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「アリーチェ様」
私を呼ぶ声に、閉じていた猫のような金の目を開け、ひんやりとした石の床からゆっくり起き上がりけだるげに振り返ると、紫水晶の瞳と目が合った。
「もう時間なのね」
私がつぶやくと紫水晶の瞳の男は小さくうなずき立ち上がるための手を差し出した。
「触りたくないのでしょう。一人で立てるわ」
男はそっと手を下ろし私が立ち上がるのを見ていた。
私はいつまでこんなことしか言えないのだろう。
私は白金の長いゆるくカールした髪を手櫛で軽く整え、まとまる気配のなさに小さくため息をつき、いつもの真っ白なローブを男から受取り羽織った。
「アリーチェ様。今日は西の結晶でのお勤めとのことです。」
「私の名前を呼ばないでと言っているでしょう。分かったわ。早く連れて行って。」
男は淡々と告げ、その美しいかんばせに何の表情も浮かんでいなかった。
男はそっと紫に光る手のひらサイズの水晶を取り出しこちらへと差し出した。
私は水晶に手を触れ目をつぶり、男は私をそっと抱きしめるように片腕で包んだ。
目なんか開けてあげない。転移するとき必要だから抱き寄せているだけ。
私に触れたくない男の顔なんて見たくなかった。
もう私の名前を呼んでくれるのはこの男、ドゥグムしかいないのに。
もう私はほとんど人ですらない。
それでも、それでもあなたに会えるこの時間が愛おしかった。
いずれ殺され消えるこの身をきっとあなたは忘れるだろうけど。