ラノベ作家の奥の手(2)
「フフフ……サルキメラがいるというからいずれ役に立つと思ってはいたが、こうも早く出番が来るとはの……」
そしてセツはゆっくりと自らのカバンに手を入れ、それを取り出した。
「サルと言えば昔からこれが好きだと決まっておろうに……」
それはガチで、本当に、見間違いようもなく、正真正銘の、釘が打てるほど凍ってもいない、普通のバナナだったのだ。
あああああ! 死んだ!
今この瞬間、私たちの命運は尽きた!
本当にありがとうございました!
私は絶望に屈したところからさらにもう一段階深く沈み果てた。
「セ、セツ……念のために聞くが、いったいそのバナナで何をするつもりなんだぜ……?」
さすがにナオトの表情にも焦燥が浮かび、わずかにだが声も震えていた。さすがに親友がこれほどまでのアホだったとは思わなかったのだろう。
いや、もしかしたらセツもこの絶望的な状況がわかっているからこそ頭がおかしくなってしまったのかもしれなかった。
「みんな、準備はよいな……? ワシが3・2・1でこのバナナを遠くに投げる……奴らの気がそれた、その一瞬が勝負じゃぞ?」
「気がそれなかったらどうするニャ?」
「それるのじゃ!」
セツは根拠もなく言い切った。
「で、じゃ。奴らの気がそれたそのスキに、全員で出口に向かって走るのじゃ!」
ナオトも私もすでに駄作家の言葉など聞いてやしない。それぞれ武器を握りしめ、無駄かもしれないが最後まで抵抗する覚悟を静かに決めていたのだ。
「ゆくぞ! 3・2・1……とりゃあ!」
セツが一人で喚いてバナナを放り投げていた。そのバナナは美しい放物線を描いてサルキメラたちの頭上を飛び越えていくが、悲しいかなサルキメラは一匹たりともそれに反応を示さなかった。
「さぁ今じゃ! 逃げるのじゃ!」
そう言ってセツは一人で駆け出す。
サルキメラの注意はまったくそれていないのだから、そんなふうに不用意に動けば餌食になるに決まっている。だから私もナオトも合図をされても動けなかったのだ。
私たちは無力を嘆きながらもセツの暴走を尊き犠牲として見捨てることにした。
「ギギャアッ!」
「むぎゃ!」
次の瞬間、セツの身体はあっけなくサルキメラにバシッと吹き飛ばされて地面に転がった。
嗚呼、セツよ無惨……。しかし、次はいよいよ私たちの番か……。
遠く日本にいる父や母に想いを馳せながら、私は護身用ダガーを持つ手に力を込めた。
だが、私が異変に気づいたのはそのときだった。
互いに睨み合っていた状況をセツが不自然に崩したというのに、私たちを取り囲むサルキメラは意外にも一斉に飛び掛かってきたりはしなかったのだ。
それどころか、私たちが何が起きたのかもわからないうちに、サルキメラたちはバタバタと前かがみに倒れていくではないか。
「え!? なに!? なにが起こったニャ!?」
「サルキメラが……全員、勝手に倒れたんだぜ……?」
「まさか! まさかバナナが効いたのじゃな!?」
無事だったのか駄作家よ……。
ドサクサに紛れてセツもムクリと身体を起こしていた。
たしかに私たちはセツの身体が地面に転がった瞬間、一瞬だけそちらのほうへ視線を切った。だからこの場で何かが起こったとするならば、その刹那の間にことは済んでいたのだろう。
数いるサルキメラたちを一瞬のうちに葬り去るような素早い動きで。
そして、私が知る限りそんな人間離れしたことができる存在は一人しかいなかった。
「いや~、そちらのお爺さんが注意を引きつけてくれたおかげでなんとかなったッス~!」
明るい声のするほうへ視線を向け、私は倒れたサルキメラの奥に一人の男の影を見つける。
「もう安心してくださいッス! みなさんが向き合ってるスキに、全部オレが背後から斬りつけてやったッスから!」
その男はナオトが持つアルミの剣とは違う、本物の鋼の剣を握りしめ、サルキメラの返り血を浴びながらも眩しい笑顔を向けてくれていた。
「どうも! オレの名前はロイヤ! 通りすがりのソロ戦士ッス! どうぞよろしく!」
本来ならばロイヤは黒子として裏方に徹するべき人物であったのだが、この状況にあってはもう姿を表に出さないなどと言っていられる状況でもないことは明らかだった。
間違いなく、ロイヤが助けに入ってくれなければ私たちはここで全滅していただろう。
彼は、私たちのヒーローであった。










