第5話 王都の暗闘、地方の光
(アレクシス視点・王都)
王宮の執務室は、重苦しい静寂に包まれていた。
アレクシスは、手元に届けられた一通の封書――エリアナからの「贈り物」をじっと見つめていた。
「……まさか、これほど鮮やかに尻尾を掴むとはな」
封書の中身は、街道での工作を命じた生々しい証拠。中央派の有力貴族の署名が入った、物流遮断の指令書だ。
数日前まで、穏やかなお茶会で微笑んでいた婚約者の顔が浮かぶ。彼女はあの時、確信に満ちた目で「変えていくべき未来」を語った。
アレクシスは、影から現れた自身の側近に命じた。
「この指令書に記された署名の主、およびその周辺の資金の流れを洗え。宰相オルフェン卿がどこまで関与しているか、慎重に、かつ迅速にだ」
「御意。……しかし殿下、エリアナ様がこれほどの情報を、一体どこから?」
「……彼女には、私にも見えない景色が見えているのだろう」
アレクシスは窓の外、エリアナが向かった方角を眺めた。
ループ前の彼は、何かが起きてから嘆くだけの傍観者だった。だが、今の彼の手には、戦うための武器がある。
「エリアナ、君が現場で『楔』となるなら、私はここで『盾』になろう。……誰一人、君の邪魔はさせない」
アレクシスは静かに立ち上がり、次なる政治的布石を打つために、宰相のいる会議室へと向かった。
◇◇◇
(エリアナ視点・地方の町)
街道を抜けた馬車が、目的の町へと滑り込んだ。窓から見える景色に、エリアナは思わず目を見張る。
――明るい。
ループ前、この時期に町を訪れた時は、すでに物流の停滞で町全体に疲弊の色が滲んでいた。人々の顔には焦りがあり、市場には空の棚が目立っていた。
けれど、今は違う。
街道の倒木を未然に防いだおかげで、荷馬車は予定通りに往来している。市場からは香ばしい焼き菓子の匂いが立ち上り、子供たちの笑い声が石畳に響いていた。
「エリアナ様、到着いたしました」
ミレーヌが扉を開ける。地面に降り立った瞬間、一人の商人がエリアナに気づき、帽子を取って会釈した。ループ前、エリアナに焼き菓子をくれた、あの商人だ。
「おやおや、王都からのお嬢様。今日はいい天気ですな、市場も活気がありますよ」
「ええ。とても素敵な町ですね」
エリアナは心から微笑んだ。
自分の行動一つで、これほどまでに世界の「色」が変わる。その事実に、指先が微かに震えるほどの感動を覚える。
だが、安堵している暇はない。次に起こるのは、降り続く雨と、堤防の決壊だ。
エリアナはダニエルを呼び寄せ、視線で合図を送った。
「ダニエル。……川の様子を見に行きましょう。まだ雨は降っていませんが、『準備』は進んでいるはずよ」
「は。堤防の周辺に、不自然な亀裂や細工がないか、夜を徹して確認いたします」
ループ前は、決壊してから「なぜ」と叫んだ。
けれど今は、決壊する前に「止める」。
エリアナは町の中心に立ち、静かに決意を固めた。この平穏を守り抜くこと。それが、彼女がこの生を選び直した理由なのだから。




