第2.5話『死神、買い物に出る』
「なあ、悪いんだけど……ちょっと、買い物行ってきてくんない?」
「は?」
「ポテチ切らしてて。あとウーロン茶も。頼んだ」
「お前な、死神にお使い頼むなよ」
「いつもソファでポテチ食ってるだけやん、お前」
「それは“観測”だ。死神の仕事だ」
「じゃあその観測の一環として、ポテチの現地調達も頼む」
「……」
「現地視察ってことにすれば?」
「……そういう詭弁、わりと嫌いじゃない」
というわけで、シキは今、
コンビニの前で立ち尽くしている。
自動ドアが開くたびに、冷気がふわっと流れてくる。
中には制服姿の学生、スーツのサラリーマン、パジャマのままの人間(?)もいる。
「……なるほど。人間界の無法地帯か」
深呼吸ひとつして、入店した。
入って3分後、袋菓子コーナーの前に棒立ちしている死神がいた。
「ポテチ、どれだ……?」
想像以上に選択肢が多い。
うすしお、コンソメ、のり塩、ブラックペッパー、ギザギザ、堅あげ、トリュフ風味……。
「“ポテチ”という名の分類にすら、無数の亜種が存在している……!?」
パニックである。
とりあえず、黄色くて一番“それっぽい”やつを掴んだ。
次、飲み物コーナー。
ウーロン茶を探して歩くが、ここでも異変が起きた。
「常温、冷蔵、ホット……なぜ茶ごときに温度差がある……?」
しかも、「特保」「ジャスミン入り」「ノンカフェイン」「濃いめ」などなど、選択肢が攻めてくる。
「もはやこれは……知識量の暴力……!」
とりあえず、一番シンプルなラベルのやつを選ぶ。
レジに並ぶ。前の人がセルフレジを選ぶ。
「…………」
シキも無言でセルフレジを選ぶ。
だが。
「……?」
タッチパネルを見ても、何をどうすればいいのかわからない。
「お支払い方法を選択してください」
「ポイントカードはお持ちですか?」
「袋は必要ですか?」
「温めますか?」
「選択肢が……終わらない」
タッチパネルを見つめて1分ほど硬直。
店員が静かにやってきて、画面を操作してくれた。
「ありがとうございました~」
「……ふっ、こちらこそ」
死神、軽く会釈。
帰宅後。
「おかえり。ありが……ん?」
「何だ」
「これ、ウーロン茶じゃなくて、ジャスミンティーじゃね?」
「…………」
「あと、ポテチ、堅あげやん。しかもブラックペッパー」
「…………」
「……まあ、いいか。ちょうどジャスミンティーも飲みたかったんだわ。ありがとう」
「……“観測完了”だ」
「は?」
「今日のお前の原稿。“やさしい嘘”の話、悪くなかった」
「……なんでこのタイミングで感想入れてくんの?」
「こっちはこっちで、観測の旅に出ていたからな。
コンビニという名を借りた“人間社会の迷宮”にな」
「は?」
「だが――」
シキはポテチをひとつつまんで、ぽつりとつぶやいた。
「嘘ってのは、案外、優しさと隣り合ってるもんなんだな」
「……それ、ジャスミンティー飲んで気づいた?」
「うるさい」