第3話『さっきの俺、変じゃなかった?』
「なあ、さっきの俺、変じゃなかった?」
放課後、教室の窓際でアキラがふいに言った。
机にカバンを置いたまま、俺のほうだけ振り向いて。
「……は? 急に何?」
「いや、なんかさ。自分でも変な感じがして。
言葉の選び方とか、歩き方とか、ちょっとズレてた気がしてさ」
「別に普通だったけど……」
アキラは「だよなー」と笑って、そのままカバンを背負って帰っていった。
それだけの、なんてことない会話。
――のはずだった。
でも、次の日。ちょっと気になることがあった。
いつもコンビニで買うおにぎり。
アキラは梅が苦手で、絶対に手を出さなかったのに、何も言わずに梅を食ってた。
「それ、平気だったっけ?」
「え? あー、うん。……最近ちょっと好み変わったのかも」
軽く流されたけど、違和感は残った。
またある日。部活終わりの帰り道。
「なあ、俺ってさ、小学校のとき野球やってたっけ?」
「は? やってねぇよ。サッカー部だろ?」
「あー、そうだっけ。なんか最近、自分の昔のこと曖昧でさー」
笑ってた。でも、その笑い方も――なんか違ってた。
何が“変”ってわけじゃない。
でも、細かいズレがじわじわ溜まっていく感じがあった。
言葉の間。
視線の動き。
ちょっとした語尾の違和感。
“アキラっぽい”けど、“アキラじゃない”ような感覚。
その日も、帰り道だった。
もう我慢できなくなって、俺は口を開いた。
「なあ、お前……本当にアキラか?」
アキラは少し驚いた顔をしたあと、ゆっくり笑った。
「うん。……たぶん、“アキラ”だったと思うよ」
「は?」
「なんか、変わってきてる気はしてたんだ。
でも、気づかないまま“こっち側”に来ちゃったのかもな」
意味がわからなかった。
“こっち側”って、なんだよ。
「……冗談、だよな?」
アキラは何も言わず、俺の顔を見ていた。
その目だけが、妙に静かだった。
ふと、昨日の会話が脳裏をよぎった。
アキラが言った――あの言葉。
『なあ、さっきの俺、変じゃなかった?』
……いや。
待て。
あれ、最初に言ったの
――俺じゃなかったか?