第10話 王太子の覚悟と、請願の道
(エリアナ視点・街道)
街道を埋め尽くす「請願団」の熱気は、依然として冷めていなかった。エリアナは正装のまま、彼らの前で静かにその時を待っていた。
「信じて待つ」という危うい均衡の上に、数千の命が乗っている。その重みに、ドレスを纏う背筋が微かに震える。
その時だった。王都の方角から、数騎の馬が砂煙を上げて近づいてくるのが見えた。
「王都の兵か!?」 「身構えろ!」
男たちが殺気立ち、農具を握り直す。だが、現れたのは大軍ではなかった。豪華な装飾を削ぎ落とした、実用的な旅装。護衛もわずか数名。
先頭を走る馬を操るその人物が、エリアナの視界に飛び込んできたとき、彼女の胸に熱いものが込み上げた。
アレクシスは馬を止め、群衆の前に一人で降り立った。
「……止まれ! 私は王国第一王子、アレクシスだ」
静かだが、深く響く声。群衆がどよめく。本物の王族が、限られた護衛だけで自分たちの前に現れたという事実に、彼らは言葉を失った。
「殿下……」
エリアナが歩み寄ると、アレクシスは彼女の瞳を見て、短く頷いた。それだけで十分だった。確かな信頼が、そこにはあった。
◇◇◇
アレクシスは群衆の方を向き、一歩前に出た。農具を持った若者たちが、不信感に満ちた目で彼を睨む。
「王都の人間が、今さら何の用だ!」
「我々を騙して、一網打尽にするつもりか!」
怒号に対し、アレクシスは怒りもせず、ただ静かに受け止めた。
「私がここへ来たのは、軍を指揮するためではない。……未来の王として、皆の信を得るためだ。公爵令嬢エリアナから、報告は受けている。この物流の停滞、道路や堤防の整備が後回しにされる状況……地方の声が王都に届かない状況を、私はすでに知っている」
アレクシスは隣のエリアナを見て、視線を群衆に戻した。
「今の王都に、問題があることを認める。これまでを、なかったことにしてくれとも言わない。しかし、私はエリアナと共に、国を変えていくことを約束する。」
「私が信に足るかどうかは、これからを見て欲しい。今この場は、エリアナを信じてもらえないだろうか。そして、国を変えていく第一歩として、共に王都まで歩んでくれ」
群衆の中に、長い沈黙が落ちた。王太子が、自分たちと同じだけの覚悟を持って、未来を語っている。その衝撃が、彼らの「怒り」を「期待」へと変質させていった。
「……分かった。お嬢様と、アンタを信じてみる」
最前列の若者が農具を下ろすと、それに続くように一人、また一人と武器を置いた。その瞬間、殺伐とした「反乱軍」は、歴史的な「請願団」へと昇華された。
◇◇◇
進軍の準備が再び始まった。今度は、王太子が共に歩む列だ。その安心感と士気の高さは、ループ前の、かつての反乱の比ではない。
エリアナは馬車を用意しようとするアレクシスを制し、自ら馬に跨った。豪奢なドレスの裾が翻り、白馬の上に正装の令嬢が跨る。その姿は、あまりにも美しく、そして異質だった。
「エリアナ、その格好で王都まで行くつもりかい? 動きにくいだろうに……」
アレクシスが少し心配そうに、けれど微笑ましそうに問いかける。エリアナは、少しだけ悪戯っぽく、けれど最高に誇らしげに笑って返した。
「あら、殿下。……神輿はきれいな方が、担ぎ甲斐があるでしょう?」
アレクシスは一瞬呆気に取られたあと、声を上げて笑った。その笑い声は、周囲の民衆にも伝播し、これまでの緊張を温かなものへと溶かしていく。
「違いない。……では行こう、私たちの『神輿』殿。君の美しさに相応しい未来へ、私が案内しよう」
列が動き出す。先頭には正装のエリアナ、その傍らには未来の王。ループ前では決して見ることのできなかった、誇り高き「進軍」が今、始まった。




