第4話 動き出す歯車
(エリアナ視点)
馬車が王都の城門をくぐり、街道へと滑り出した。窓から流れ込む風は、ループ前と同じ草の匂いが混じっている。けれど、エリアナの隣に座る者の気配が、決定的に違っていた。
「ダニエル、先行している部隊からの報告は?」
エリアナの問いに、御者台からではなく、馬車の横を並走する馬上の男――旅装に身を包んだダニエルが応じる。
「は。例の急勾配のカーブ地点、二刻ほど前に不審な数名が森へ入ったのを確認しております。いずれも猟師を装っておりますが、歩き方が兵のそれです」
「……始まったのね」
エリアナは膝の上で拳を握りしめた。ループ前、この先の道で「偶然の倒木」が起き、物資を積んだ荷車が立ち往生した。それがすべての停滞の始まりだった。
「ミレーヌ。あなたの方は?」
向かい側に座るミレーヌは、手元の小さな手帳を閉じ、冷静に頷いた。
「王都を出る前に、北の倉の帳簿を確認させました。やはり、特定の商会が不自然に穀物を買い占め、この街道沿いの宿場町に隠匿している形跡があります。 ……彼らが『食糧不足』を演出しようとしているのは間違いありません」
ループ前は、ただ「物が入らない」という結果に狼狽するだけだった。けれど、こうして裏付けが取れると、いかに宰相の計画が緻密で、かつ卑劣なものであったかが鮮明になる。
「殿下への連絡は絶やさないで。 ……さあ、いきましょう。まずはあの『事故』を、不発に終わらせるわよ」
◇◇◇
問題の地点が見えてきた。道が大きく湾曲し、片側が切り立った斜面になっている場所だ。ループ前、ここでは巨大な老木が道を塞ぎ、復旧に丸一日を要した。
エリアナが合図を出すと、馬車が速度を落とした。それと同時に、ダニエルが馬から飛び降り、音もなく森の中へと消えていく。
「ミレーヌ、あなたはここで待っていて。 ……ダニエル、生け捕りにできるかしら」
「最善を尽くします。 ……が、抵抗すれば容赦はいたしません」
数分後。森の奥で、短い悲鳴と、鈍い打撃音が数回響いた。鳥たちが一斉に飛び立ち、静寂が戻る。
エリアナが森へ足を踏み入れると、そこには縄で縛り上げられた三人の男と、根元に細工を施された巨木があった。木の根元は、巧妙にノミで削られ、強い衝撃を与えればすぐにでも道へ倒れ込むように細工されている。
「……酷い。これを『事故』で済ませるつもりだったなんて」
男たちの一人が、エリアナを睨みつけた。
「貴様、何者だ……! なぜここが……」
「公爵令嬢エリアナです。 ……お気の毒ですが、貴方たちの主人が書いた台本は、もう破り捨てさせていただきましたわ」
ダニエルが男の懐から一通の封書を取り出し、エリアナに差し出す。そこには、宰相直属の印こそないものの、中央派の有力貴族が使う暗号で「物流を遮断せよ」との命令が記されていた。
「動かぬ証拠ね。 ……これを王太子殿下の元へ届けて。それから、この者たちは公爵家の牢で丁重に『おもてなし』しましょう」
ループ前、エリアナはこの倒木を見て、ただ民のために心を痛めた。けれど今は、その倒木すら起きさせない。
道は、開いている。エリアナは青々と茂る巨木を見上げ、静かに息を吐いた。
運命の歯車は、今、彼女の手によって逆方向に回り始めたのだ。




