違世界でも定時は大事
夕方になると、私たちが歩む街道の前方にちらほらと違世界風の木造建築物が見えてきた。
それこそ二日目の到達目標地点となる宿場町である。
思えば今日は序盤から大変な目にあってしまったが、それもようやく、なんとか無事に終えられそうである。
チラリと隣を歩くナオトを見れば、彼もまた少し歩き疲れたようで表情も固くなっていた。
「ナオト様。ようやく前方に宿場町が見えてきましたニャ」
「じゃあ今日はあの宿場町に泊まるとするか……」
ナオトはすんなりと提案を受け入れてくれた。
どうやら私も今日は定時で仕事を終えられるようだ。
などと安堵していたのも束の間。
「日が暮れるまでまだ少し時間がありそうだし、宿場町からあまり離れない範囲で、薬草をもうひと採取しておくぜ」
などとナオトが言い出すので私は固まってしまった。
「だ、だめニャ、ナオト様! もうすぐ5時になるニャ!」
「ん? 5時になるとリリアンはなにかあるのか?」
「何もないけど、旅に休息は大事なのニャ!」
薬草集めもさせられたり、サルキメラとの戦闘で冷や汗をかかされたり、歩き疲れたりで、もう一刻も早く休みたいのだ……。
「でもステータス画面を見る限り、まだ5時前だぜ?」
それが元ニートのセリフか!?
私は身体の疲れのせいもあってか、少し強く出ることにした。
「仮に残業しても6時までニャ! イースの人はみんな規則正しいニャ! 日が暮れたら寝るのニャ! そうしないとMPが回復しないのニャ!」
チャイムが鳴ったら仕事仲間、も一度鳴ったら赤の他人!
そこまでハッキリ言うつもりはないが、今はそんな気分だった。
ちなみにイースでは外で働く人も多いので、定時でチャイムが鳴り響く。
「リ、リリアン……なんかやけに強く主張するんだぜ……?」
しまった! つい強く出すぎて現実感が漂ってしまったか!?
「……にゃふーん! きゅぴきゅぴ!」
ほわ~ん。
「ま、まぁここはリリアンの言うとおりかもしれないな……今日はもう休むことにするぜ」
ナオトは少し照れ臭そうに顔を背けた。
「賢明な判断ですわ、勇者ナオト」
そしてそこへさらに女神ノアの声が聞こえてくる。
「女神様!」
ナオトはパッと顔を上げた。
「勇者は常に強く優しくなければなりませんわ……よく考えてごらんなさい? あなたは強靭な肉体を持っているので平気かもしれませんが、隣にいるリリアンはただの村娘なのですよ……?」
「う……たしかに……」
ナオトは申し訳なさげに私を見た。
私はそこで合点がいった。今回女神ノアが声を掛けてきたのは勇者を諫めて私の待遇改善を図ってのことなのだ。
さすがは気の利く私の後輩である!
「しかもリリアンはあなたに好意を寄せている様子……きっと無理をしてでもあなたについていこうとするはずですわ?」
「そうか……俺、最低だな……知らずのうちに女の子に無理をさせてたのか……」
ナオトは素直に反省の色を見せる。
「理解できたのであれば私も嬉しく思いますわ……これからは、あなたを慕うリリアンにも優しくしてあげなさい」
なんかナオトに好意を寄せるとか慕うとか、そこのところ強調するね……?
「そうすれば、今後あなたとリリアンの関係もますますラブラブズッキュンですわ……?」
おいコラ。勝手なことを言って笑っているんだろ……? あとで覚えてろよノア……!
「わ、わかったぜ……!」
ナオトもまた顔を赤らめて私を見ていた。
「……ですが、今日のところはリリアンを振り回して、いたずらに疲れさせてしまった罰が必要ですわね?」
「えっ!? 女神様の罰、なんだぜ!?」
「そうです。……勇者ナオトには罰として、今後のステータス表示可能時間を設定いたしますわ……? そうですわね、朝9時から夕方5時までにいたしましょう」
うわ……それ、思いっきりノアが定時上がりを決め込むための設定じゃねーか!
「あなたは、これから時間外にステータスオープンと発言してもステータスを表示することができなくなります……」
まぁ正直、私やステータス担当を始めとする裏方全体にとっても嬉しい話ではある。
特にステータス担当に至っては、昨日ナオトが夜遅くまでステータスを開いたり閉じたりしていたせいでろくに寝ていられなかったそうだ。
そういった裏方事情もあっての判断だとは思うが、はたして違世界にそんな現実的な設定を盛り込んで本当に平気なのだろうか……?
「女神様の罰とあらば、俺は甘んじて受け入れるぜ……!」
あ。簡単に受け入れちゃった。
「ですが安心してくださいな……本当に危ないときには残業……いえ、延長申請も認めますので」
「わかったぜ! ありがとうございます女神様!」
素直だなぁ……本当にこの勇者、素直だよなぁ……。
「これからも、あなたの頑張りを見守っていますよ……!」
そう言い残して女神ノアの声は消えた。
ナオトは女神ノアの声を反芻しているかのように自分の拳を見つめていた。
「ナ、ナオト様……? どうしたのニャ? もしかして、女神様の声でも聞こえていたのかニャ……?」
私は心配そうにナオトに話しかける。
女神ノアの声は勇者にしか聞こえない設定も当然忘れてはいけない。
「ははは……女神様に叱られちゃったぜ。もっとリリアンに優しくしてあげなさいってな」
「ニャア……ごめんなさいニャ。ナオト様、私のせいで女神様に叱られちゃったニャ?」
「違うぜリリアン。今日、悪かったのは俺だなって思ったから素直に罰を受けたんだぜ。……リリアンも、今日は振り回しちゃってごめんだぜ」
「ニャア! 私なら全っ然、大丈夫ニャ~!」
私は両拳を握って笑顔を作る。
「心強いぜ! だが、今日のところはもう休もうぜ! リリアンにはゆっくりと疲れを癒してほしいんだぜ!」
そう言ってナオトはにっこりと笑う。
私はそんなナオトを見て、また少しの罪悪感と、不思議と息の詰まるような思いを抱えていた。
違世界でも定時は大事!
ここ、お仕事では重要なんですね!










