最終話 新しい時代、織りなす祝福
王都の大聖堂。その高く聳える尖塔から、婚礼を告げる銀の鐘の音が響き渡っていた。
抜けるような青空に、幾千もの白い鳩が放たれる。
広場には、この日を待ちわびた民衆がひしめき合い、かつて怒号と絶望に染まったあの城壁前は、今や色とりどりの花びらと歓声に埋め尽くされていた。
「……綺麗ですよ、お嬢様」
控え室でエリアナの髪を整えるミレーヌの瞳は、すでに潤んでいた。
鏡の中のエリアナは、公爵家の歴史と誇りを象徴する最高級の白絹に身を包んでいる。一周目の断頭台で見上げた夜空とは違う、春の陽光のような輝きがそこにはあった。
「ありがとう、ミレーヌ。……貴方が隣にいてくれて、本当によかった」
エリアナがそっと手を重ねると、ミレーヌは堪えきれず涙を一粒こぼした。
傍らでは、正装を纏ったダニエルが影から一歩踏み出し、深く一礼する。その胸元には、ミレーヌが丁寧に綻びを直した形跡のある、公爵家の徽章が誇らしげに光っていた。
◇◇◇
大聖堂の重厚な扉が開かれ、オルガンの旋律が空気を震わせる。
エリアナは父・ルーカスの腕に手を添え、ゆっくりとバージンロードを歩き出した。
「……幸せになりなさい、エリアナ」
ルーカスが低く囁く。昨夜、彼女の秘密をすべて受け止めた父の腕は、驚くほど確かで温かかった。
祭壇への道すがら、エリアナは参列する人々を見渡した。
最前列には、地方の町から招かれたあの煮込み屋の老人と、その息子がいた。彼らは少し照れくさそうに、けれど誰よりも熱心に手を叩き、彼女を祝福している。
そして、聖堂の隅。
列席者の波に紛れるようにして、宰相オルフェンが静かに佇んでいた。彼はエリアナと目が合うと、わずかに、けれど確かな満足を湛えた笑みを浮かべ、静かに深く一礼した。
古い統治が終わり、新しい「信頼」という名の時代が始まったことを、彼はその目で見届けていた。
◇◇◇
祭壇の前で待っていたのは、白銀の礼装に身を包んだアレクシスだった。
彼はエリアナの手をルーカスから引き継ぎ、壊れ物を扱うように、けれど二度と離さないという強い意志を込めて、その指先を握りしめた。
「……今日という日を、私は生涯忘れないだろう」
アレクシスの誓いの言葉は、神に捧げるものであると同時に、エリアナ一人の魂に向けられたものだった。
指輪を交換し、二人が誓いのキスを交わした瞬間。
聖堂内の歓声は最高潮に達し、頭上からは祝福の花びらが降り注いだ。
その赤は、情熱と、愛と、生きている鼓動の色だった。
◇◇◇
婚礼の儀を終え、二人は人々の祝福を浴びながら馬車へと向かった。
窓の外には、ミレーヌとダニエルが共に歩み、地方の若者たちが声を上げ、王都の貴族たちが微笑んでいる。
独りで背負い、独りで死ぬはずだった運命の果てに。
今、彼女の周りには、世界で最も強く、温かな「チーム」があった。
馬車が走り出し、二人きりになった静寂の中で、エリアナは隣に座るアレクシスの腕にそっと頭を預けた。
「アレクシス様」
エリアナが静かにその名を呼ぶ。
アレクシスは愛おしそうに彼女を見つめ返し、柔らかな声で応じた。
「なんだい?」
エリアナは窓の外、遠ざかっていく大聖堂と、そこに集う愛おしい仲間たちの姿を瞳に焼き付け、それから真っ直ぐに夫の目を見つめた。
「後で、少し、ある物語を聞いてくれませんか? ……それは、とても長くて、少しだけ悲しいけれど、最後は最高に幸せになるお話です」
「……ああ。君の物語なら、いつまでだって聞こう。一生をかけてね」
エリアナは微笑み、彼の手に自分の手を重ねた。
それは。
独りぼっちで戦うことしか知らなかった少女が。
仲間を信じ、チームを作ることを知り、最高の幸せを掴み取るまでの――「最強の令嬢」の物語。
差し込む夕日は黄金色に輝き、二人の行く末を、どこまでも明るく照らし出していた。
ーーfin.
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
エリアナたちの物語はこれにて完結です。
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