第4話 引かれた線
(エリアナ視点・王都 自室)
王都へ戻って数日、屋敷の空気は落ち着きを取り戻していた。エリアナは自室の机に向かい、視察で見たことを手帳に整理していた。
扉が短く叩かれる。父、ルーカスだった。
「お父さま」
エリアナが立ち上がると、ルーカスは手近な椅子に腰を下ろした。彼は机の上の手帳に一瞥をくれ、それから静かに口を開いた。
「あの町はどうだった」
「活気があって、とても良い場所でした。……食べ物も、おいしかったです」
エリアナが答えると、ルーカスの口元がわずかに緩んだ。
「うむ。お前が気に入ったならよかった」
けれど、その視線はすぐに厳しいものへと変わる。
「だがエリアナ。覚えておきなさい。為政者が現場を愛するのは良いことだが、愛しすぎてはならない」
エリアナは首を傾げた。
「愛しすぎては……いけないのですか?」
「そうだ。情に流されれば、線が引けなくなる。……私たちが守るべきは『個人』ではなく、『全体』だ。一人の不幸を嘆くあまり、全体の安寧を見失うことがあってはならない」
「……いいか、エリアナ。お前がいつかあそこに立つとき、お前と彼らの間には、決して越えてはならない線を引け。それはお前を守るためであり、彼らを迷わせないためでもある」
ルーカスの言葉を飲み込むのは、エリアナには少し難しかった。あのおいしい煮込みをくれたおじいさん。手を振ってくれた子供たち。彼らとの間に線を引く。それは、あたたかな交流を否定することのように感じられた。
「……はい」
納得しきれないまま、けれど父の真剣な眼差しに押され、エリアナは頷いた。
父が去ったあと、エリアナは窓の外を眺めた。王都の街並みは整然としていて、あの町の、どこか雑多で活気のある雰囲気とは違う。
――線を引く。
それが正しいことなのだと、彼女は自分に言い聞かせた。
けれどその時、彼女はまだ知らなかった。父が教えたその「線」が、後に自分をどれほどの孤独に突き落とすことになるのか。
夕闇が迫る空は、どこまでも澄んでいた。
エリアナは机に戻り、手帳に記された「堤防」のスケッチをなぞった。整然と組まれた石積みは、どこまでも頑丈そうに見えた。




