ヒロイン辞令は突然に(2)
どうしてこうなった……。
取締役会から解放され、オフィスに戻ってからも私の脳内はその一件に支配されていた。
「梨里せんぱぁい。さっきの話、本当の本当に、本当なんですかぁ~?」
昼休み。
机に突っ伏した私を人懐っこい顔で覗き込んでくるのは仲良しの後輩、天城ノア、二十五歳だ。
背が低く、軽くウェーブのかかったショートヘアで、明るくとても可愛らしい。
「……残念ながら本当の話」
私はため息まじりに答えた。
「アタシとしては梨里先輩がクビにならなくて安心しましたけど……」
「軽く言わないでよ……私、これからが大変なんだけど……?」
「あはっ! その話が本当なら、ワンチャン玉の輿じゃないですか~!」
「嫌よ! いくら財閥の御曹司とはいえどんな人かも知らないし……」
「そんなこと言ってるから彼氏ができないんですよ~」
「あ~ハイハイ。どーせ私は交際経験のない二十代ですよ~だ……」
「ご、ごめんなさい先輩……アタシ、そこまで聞くつもりは……」
「かわいそうな顔で見るな!」
「お、おかしいなぁ~……? 先輩、めっちゃ可愛いのになぁ~……?」
「別にいいよ無理に持ち上げなくても……ていうか、落ち込んでるのはそこじゃないし」
私は大きくため息をつく。
「とんでもないことになっちゃった……知らない男性と二人で世界を冒険するの。しかも私はネコ耳コスプレ姿でね? さらにはそれが世界中に動画配信されちゃうわけよ? しまいにはガチで命の危険まであるのにね!?」
「あははっ! それどういう状況~!」
私は再び頭を抱えた。
正直、いまだに何が起こったのか自分でもよく整理できていない。
どうしてこんなことになったのかすらわからないでいる。
本当に金持ちの道楽とでも言うのだろうか。
信じられないことに私の提案――ファンタジー島計画はその場で承認されてしまったのだ。
◇
思い出しても寒気がする。
私の発言のあと、長い長い沈黙を経て、突然大声で九条会長が笑い出したのだ。
「わっはっはっは! それはいい! それならば一人、勇者にうってつけの人物がいるぞ! ワシの孫、九条ナオトならば必ずや困難を乗り越えてくれるはずじゃ!」
当然ザワつき始める取締役会の面々。
「安藤さん。ほかにも何か良い案はないかね? ワシにもわかるよう、よーく教えておくれ」
九条会長に促され、なかばヤケクソになっていた私はペラペラと好き勝手にしゃべる。
「やるなら本気です。お孫さんには本気で転生したと思わせるところから開始しなければなりません」
「ふむ。つまりナオトにだけはそこを別の世界だと信じさせ、まわりはそれに気づかせないよう上手く立ち回りながら、ナオトを使ってモンスターを退治させていく。そして最後にはキメラを倒し尽くし、九条財閥の起こした問題は隠蔽される……そういう筋書きかね?」
うまくいくかどうかが問題なのではない!
私がこの場を生き延びられるかが問題なのだ!
「そうです。ただ、現地人に扮するスタッフの数が課題になるほか、リアルにモンスターが溢れている島ですからスタッフにも危険が伴います。万が一、死傷者でも出てしまったら……」
「そこは金に困っている冒険者志望とやらを集めればよい……なにもモンスターを討伐するのはナオトに限るわけでもあるまい」
九条会長はそこで不穏な笑みを見せた。
「普段は現地人を演じるスタッフとして十分に報酬を払いつつ、裏で討伐をしたぶんに応じた報酬を加算。……まぁ、冒険者なんぞやりたがる者はどうせ底辺じゃ。万が一死んでも遺族に二億ぐらい握らせておけばよいじゃろ」
金持ちは! これだから金持ちは!
私は呆れながらも、この場を乗り切るためにさらなる脳内麻薬を分泌させてテンションを高めていく。
「ならば冒険者をまとめる冒険者ギルドを組織しておきましょう……ほかにも鍛冶職人やダンジョン、形だけでもよいので王城など……ありがちな設定は整えておく必要があるかと」
「うむ。そのあたりのことは抜かりなく準備できるように、キミの指示をよく聞く優秀な補佐を手配しておこう」
「ありがとうございます」
「ほかに気をつけるところはあるだろうか?」
「そうですね……ここまできたら普通にやってはダメです! ここはいっそ、あえて動画配信しちゃいましょう! 『勇者ナオト、世界を救う旅に出る!』とか銘打って!」
「素晴らしい! それならば視聴者もまさか現実にモンスターが生み出されていたなどとは思うまい! あくまでこれは作られた映像作品。そういうことだね?」
「そうですそうです! さすがは九条会長!」
「これは数字が取れそうだのぉ~!」
会長もノリノリだった。
「で? 言うからにはキミがヒロインになってくれるのかね?」
「へ?」
私は固まってしまった。
「ワシとて少しは知っておるよ? 巷で人気の、いせかい? とやらには常に勇者と行動をともにする可愛いヒロインがおるのじゃろう……? ほれ、ネコ耳とかエルフとか、そういう可愛いヒロインが」
「そ、それは……作品によるのでは……?」
「ワシは、キミのような優秀なヒロインが旅をサポートしてくれれば、ナオトは必ずや目標を達成してくれると思うのじゃが……」
私はまっすぐに見つめてくる九条会長の視線に負け、ついには頷いてしまったのだった。
絶望してうなだれたとも言う。
「決まりじゃ! では安藤梨里くん。今からキミには特別辞令を出す。これから新たに建設される、いせかい? ならぬ違世界島において、勇者ナオトを支えるネコ耳ヒロイン役を担ってもらおう」
そして調子に乗って好き勝手言ってしまった私にその審判は降された。
「獣人族リリアン・ドゥ。ヒロインを命ずる」
――誰だよそれ。
はいそうです。この作品はノリがすべてです!
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