第0話 断頭台の令嬢
石畳は冷たく、降り続く雨はエリアナの肌を容赦なく濡らしていた。かつては王国の象徴とまで謳われた公爵家の正装は、今や泥と屈辱にまみれ、見る影もない。
「歩け、反逆者!」
背後から突き飛ばされ、エリアナは膝を突いた。周囲を取り囲む民衆からは、かつての熱烈な歓声ではなく、石を投げんばかりの罵声が浴びせられる。
「偽りの慈悲を振りまいた大罪人!」
「我々を死地に追いやった嘘つき令嬢!」
――違う。私は、ただ守りたかっただけ。
声にならない叫びは、冷たい雨の音にかき消された。
顔を上げると、前方には巨大な、そして無機質な木製の構造物がそびえ立っている。
断頭台。
それが、将来の王太子妃と約束され、誰よりも地方の安寧を願ったエリアナ・ヴァルドレインに用意された終着点だった。
◇◇◇
一段ずつ、階段を昇るたびに、過去の記憶が脳裏をかすめる。
父の厳しい教え、アレクシス殿下と交わした未来の約束。そして、泥にまみれながら共に王都を目指した、あの群衆の顔。
歴史の記録には、こう記されるだろう。『公爵令嬢エリアナ、民を煽動し、数千の反乱軍を率いて王都を侵略せんとした稀代の悪女』と。
広場を埋め尽くす群衆の端に、かつて自分と共に歩いた者たちの姿が見えた。彼らは叫ばない。ただ、絶望に満ちた目で、自分たちの「象徴」が処刑されるのを見つめている。彼らの声を、想いを、私は何一つ届けることができなかった。
◇◇◇
断頭台の台座に押し付けられ、首筋に鋭い冷たさを感じた。見上げた空は、どこまでも灰色の雲に覆われている。
少し離れた高い位置に、アレクシス殿下の姿が見えた。彼は冷徹な仮面を被り、こちらを見ていない。
……いや、見てはいけないのだ。反逆者の処刑を直視すれば、彼の地位すら危うくなる。
――もし。
エリアナは目を閉じた。最後に零れ落ちたのは、命への未練ではなく、届かなかった「言葉」への後悔だった。
――もし、もう一度だけやり直せるなら。今度は、独りで背負ったりしない。
重い滑車の音が響き、視界が真っ赤に染まった。衝撃は、一瞬だった。




