第11話 増えていく影
(エリアナ視点)
歩き始めた列は、静かだった。誰も声を張り上げない。旗も掲げない。足音だけが、地面に重なっていく。
エリアナは、列の中ほどを歩いていた。先頭には立たない。だが、後ろに下がりきることもしない。
道幅は、思っていたより狭い。昨日、通れるようになったばかりの仮設路だ。荷を持った者がすれ違うたび、列は一度止まり、また動く。
速さは、少しばらけてきた。足の弱い者に合わせて、自然と歩幅が小さくなる。
それでも、列は前に進む。
◇◇◇
最初の合流は、気づけば起きていた。
道の脇に、人が立っている。こちらを見て、何も言わずに、列に並ぶ。
エリアナは足を止めた。
「戻ってください。今は、安全が確保できていません」
声は届いている。近くにいる者たちは、確かに頷いた。
だが、その向こうにも人がいた。さらにその向こうにも、同じ数だけの人影が続いている。
立ち止まった者がいても、 後ろから、次の足音が重なってくる。列が細くなることなく、 ゆっくりと、太く、長くなっていった。
エリアナは、唇を噛んだ。
「来るな」と言えば、 理由を聞かれる。
理由を説明すれば、 立ち止まる時間が延びる。
時間が延びれば、 不安は増え、 人はさらに集まる。
止めるための言葉が、 逆に、列を膨らませている。
◇◇◇
昼を過ぎた頃、振り返っても、列の終わりは見えなくなった。足音の層が、明らかに増えている。息遣いが、重なって聞こえる。
道沿いの村で、人が遠巻きに見ていた。声をかけてくる者はいない。ただ、数を数えるような視線が、 こちらに向けられている。
役人の姿を見つけた者が、小さく息を呑んだ。
王都から来ていた役人は、顔色を変え、列を避けるようにして、道の端へ下がる。
エリアナは、その様子を見て、背筋が冷えた。
――外から見れば、どう見える?
人の数。向きの揃った移動。中心に位置する、自分。
違う。これは、行軍ではない。
そう分かっているのは、 中にいる者だけだ。
◇◇◇
休憩を入れようと、エリアナは手を上げた。
「ここで、一度止まります」
近くにいる者は止まる。水を配る者が動く。
だが、列の後方では、まだ歩いている者がいる。止まったことが、伝わりきらない。止まった場所に、人が溜まる。道幅が足りず、列が外へはみ出す。
結果として、 止まるほど、規模が強調される。
エリアナは、判断を切り替えた。
「……五分だけです。 荷を持つ人から、先に」
管理ではない。統率でもない。
ただ、事故を起こさないための指示だった。
それでも――。
◇◇◇
夕方、空が少し赤くなる頃、 列は、もう一つの町を飲み込んでいた。
合流の挨拶はない。説明もない。ただ、歩いている集団に、 歩いている人が、並ぶ。
「エリアナ様が導いてくださる」という噂は、目に見えない速さで先行し、各地でくすぶっていた不満を吸い上げ、一つの巨大な「意志」へと統合していく。
エリアナは、列の中で理解した。
声は、届いている。近くにいる者たちは、確かに聞いている。だが、その向こうにも人がいた。さらにその向こうにも。
立ち止まった者がいても、 その後ろから、次の足音が重なってくる。反論はない。 賛同もない。
ただ、人の流れが、 ゆっくりと前へ押し出していく。
――もう、止めるという行為そのものが、成立しない。
◇◇◇
夜営の準備が始まった。焚き火がいくつも灯り、 配られる水と食料が、目に見えて減っていく。
誰かが言った。
「……思ったより、多いな」
それはただの感想で、エリアナにとっては絶望的な現実であった。
エリアナは、その声を聞きながら、空を見上げた。
星は、よく見える。王都は、まだ遠い。
けれど、戻るという選択肢は、 もう、この列の中にはない。
ここまでずっと、彼女は歩く位置を変えなかった。
先頭には立たない。だが、最も危険な空白を、空けない。それが、この集団で自分にできる唯一の役割だと、 理解していた。
外から見れば、 それは「中心」に見えるだろう。
だが、エリアナははっきりと理解していた。これは中心ではない。崩れかけた流れを食い止める、楔だ。
この楔が外れれば、 列は一気に瓦解する。ここにいる人々だけではない。その先で待つ町も、人も、 無関係ではいられない。
集団は、刻々と膨らんでいる。
父・ルーカスの顔も、侍女・ミレーヌの顔も見られないことが心細い。
それでも、父に会うまでは、この楔を外すという選択肢はなかった。




