蛮勇、引き止めがたし
ナオトの視線はただ一点、目の前の洞穴にのみ向けられていた。
「サルキメラならすでに昨日、一匹は倒している……倒せるはずだぜ」
外の様子を見に洞穴から出てきたサルキメラはほどなくして内部に戻っていったが、なにもそれだけをもって中に一匹しかいないと決めつけることはできない。穴蔵に住む習性がクマのものだったと仮定しても、サルの習性として集団で暮らしている可能性も否定できないからだ。
「待てリリアン君! やはりその洞穴は特定動物の生態確認用に作られたものだった。内部カメラの映像を見たところ、最低でも五匹のサルキメラが棲息しているようだ。キミたちの実力では勝てん! 突入すれば本当に死ぬぞ!」
インカムを通じて九条専務の声が聞こえてくる。
「待ってニャ! ナオト様! やっぱり危険ニャ!」
私はすがりつくようにナオトを引き止めた。だがナオトはそれを優しく微笑みつつも引き剥がす。
「大丈夫だぜ。一昨日も昨日も、サルキメラとは二度も対面してるんだ。そんなに恐い動きをするような相手じゃないんだぜ……?」
「でも中にいっぱいサルキメラがいたらどうするニャ!? いくらナオト様が強くても、数で攻められたら大変ニャ!」
この現実世界には回復魔法も蘇生魔法も、傷がパァァっと治るポーションもないんだぞ!
私は必死に止めようとしたが、そこへセツが割って入ってきた。
「ならば、その数はワシが補おうぞ」
正気か!? 相変わらずこの駄作家は何を考えているのかわからなかった。
「勇者が守りたい者のために強くなろうとしている……ここは同じ男として力になるべきところじゃ」
わりとシリアスな表情で言ってはいるが、私には状況把握能力が欠落しているとしか思えなかった。
駄作家のような低戦闘力が一人増えたところで大した足しにはならないのは明白だ。
しかも近くに待機しているだろうロイヤでさえ、私たちが洞穴の中に入ってしまえば黒子として姿を見せぬままフォローすることは不可能だろう。
どう考えても突入する選択肢はありえない。
「勇気と無謀は別物ニャ! ここは一旦引いて、街に着いたら冒険者ギルドに報告するのニャ!」
「だけどリリアン。冒険者ギルドに報告したところで、結局は誰かが討伐に来るわけなんだぜ?」
だがその誰かは銃火器を持って来るはずで、私たちよりも安全にサルキメラを処理するはずだ。
「じゃったら、今ここでワシらが片づけてしまったほうが早いと言うものじゃ」
ダメだこいつら……もしかしたら大量のスライムを気分爽快で倒しまくってハイになったままなんじゃなかろうな……?
「怖かったら、リリアンはここに残ってもいいんだぜ?」
「いやニャ! 置いて行かれるのは絶対にいやニャ!」
私だって命の危険すらあるキメラの巣穴に突入するのは怖すぎる。でもだからと言ってナオトの行動制限役は必要だし、なによりここに残ったままナオトたちの突入を許せば、それは彼らを見殺すのも同然だ。
「ならば覚悟を決めるのじゃリリアンや……勇者とともに研究施設を目指すのであれば、このくらいの試練を乗り越えられんでどうするのじゃ……」
「ニャア……!」
「この先、勇者にはもっと危険な試練が待ち受けているやもしれんのじゃぞ……? これしきのことで怯むのでは、ここで旅を終えたほうがよいと言うものじゃ」
そこで私はハッとする。
この駄作家まさか! ここで私をパーティーから切り捨てるとか、ナオトに怖い思いをさせて旅を続けられなくしようと考えているんじゃないだろうな!
セツは村を旅立つ前にもプロジェクトのシナリオ進行とは別に、友人としてナオト自身のことを気にかけている部分があった。
私たちの嘘はいつか必ずナオトにバレる日がくる。ともに過ごす時間が長くなればなるほど、そのときナオトが負う精神的ダメージも大きくなるだろう。
だからなるべく傷が浅く済むうちに真実をバラして物語を閉じてしまおうとセツが考える可能性も否定できないのだ。
もしかしたら今、私はセツに気持ちを試されているのかもしれなかった。
「それだけは嫌ニャ! 私はちゃんと最後までナオト様について行くニャ!」
私は勢いで答えていた。
セツは感心したように頷いていた。
「よくぞ言ったリリアンや……それでこそ勇者パーティーの一員じゃ!」
私は、もう引き返せないところまで足を踏み入れてしまったのかもしれない。
「安心せい……ワシとて女の子に傷を残すような事態にはさせんよ……いざというときには考えもある……」
そう言うセツはいつにもなく真面目で、少し恐いとさえ思うような張り詰めた顔だった。
ここから先は動画撮影とかは一切関係のない、ただの人間とキメラの命を賭けた本当の戦いになる。
「みんな……覚悟は決まったようだな……」
ナオトが真剣な顔と低い声で私たちに告げる。
そして私たちはゆっくりと重く頷く。
「じゃあ、いくぜ……?」
そして戦いの火蓋は切って落とされた。
「みんな! 突撃だぜ!」










