第3.5話『その話、どこまでが“作り話”?』
「……なあ、あの話。実話か?」
シキがソファに座ったまま、じっとこちらを見ていた。
珍しく、ポテチの手が止まっている。
「どれ?」
「今日の。“さっきの俺、変じゃなかった?”ってやつ」
「ああ……あれか」
ユウタはパソコンを閉じて、伸びをしながら言った。
「実話じゃないよ。っていうか、書いてるうちに思いついただけ」
「ほう」
「てか、俺自身が“さっきの俺、変じゃなかった?”って言い出すオチ、天才じゃね? 自画自賛してもいい?」
「うぬぼれ注意だな。それにそのパターンは案外よくある」
「あっそ」
しばらく沈黙。
シキは珍しく、笑いもしなかった。
「……でもさ、ユウタ」
「ん?」
「“すり替わられる感覚”って、普通の人間が思いつくもんか?」
「いや……別に、“思いついた”んだよ。なんとなく。
よくあるやん、そういう話。世にも奇妙な物語とか、さ」
「そうか」
「……なんだよ?」
シキはポテチを一枚つまんで、口に放り込む。
少しだけ目線をそらしながら、ぽつりとつぶやいた。
「“気づかれずに変わる”ってのは、意外と簡単なんだよな。
人間って、思ってる以上に、他人をちゃんと見てないから」
「……それ、経験談?」
「さあな。俺はずっと“同じ俺”だけど」
「こわいこと言うなよ……」
ユウタは笑いながら、ペンをくるくる回していた。
「でも、まあ……ちょっと思うんだよな」
「何を」
「俺も、昔どっかで“変わった”気がするんだよ。
でも、自分じゃ気づかないまま、ずっと“俺”をやってきたっていうか」
「……」
「それを確かめたくて、あの話書いたのかもしれない」
シキは立ち上がって、机の横に転がっていた水を拾う。
ふたを開ける音が、カチリと部屋に響いた。
「お前が“本当に変わってないか”どうか、俺が観測してやるよ」
「おお、頼もしいな。変なとこに記録残ってたら教えて」
「変わった瞬間が記録されるとは限らない」
「やめろ、こわいって」
「でもまあ、割といい短編だった」
「お、素直な感想。明日は甘々のやつ書こうかな。
“あまったるいカフェラテと、午前0時の告白”とかどうよ?」
「……タイトルから見直せ」