待って勇者さま
私たちはまた一つどうでもいい問題を乗り越えて、なんとか勇者に伝説の剣を抜かせた。
はじめは駄作家が村長の代役だというのでどうなることかと危惧したが、それもようやく。
あとはさっさと村から旅立てばシナリオ上で二度と村長の出番はない。ひと安心である。
「さっ、行きますのニャ、ナオト様!」
私はナオトの背を押して歩き出そうとした。
だが。
「待てーい! 勇者よ!」
そんなに自分の役を終わらせたくないのか、いまだ腰が抜けたふりをしたまま地に寝そべっている村長セツが言った。
さっきまで『勇者様』とか呼んでいたのに、なぜ急に偉そうな口調になったのかは私にもわからない。
「たしかにお主は伝説の剣に認められた……じゃが、それだけでは北に進むにつれ強力となるモンスターを相手に苦戦を強いられるじゃろう……」
きっとセツは必死に、この刹那の役でも自分を印象に残そうとしていたに違いない。
「なら、いったい俺はどうすればいいんだぜ?」
ナオトのほうも剣を抜いてから変に自信をつけてしまったのか、なんか様子がおかしい。
語尾に『ぜ』が多用されるようになってしまったのだ。
なんなんだ、この人たち……?
私は今ほど『類は友を呼ぶ』という言葉を思い出したことはない。
「まずは己を鍛えるのじゃ……北へ向かうと街がある。そこには冒険者ギルドがあり、様々な情報が集まってくるじゃろう」
うわ~……この駄作家、宿場町までの道中で私が説明するはずだった内容を横取りしやがった……。
「わかったぜ? そこで冒険者登録をして、依頼のモンスターとかを倒してレベルを上げろって言うんだな?」
「もちろんそれも大事じゃが、心強い仲間を見つけることも重要じゃ!」
いやいやいや、仲間とかヒロインの私以外にスタッフ準備してないから!
たしかにナオトじゃ心配なくらい強力なキメラもいるけど、そういうのは裏方さんが秘密裏に処理してくれんの!
勝手に予定されてないセリフまでしゃべりだして、そこまでして自分の登場シーンを引き伸ばしたいのかね~?
でもそうはさせねーぞ?
「大丈夫ニャ村長! ナオト様には私がついていくニャ~! ほかの仲間なんか要らないくらい、私がいっぱいいっぱい、お役に立つのニャ~!」
これ以上セツが勝手なことを言い出して計画が狂う前にと、私は素早くナオトの背を押してその場から離れようとする。
だが、そんな私たちの背中に予想外の言葉が飛んでくる。
「それはならんぞリリアン。お主には大切なお役目があるじゃろう……? 村を出ていくことはまかりならん……!」
え、えぇ~!? な、なに言ってくれちゃってんの、この人ぉ!
わかってる!? 私ヒロインなんだけど? 勇者の案内役なんだけど!?
そんな私を最初の村に縛り付けちゃダメだよね!? っていうか、シナリオの私にそんな設定なかったよね……!?
蒼然とする私のほうへ振り返り、ナオトは力なく微笑んだ。
「そっか……リリアンにはそんなに大切な役目があったのか……それじゃあ、俺も無理は言えないんだぜ……!」
「えっ!? いや、違うニャ……!」
私がついて行かないとプロジェクト終わるんだが……?
「そうだよな……そういうのって自分から言いにくいもんな……ごめんなリリアン、俺、気づいてあげられなくて」
「え? 違っ……!」
なにこれ!? なんで私ともお別れの雰囲気になっちゃってんの!?
くっ……! この駄作家、なんでここで致命的なアドリブをブッ込んできたし……!
と、勇者に背を向けセツを睨みつけたところで、私はその原因とやらに思い至った。
そうだった――こいつ、クソつまらねー作品しか書けねーから『改変率99パーセント』の駄作家なんじゃねーか……!
つまり、こいつに直接シナリオを紡がせたら、それは――!
「心配しなくても大丈夫だぜ! 俺なら一人でもやっていけるからさ! リリアンは今までどおり、この村で大切なお役目を果たしていればいいんだぜ……!」
あ、あぁ……!
プ、プロジェクトが……プロジェクトが遠ざかっていく……。
私は膝を屈してしまった。
「さて勇者よ。旅立つ前にお主に渡しておく物がある」
そんな私を無視して、セツは勇者に話しかける。
「お、何かくれるのか?」
「これじゃ」
ナオトが問うと、セツは自分の荷物の中から一つのカバンを取り出した。
「お! それってもしかしてマジックバッグなんだぜ?」
んなわけねーだろ! いくら違世界に似せて作ったところで現実世界に魔法の類があるわけない。
「マジックバッグ? そんなものあるはずなかろう。普通のバッグ……その名もノーマルバッグじゃ!」
セツもそこで得意げな演出いらん。
「なんだ違うのか……じゃあ中身はなんなんだぜ?」
「ただの支度金と少しのポーションじゃ」
ちなみにポーションとはただの栄養ドリンクである。
「へぇ! ありがとうセツ! 普通のバッグでも十分に嬉しいぜ! これ、大切に使わせてもらうからな!」
ナオトは嬉しそうにバッグを肩に掛けた。
「さぁ! ゆけぃ勇者よ! 世界に平和を取り戻すのじゃ!」
なんだその王様みたいな態度は! しかもいまだに腰が抜けた流れで地に寝転んだまま言ってるし。
グダグダ。すべてがグダグダに崩壊した勇者の旅立ちだ。
終わりの旅立ちだ。
「あぁ! 目指すは魔王城の自壊コード装置だな! その使命、俺が必ず成し遂げてやるぜ!」
ナオトも自信のみなぎる様子でガッツポーズをしてみせた。
目的地が魔王城に変わっていることにツッコむべきか迷うところだが、もはや二人の会話に入っていくのは危険とも思えるような世界感が出来上がってしまっていた。
「セツは……腰が辛そうだが大丈夫か……?」
去り際にナオトはチラリとセツを見る。
「ワシのことは気にするな……お主はお主のなすべきことをせよ……ワシは、草葉の陰からお主の活躍を見守ってるぞ……ガクッ」
そして事切れたかのようにセツは動かなくなった。
死因は腰痛。
「セツーーーッ!」
なぜか叫ぶナオト。
そしてしばらくののち、辛い思いを振り切るようにくるりと踵を返して歩き出した。
「たとえお前が記憶喪失でも、俺たちは最後まで親友だったぜ……!」
そんなふうに哀愁漂う背中で語って私たちから遠ざかっていくナオト。
こうして、勇者ナオトは旅立っていった。
私というヒロインを置いて。
改めて言っておくと、この作品は本当にノリがすべてだと思います。










