1, これが商人の日常
「んだと?お前はこの共鳴石が偽物だって言ってんのか?」
「えぇ、残念ながら。なので私の店では買い取りができません。」
周囲を歩く人々は、胸ぐらを掴まれた男を見て、何事かと足を止める。
「ふざけるなよ?こっちは駆けずり回って溜めてきた金全て使って買ってんだよ。偽物なら、その証明をしてみろよ。」
「⋯。」
野次馬たちは心の中で商人に同情した。貴族街に店を構えるでも無く、平民の行き交う大通りに露店を出すような商人が普通証明なんてできない、と。なんせそれは、男曰くの共鳴石なのだから。
「わかりました。」
だが、商人はニコリと笑うと後ろの幌馬車の中に入っていく。再び姿を現したとき、その手には2つの石が握られていた。
✠✠✠ ✠✠✠
「まずは、共鳴石についておさらいをしましょう。」
「お、おう。」
「共鳴石とは、とある魔石とぶつけることで音を奏でる特別な魔石のことを指します。原産国は四贄教の一柱、鬼姫の眠る地とされるムーヴァのみとされる不思議な魔石です。」
俺は片方の手を持ち上げて、その石が共鳴石であることを示す。
「そしてこちらの手に乗っているのが、発声石と呼ばれる魔石で、共鳴石を鳴らすもの。原産国はハゼウェリア。これまた四贄教の2個目の聖地のみで、ぶつけることで自らも歌を奏でます。」
両手に持った魔石同士をぶつける。
(普通の石だと鈍い音がするだけだけど、これは⋯)
『_- -__--__--⋯』
女性の声が石から溢れて来る。その言葉は現代のものじゃないので意味までは測れないけれど、
「何度聞いてもゾクゾクするな。」
そこで今は商談中だと思い出し、俺は軽く咳払いをした。
「これが本来の共鳴石。そして、あなたのこれは」
ぶつけても、歌声なんて響かない。ただ、鈍い音がするだけだった。
「ウソ、だろ?」
「いいえ、現実です。」
「俺の財産が。」
「⋯⋯こちらは、共鳴石として買われたのですか?」
「そうだよ。悪いか?」
「いえ、それなら商業国タハドの商人ギルドで返品手続きができるかもしれないと。なんせ、偽物ですので。」
「あの、バッカスとか言う野郎。次会ったらこれを口の中にねじ込んでやる。」
「おや?バッカスという方なのですか?」
「そうだよ。でっぷり肥えた豚だぜありゃ。」
「へぇ。」
「どうした?」
「いえ、何も。」
(バッカス、か。覚えておこう。この商人と万が一交渉するときがあったらいけないからね。)
「まぁ、さっきはすまなかった。」
「仕方のないことでしょう?なんせ自分が買ったものが偽物だと言われたのですから。」
「あぁ。」
「もし罪悪感が拭えないのなら次に私がこの街に来た時に一番高い商品を買ってください。」
「おう、わかった。」
そして男は去っていった。それを見届けると周囲の野次馬化していた人々がこちらへじわじわ寄ってくる。
「兄ちゃん、それ、本物かい?」
「えぇ。この店では本物しか売っていませんよ。」
「さっきのすごかったな!!」
「いえ、この魔石を昔、偶然手に入れることができていただけですので。」
(さっきのが意図せず集客になってしまったか。)
男は苦笑しながら一人一人客を捌いていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
他の作品と違って、本っっっっ当に不定期になるかもしれないです。