第1.5話『書いたあと、ちょっとだけ怖くなる夜』
「……で、どうだった?」
ポテチの袋を抱えたまま部屋に戻ると、シキはソファに沈んだまま、俺のノートパソコンの画面を睨んでいた。
「んー、まあ、“初回”としては悪くなかったんじゃない?」
「なにその雑な感想」
「言っとくけどな、こっちは死神だぞ。
小説の批評を頼まれる筋合いはない」
「いや、めっちゃ読んでたやん。
ポテチ差し出してもガン無視されたし」
シキはふぅと息を吐き、髪をくしゃっとかき上げる。
「……“君の笑顔が、春の雨みたいに”」
「やめろ恥ずかしい!」
「そこが一番乙女だった」
「うるさいな! なんか変にテンション上がってたんだよ!」
「でもまあ、ちゃんと“何か”は伝わった。
誰かとの記憶を、ちゃんと物語にしたなって。……ギリ及第点」
「ギリかよ……」
俺はポテチの袋を床に置いて、ソファに沈み込む。
天井のシミが、昨日よりも少しだけ、雨っぽく見えた気がした。
「……なあ」
「ん?」
「なんか、書いたら逆に怖くなってきた」
「何が?」
「……これから先も、書けるんかなって。
今日の話は、なんとなく昔のこと引っ張ってきただけやし。
でも、“毎日”って、そんなにネタあるか?」
シキはしばらく黙って、それから小さく肩をすくめた。
「知らない。けど、“命がけ”のやつって、だいたいそんなもんだろ」
「……無責任やな、お前」
「まあ、でも――」
少しだけ視線を外しながら、シキはつぶやくように言った。
「さっきの話、読んでて悪くなかった。
……お前が、本気で“書こう”としてるのがわかったから」
「へえ、そう。なんかやたら素直やん」
「これは“評価”じゃない。“観測結果”だ」
「便利な立場やな、死神って」
シキは立ち上がり、パーカーの袖を引っ張る。
その背中は、少しだけ――頼りになりそうに見えた。
「明日も、書けよ」
「書くよ。契約だしな」
「……そうだな」
その声は小さくて、どこか優しかった。