないッスか?」
「ロイヤくん……今日死のうとしていたわりにケロッとしてるのね……」
「ういッス! オレ、明るさだけがとりえの脳筋戦士ッスから!」
女将さんは困ったのか呆れたのか、少し笑顔が引きつっていた。
「でも、それならちょうど今日、パーティーのお客さんが旅立ったところなの。空き部屋になるところだったから助かるわ」
そういう設定なだけで、本当は私たちが泊まる予定だったわけだ。
「部屋が空いてるならよかったぜ……それならぜひ、俺たちもここに住まわせてほしいんだぜ?」
ナオトが切り出すと女将さんは嬉しそうに微笑む。
「もちろんよ。ようこそ、紫陽花亭へ。長くいてくれると助かるわ」
「ニャア! 私たちはこの街を拠点に冒険者になるニャ!」
「お世話になりますぞ……三人で三部屋追加。ロイヤのぶんも含めて支払いはこれで足りますかな?」
セツがカウンターの上にキラキラ輝く数枚の硬貨を置いた。
「こんなに!? も、もちろんです……一泊の料金はあちらに提示していますが、これなら四部屋でも三ヶ月は十分な額です」
「す、すげーッス! さすがは賢者ナイトのセツさんッス!」
ロイヤと女将さんは驚く。
「ほっほっほ……若い頃の貯えが役に立ったわい」
セツは顎鬚をさすって言った。
「いいのかセツ? 俺たちのぶんまで払ってもらって」
「もちろんじゃとも……ワシらはパーティーじゃからの。ここでしっかりと腰を据えて、力をつけていかんとな」
「ニャア! 村長ありがとうニャア! とっても太っ腹ニャ~!」
まぁ結局誰が払っても同じことなんだが、セツのことだからみんなの前でいい格好をしたかったんだろう。
「ありがとうございます。ナオトさん、リリアンさん、セツさんですね! 大歓迎です! これからどうぞ、よろしくお願いいたしますね!」
私たちは生活の拠点、紫陽花亭に温かく迎え入れられた。










