12, 新緑のポルカ
カーテンが風に揺れる度に、開け放たれた窓から射し込む月明かりがその部屋を妖しく照らした。
(相変わらずこの人は、暗い部屋が好きだな。)
ミュシュラは眼鏡を外すと、物音を立てずに部屋に入った。
「⋯。」
部屋が暗いせいで見えにくいが、毛の長い絨毯の感触が靴裏から伝わってくる。昼間ならば、きっと見事な刺繍の施された赤色のそれをみることができただろう。重厚な構えをしているにも関わらず、暖かみを感じさせる品の良い本棚。持っているだけでその者の裕福さを暗示する、立派な柱時計。
そして、その部屋の中心。上品な革張りのソファーに腰掛けていた彼は、ミュシュラの影に気付くと「あぁ」と言ってこちらを見上げた。
「来たのなら声を出せ、ミュシュラ。」
「一応来てやったよ。」
「この前頼んだ仕事はどうなっている?」
「久しぶりの再会で話すことが仕事のことか。まじめだねぇ。下の階の人達は家に帰らせておいて、自分はこんな時間までお仕事。本当、やりすぎるといつか体調崩すよ?」
「⋯報告は?」
「『迷宮品の店員による盗難被害』、犯人は簡単に捕まったよ。あれは素人だね。国に着いてしばらくしてから捜査し始めたのに、次々と証拠が揃っちゃう。罠かとも思ったけど結局何も無かったし。」
「盗品は何処に?」
「裏オークション。むしろここから証拠が出てきたくらいだ。嗤っちゃうよね。で、取り敢えずそこのオークション会場は諸々潰して帰ってきた。アソコは仲間達も中々に気に入っていた場所なのだけどね。仕事だから仕方ない。あ、俺らがやったって探れないようにしたから安心して。
『精神障害を及ぼす薬物の流通経路の一掃作戦』も、仲間が頑張ってくれたから楽に終わった。」
「ちなみに、それを完遂した方法は?」
「方法なんて無いさ。強いて言うならみんなが愉しんだだけ。」
「⋯⋯。」
「何、その反応。君たちが対処出来なかったトラブルを片付けてあげたんだから感謝して欲しいくらいだけどね。」
「その事件をお前達が片手間で片付けていることに驚いてるだけだ。薬物の流通経路の一掃作戦なんて、我々が3年近く調べていたのに⋯⋯。」
「君たちが裏に入るのを躊躇うからさ。」
「そういう貴様は潔過ぎる。」
「ハッ。褒め言葉として受け取っておくよ。」
「⋯⋯。いつも仕事を押しつけてすまんな。」
「何だい?随分と下に出るじゃないか。早速次の仕事でも溜めてるの?」
「よくおわかりで。」
彼は立ち上がると背後の棚まで歩いて行った。そして、分厚い書類をまとめた物を何冊も持ってくる。
◈◈◈
「⋯⋯、貴方の所の諜報員、腕が訛ってませんか?」
「⋯⋯否定はできんが、肯定もできん。」
男はため息をついた。腐りきった商人たちによる横行の数々。裏社会とつながるルートの隠蔽の巧妙化。諜報員も一応実力者揃い。そんな彼らが掴めなかった問題を、この男たちは片手間で終わらせる。
「本当、良くまとめてるよね。」
ミュシュラは男から資料を受け取り、ざっと流し読んでいく。それを眺めながら男はパイプに火を付ける。ちなみにパイプの中身は乾燥させた胃痛止の香薬である。
「ふむ。これくらいなら3人くらいでどうにかなるかも。まずこの資料の調査から始めて⋯⋯。」
「3人か⋯⋯。」
(全く、こいつらの実力の底が見えない。)
「何?もっと少なくして欲しい?」
「⋯⋯、お前の師は、何てモノを拾ったんだろうな。」
「有能な人間が大好きな良い商人。」
「⋯⋯。」
「ねぇ。冗談なのは分かってるでしょ?そんな目で俺を見ないで。なんか悲しくなってくるから。」
_______新緑のポルカ
裏社会で呟かれる、存在するのかしないのかさえ不明な組織。組織の規模も不明。活動も不明。何もかもが不明。
「まぁ、そんなことはどうでもいいや。」
そんな彼等が男に協力するのは、単に、商業ギルドが彼等の頭領の師が属していた組織だからだろう。
それか⋯⋯⋯⋯
「君たちは好きなだけ俺等を頼れば良い。俺等も、君たちの陰に隠れるから。」
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