RINGRING
夜空を指さして「あの星が綺麗」と言ったとして、隣の君が選んだその星はあの星だろうか。
3月。中学校を卒業し、4月からは高校生としてまた日常を送る。予定のない今日は目的もなく近所を散歩する。そんな普通の少女がいた。
少女の名は『ウミ』。趣味というほどでもないが、それなりに散歩は好きである。生活の動線にない道を通るのは知らない景色を知れて心地良い。今日は一日ヒマだったので目的もなくだらだらと歩いていた。
そんな折、ウミは道の中心にキラリと光るものを見つける。近付いて拾ってみるとそれは綺麗な指輪だった。道に落ちていた割に傷も汚れも一つもなく、小さくあしらわれた宝石が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。素人目にも分かる高価そうで貴重そうなもの。落し物だろうか。であれば持ち主はきっと困っているに違いない。これだけ綺麗な指輪ならきっと大切なものだろうから、早く交番に届けてあげよう。そう考えてウミは綺麗な指輪を眺めながら再び歩き出す。
しかし“綺麗だから”と指輪を見て、前を見ていなかったのが不味かった。気付いた時には遅く、角を曲がったところで、こちらへ走って来ていた“誰か”にぶつかってしまう。
「すみません…。ぼーっとしてました…。怪我ないですか…?」
「…大丈夫です。急いでるのでこれで。」
“誰か”はウミと同い年くらいの少女で、かなり切羽詰まっている様子。引き止めない方が迷惑にならなさそうだ。このまま行かせてあげよう。そう考えてこれ以上は何も言わないことにした。が、ぶつかった際にびっくりして落としてしまった指輪を拾おうとウミが手を伸ばした時、不思議なことになった。少女が指輪を拾ったのである。
「ありがとうございます。急いでるのにわざわざ拾ってもらって…。」
少女は指輪をじっと見つめ、次にウミを睨みつけて「どこで手に入れたの…?」と聞いてきた。予想だにしない展開にウミが固まっていると、少女は語彙を強める。
「答えて!この指輪をどうやって手に入れたの!?」
この少女が指輪の持ち主だったのだろうか。このままでは指輪を盗んだ犯人にでもされそうな勢いなので、ウミは必死でたまたま拾っただけだと説明した。
「偶然拾ったなんてあるわけないでしょ!?」
「本当なんだって!信じてよぉ!」
二人はしばらく言い争いを続けていたが、それは突如として終結する。
「見つけたぞ!こっちだ!」
銃を持った大人の兵士が少女を追って来たのだ。これから逃げていたから少女はあそこまで切羽詰まっていたのだろう。ウミは状況を全く理解できていない。それでも自分と同じくらいの少女が大人に追われていることを知って放ってはおけなかった。
「こっち!」
ウミは少女の手を引いて細道へ逃げ込んで行く。幼少の頃から走り回ってきた“この辺り”、土地勘がなければ追うことはできない。そうして離れた空き地まで逃げて来たところで足を止める。
「確かにここなら…見つかりそうにはないわね…。…ありがとう。」
「どういたしまして。」
「…それで、なんであんな人達に追いかけられてるのか、聞いていい…?」
ウミの質問に少女は少し強張ったが、手を引いて助けたことで信頼してくれたのか、事情を話してくれた。
「“指輪”が欲しいのよ。あなたが拾った“これ”と、私が持ってる“これ”が欲しくて追いかけてる。」
少女はウミが拾ったものとよく似た指輪を取り出して説明する。
「この“指輪”は身につけることで超常的な力を扱えるようになる“特別な指輪”なの。そしてあなたが拾った『誓いの指輪』と私の『結びの指輪』は二つ揃わないと効果を発揮しないモノ。その在りかを知ってるのは私だけ。だから私は追いかけられてる。分かった?」
「…なんとなく。」
「そう言えるなら十分ね。」
「手伝って欲しいことがあるの。この場所は多分すぐにバレるから、対策を打ちたいのよ。良い?」
「良いけど…。さっき“見つかりそうにない”って…?」
「“普通なら”ね。それを可能にするのが“指輪”なの。」
「なるほど…。何すればいいの?」
「難しいことはないわ。指輪を交換するだけ。あなた、名前は?」
「ワタナベ――。」
「“名前だけ”教えて。」
「…“ウミ”。」
「“ウミ。この結びは悠久に解ける事の無しと誓う。”」
そう言葉を立て、少女はウミの左手の薬指に『結びの指輪』をはめる。
「『イチカ』よ。」
「…え?」
「私の名前。“イチカ”。さっき私がやったみたいにあなたもやるの。」
「あぁ…。えっと…。」
「“イチカ。この結びは悠久に解ける事の無しと誓う。”」
ウミも同じように言葉を立て、イチカの左手の薬指に『誓いの指輪』をはめる。すると不思議な感覚が二人を襲う。これが“結びと誓いの指輪”の効果である。
「効果は“パートナーとの力の共有”。私も実際に使うのは初めてだけど、思ったより力を引き出せたわね。あなたは?」
「すごい…けど…このぐらいじゃダメなんじゃ…?」
五感や身体能力の大幅な向上。確かに超常的な力であるが、武装した集団に対抗できるとは言い難い。ましてウミは全くの一般人である。
「大丈夫よ。指輪を人質に取れば向こうは下手に手出しできないわ。あなたは私が死んだ時に指輪を銃で撃てば良いだけ。」
「銃なんか使ったことないよ…!?」
「だから大丈夫だって。諸々の調整はしてあるから、指輪に銃口を押し付けて引き金を引けば終わり。私の指ごと撃って良いから。分かった?」
「待って…!待ってよ…!やらなきゃダメだってことは分かってるつもりだけど…!待って…!」
「私は良いけど向こうは待ってくれないわよ。」
イチカの言葉通り、既に空き地の入り口は敵集団が支配していた。ウミは急いで付近の物を集めて作った遮蔽物に身を隠す。そこからは、状況に付いて行きれずにいるウミを余所に撃ち返してこない敵を淡々と処理し続けるイチカをただ見ているだけだった。しかしやられるがままの現状に嫌気がさしたのか、入り口の端に隠れていた敵集団の一人が隠れるのをやめて撃ち返してきた。間一髪、弾丸はイチカの頬を掠めるにとどまり、イチカも冷静に撃ち返して処理したためにそれ以上は何もなかったが、それを見ていたウミにとっては気が気でなかった。映画でもなんでもない本物の銃撃戦。当たれば痛く、苦しく、そして死ぬ。そんなものが目の前で行われ、その上受け入れざるを得ないのだ。流れる血も絶叫も受け入れられるものではないのに。
「バカヤロウ!指輪を破壊されたらどうすんだ!撃つな!逃がさなきゃそれでいいんだよ!」
「…撃たなきゃ俺らが殺されんだよ!」
また一人撃ち返してこようとする。しかし不意打ちでなくなったそれは、指輪の力で反応速度も向上しているイチカにとってただの的でしかない。
「クソッ…!」
「…分かった。もういい、“使う”ぞ…!」
自暴自棄のやけくそか、敵集団は突然全員で突撃してきた。全員処理するのは間に合わないと悟り、イチカは自身の『誓いの指輪』に銃を突きつけようとする。そしてそこで気付く。向かって来る敵集団の奥、リーダーと思われる男の指に輝く“檜と穴だらけの水石”の指輪と“霜蝕した白鋼”の指輪を。
「ウミ!逃げて!」
本気のイチカにウミは訳も分からないまま入り口と逆方向に全力で走った。しかしこの空き地は雑居ビルに囲まれた場所なのだ。入り口が出口であるために結局“壁に当たる”。雑居ビルの壁の前で立ちすくんでいるウミへイチカは「登って!」と一言。そんなことしたら指輪は破壊できないし、“的になる”んじゃないかと思いつつも、ウミは言われた通り壁をよじ登った。
だがそんな心配は無用で、誰も撃ってなどこなかった。
「…もう降りて良いわよ。下、凍ってるから気をつけて。」
ゆっくりと地に戻ったウミが振り返ると凍った地面と大量の氷像が目に飛び込んでくる。
「…みんな…凍ってる…。なんで…?」
信じられない光景の答えをイチカが教えてくれた。
「こっちが『水石の指輪』。水を出せる。こっちが『霜蝕の指輪』。凍らせられる。」
この二つの指輪を併用して大規模な凍結を起こしたのだが、“指輪は生きている人間にしか扱えない”。自身まで凍ってしまい命を落としたことで指輪の効果が切れたのである。
「…追っ手はこれで対処できたわ。ラッキーだったわね。」
イチカのその言葉にウミは返す言葉を失い、なんとか代わりを探し出す。
「…でも、“指輪の力”で居場所はバレてるんじゃ…?」
「使われてる指輪の見当はついたから大丈夫。予想が正しければもうその指輪で私の居場所を調べることはできないはずよ。」
「そうなんだ…。…じゃあ、この人達はどうするの?放っておいたら大事になると思うんだけど…。」
「それも大丈夫。“向こう”もこのタイミングでの大事は避けたいでしょうし、その内しれっと対処されてるわ。」
「そう…なんだ…。」
「それより。私はこれから『指輪館』というところに行くつもりなの。関わったからにはあなたに危険がないとは言い切れないし、良かったら一緒に来てくれない?」
「…ちょっと待って…。その前に、なんでこんなことになったのかちゃんと説明してよ…。」
「…そうね。その通りだわ。説明する。」
「私は『山田家』という、不思議な力を持つ“指輪”を代々回収してきた家の“最後の生き残り”なの。家には20個の指輪が受け継がれてて、この“結びと誓いの指輪”はその内の二つ。残りは全て奪われたわ。私は父と母から後を託されて…逃げて来たの。絶大な力を持つ“山田家の指輪”が悪用されるのを防ぐために。」
「…誰がそんなこと…?」
「…『サトウ』という男よ。」
「だからあなたにも“指輪館”へ来てほしい。そこがあなたを守ってくれるから。」
二人は電車を乗り継いで“指輪館”へ向かう。
その道中でウミは不必要に喋らないイチカになんとか雑談を仕掛けていく。
「“居場所が分かる指輪”ってなんなの?“見当はついてる”って言ってたけど。」
「『血の指針の指輪』よ。“水石”も“霜蝕”も、それと同じ“井上家の指輪”なの。『井上家』は『山田家』と同じ感じ。井上家がなくなってから全部『失われた指輪』になってたけど、サトウが回収してたのね。」
「“ロストリング”っていうのは?」
「文字通り“失われた指輪”のこと。壊れちゃったり、行方知れずだったりね。」
「へぇー…。…どういうのがあるの?」
「え?そうね…。例えば、死んだ人を生き返らせる『変革の指輪』とか、強い炎を出す『焦炎の指輪』、後は『死の指輪』っていうのも――。」
「へぇー…。すごい…。」
「他には?」
「…ごめんなさい。指輪のことは“広めるべきではない”と考えているの。必要なことは教えるけど、これ以上雑談に付き合うことはできないわ。」
積極的に話しかけ、結果むしろ会話は減ってしまった。後先考えない自分を呪いつつも時間は経ち、二人は無事に“指輪館”へ到着する。名前の通り、そこは“指輪の博物館”。指輪限定なだけでいたって普通の博物館施設に見えるが、その実態は普通でないのだろう。
イチカは受付に行き、身分証明書の代わりにと身につけている『誓いの指輪』を見せる。
「イチカ様…!?」
「応接室でお待ちいただけますか…?すぐに『スズキ』を呼びますので…!」
「ありがとうございます。急に来てすみません。」
言われた通り応接室で待っていると、しばらくして丁寧な物腰の老紳士『スズキ』がやって来た。
「イチカ様…!ご無事で何よりでございます…!」
「…そちらの方は…?」
「私の“パートナー”です。」
“パートナー”という急な紹介に焦りつつ、ウミは簡単に自己紹介を済ませる。
「館長の“スズキ”と申します。」
「ウミ様。突然で申し訳ございませんが、左手をお見せいただけませんか?」
ウミは要求通りに左手を差し出す。スズキは『結びの指輪』をじっくり鑑定し、それが紛れもない本物であることを確認するとウミに「失礼しました。」とお礼を言って元の場所へ立ち直り、今度はイチカに対して申し訳なさそうにこう言った。
「イチカ様。ここへ来られた理由は分かります。ですが、それは叶いません…。当館の指輪は全て“貸し出されて”しまいました…。申し訳もございません…。」
「…そうですか。サトウの仕業ですよね。“そういう契約”ですから仕方ないですよ。残念ですけど、予想はついていたので大丈夫です。」
「それより、今日ここへ来たのは彼女を守ってもらうためです。私の都合で巻き込んでしまったので…。お願いできますか?」
「勿論でございます。当館は常にお二人の味方です。何なりとお申しつけください。」
「それとイチカ様。サトウより手紙を預かっておりまして…。お受け取りいただけますでしょうか…?」
イチカはスズキから手紙を受け取り、少しの時間読んだ後びりびりに破いて捨ててしまった。
その後、一先ず今夜は指輪館に泊まることとなり、ウミは家族に適当な言い訳をしてとりあえず今日やることは全て終わる。
ヒマができたので、ウミはイチカを夕食に誘いここぞとばかりに雑談のリベンジを試みてみる。内容はずっと気になっていた“指輪が全て貸し出された”ということについて。
「一つ気になるんだけど、沢山展示されてた指輪は“違う”ってことなんだよね?」
「あぁ、あれは『書類上の指輪』よ。」
「“指輪を隠すなら指輪の中”。あれはそれっぽいだけの“ただの指輪”なの。」
その夜、ウミは精神的な疲労を強く感じながらも寝つけずにいた。どうしても寝られないので仕方なく散歩でもしようかと部屋を出る。すると通路の先にキラリと光るものが見えた気がし、急いで追ってみるとそれはやはりイチカであった。自身も身につけている“指輪”が教えてくれたのだ。
「こんな夜中に…どこに行くの…?」
「…眠れないから、ちょっと散歩にでも行こうかと思って。」
そう言うイチカだが、風貌はとても気楽なものには見えない。
「…その銃は…?」
「…護身用に。」
「…一人で行く気…?」
「気付いてたの?感が良いわね。」
「無茶だよ…!考え直して…!」
「私は親の仇を討ちたいの。刺し違えてでもね。私が死んでもあなたが指輪を破壊してくれるから最悪無駄死にでも問題ないし、指輪を人質に取ればサトウを射程に入れるくらいはできるわ。」
「…死にたいの…?」
「どうしてそんなこと分かるの?ウミ、あなたは私の何を知ってるの?自分勝手な物言いはやめて。世界はあなたを中心に回ってるわけじゃないのよ。」
「…そんな…こと…。」
「ついて来ないでね。やっと足枷が外れて楽になったんだから。」
夜の闇に消えていくイチカをウミはただ見つめることしかできなかった。
町はずれの廃工場。そこは“手紙”に書かれていたサトウの拠点であり、全てを奪った憎むべき敵の居る場所。
「ここがあなたの“城”ってわけ?」
中に入るなり、イチカは分かりやすく大きく声を出して挑発する。それに対しサトウの部下が銃口を突きつけて威圧してくるが、イチカは逆に頭を押しつけて更に挑発する。
「どうしたの?撃たないの?撃てないの?」
『皆さん落ち着いて。お嬢様を殺せば“パートナー”に気付かれ、指輪を破壊されてしまいます。』
サトウの部下を煽っていると、肝心のサトウ本人が音声のみ出して部下を制止した。
「随分な歓迎じゃない。私は手紙を読んで“話し合いに来た”のよ?誘っておいてリモートで済ませる気?」
『いえいえ、勿論目の前に現れますよ。案内の方について行ってください。』
「イヤよ。」
イチカはサトウが用意した案内人を撃ち殺してしまう。
『…確かに敵は減らせるだけ減らした方が良いと教えましたが、少し挑発が過ぎますよ。怒った仲間に反撃される危険性がある。』
「されなかったんだから良いでしょ。」
『…部下から端末を受け取ってください。道筋を表示します。』
サトウの部下から端末を受け取り、イチカはサトウが待つ部屋まで行く。
「お久しぶりですお嬢様。どうぞ座ってください。」
「あなた老けたわね。随分醜くなったわ。」
「人は老いるものです。どうぞ座ってください。お嬢様のお好きなお茶を用意しましたよ。」
イチカの煽りも真に受けず、サトウは淡々と紅茶をいれる。
「しかし誘っておいてなんですが、まさか本当に来てくれるとは思いませんでした。それもお一人で。」
「あなたを殺したいのよ。撃って良い?」
「良いわけないでしょう。お茶、飲まないんですか?毒とか入ってませんよ。美味しいお菓子も用意したんですが。」
「悪いけど、最後の晩餐は先約があったのよ。」
「…そうですか。それは残念です。お茶もお菓子も家具も、“それなりのもの”なんですがね。」
紅茶を一口だけ飲んで楽しみ、サトウは本題に入った。
「“結びと誓いの指輪”を渡してください。この場はそのために設けたものです。あなたを殺すためではない。」
「本気で言ってるの?ボケた?」
「可能性はあると思ってますよ。お嬢様が本気なら、『結びの指輪』を手に入れた時点で破壊していたでしょうから。そうしないということは、私と同じように“指輪の力を求めた”ということ。それに山田家がなくなった今、“指輪”がなければあなたは自由に生きられるんですから。悪い話ではないんじゃないですか?」
「本気で言ってるならほんとにボケたのね。」
イチカはサトウに銃を突きつける。
「あなたを殺しに来たのよ?話し合う気なんて最初からないわ。」
「…まぁそう言わずに。少しは付き合ってください。」
そう言ってサトウは立ち上がり右手の手袋を外す。その中指には“薄汚れた鉄”の指輪がはめられていた。
「それは…。まさか…。」
「“本物”ですよ。この指輪なら、お嬢様が引き金を引こうとするなら引かれる前に効果を発動できる。」
サトウが言っていることはハッタリではない。それが分かっているイチカは、銃を突きつけ引き金に指をかけたこの状態から動けなくなった。
「『水石の指輪』、持ってますよね。身につけてもらえますか?」
イチカは戦力の足しにと持って来ていた“それ”を右手の中指にはめる。『水石の指輪』は体内の水分を消費して水を放出する効果であるが“常時発動型の指輪”である。つまりこれは拷問なのだ。
「パートナーに指輪を渡すよう言ってください。」
「このぐらいで私を言いなりにできると思ってるの?」
「思ってませんとも。対象はお嬢様ではなく、あちらの方です。」
サトウが部屋のモニターをつけると、そこには銃を持って戦うウミの姿があった。
「な…。は…?意味分からない…。サトウ、あなたウミに何を…。」
「何もしてません。彼女は勝手に来たんです。指輪の力でお嬢様の記憶を共有し、追って来た。一日も経っていない仲だというのに素晴らしいパートナーを見つけましたね。私としても予想外ですが、鴨が葱を背負って来るとはまさにこのこと。とんでもない光明だ。」
しかしそれと同じくらいに驚いたのが“ウミが戦っている相手”。それが死んだはずの“井上家の人間”だったのだ。
「やっぱり彼があなたについてたのね…。」
「『イノウエ』君は同志ですよ。志を同じとする大切な仲間です。彼にも色々、“求めるもの”があるんですよ。」
ウミとイノウエの撃ち合いは拮抗していたがしばらくして天秤は傾く。イノウエが左手の中指に身につけていた“焦げた黄金と融けた紅玉”の指輪を使用したからだ。そしてそれを確認してサトウは映像を消す。
「これ以上は見ない方がいいでしょう。大切な人を失う光景など、酷だ。」
「…“失われた指輪”ばっかり…。よく集めたわね。」
ウミが狙い、イノウエが守っていたのは指輪の保管庫である。指輪館から貸し出された大量の指輪に加えて“山田家の指輪”もそこにはあるはず。それを手に入れれば勝利に近付くとウミは考えたのだ。指輪を通じて分かるイチカの状態から、今は自分が動く時だと。そしてそのための最後の壁がイノウエであった。
イノウエが操る“焦炎”は逃げ場を封じる。指輪を破壊しても見逃してくれるかは分からないこの状況で選択肢は一つ。“倒すこと”。保管庫の扉の前に居座っているはずだが、滾る炎でウミからイノウエの姿は見えない。それは向こうからも同じだろうが不利なのは当然こちらである。しかし炎は迫ってくる。機を待ってはいられない。“何かあの炎に対抗できるものはないか”二人分の記憶を巡り、その内気付く。手の平から流れ出るこれは血でも汗でもなく“水”であると。
勝負は一瞬。全身に水を被ったウミは“焦炎の壁”に突っ込んだ。目の前の炎から蒸された敵が飛び出て来たことを確認したイノウエはその敵に“指輪を破壊する余裕はない”と見切り、冷静に指を撃ち飛ばす。このまま近付かれても指輪の効果がなければ素人には負けない。“もう片方”はサトウに任せて良い。「勝った。」そう確信した次の瞬間、敵の指に煌めくものが“ある”ことを見逃していたことに気付く。そして一手読み間違えた隙に、ウミはイノウエの腕を掴んだ。
それは何よりも冷たく、掴まれた腕から全身へ霜が蝕み、一瞬で意識は凍る。一体の氷像とやがて消えゆく焦炎の中、ウミは残った指で凍りついた『霜蝕の指輪』を強引に外し、保管庫の扉の前まで進んだ。足跡に血と霜の欠片を落としながら。
「…あれ…?どうやって開けるんだっけ…。」
その言葉を最後に、砕氷の音は通路に消えていった。
最初に分かったのは当然イチカであった。指輪の効果が消えたからだ。あの日と同じように“また失った”。床にへたり込みぽつぽつと落ちる涙を見る。
「…終わったようですね。」
「さぁ、『誓いの指輪』を渡してください。…イチカ様。もうあなたは楽になって良い。」
イチカの左手の薬指には変わらず“誓われた穢れ無き白金と曇り無き純粋な金剛石”の指輪がその光を発揮している。その約束はもう失われたというのに。
「…サトウ。あなた勘違いしてるわ。私は楽になんてなりたくない。」
「地獄に行きたいのよ。」
一度下ろした銃を向け直し、イチカは引き金に指をかける。狙うは指輪ではなく目の前の仇。悪用されるかどうかなんて、死んだ人間には関係ないのだから。
しかしその弾丸がサトウに届くことはなかった。それどころか発射すらされなかった。何故なら頭を撃ち抜かれたからだ。即死だったから撃つ必要がなくなった。
「イチカ!」
部屋の入り口に立っていたのはウミだった。ウミがサトウを倒したのだ。
「大丈夫!?怪我してない!?」
「私は大丈夫…だけど…あなたは…?」
死んだはずの人間が生きていたのだ。最初からずっとウミには驚かされてばかりだった。“今までで一番”を今回もまた更新される。
「死んだはずなんじゃ…?」
「私もそう思ったんだけど、よく分からないんだよね…。覚えてるのは…なくなってく意識の中で、“指輪がはめられてた”…ような…?」
そう言うウミだが両手共に指輪は身につけられていない。
「そうだ。指輪といえばさ。“大きい金庫”みたいなので見つけたんだけど、丁度18個あるしこれって…。」
二人は“結びと誓いの指輪”を再度交換し、ウミが回収した“山田家の指輪”と合わせて使う。更にサトウの拠点の場所が分かったタイミングでウミが呼んでいた指輪館の人達と共に、一旦の終止符を打ってこの場を収めた。これで長すぎる一日は終わったのである。
そして一週間ほど経ったある日、事後処理に追われていたイチカから連絡を貰ったウミはパートナーとの再会を果たしていた。
「――結局、“指輪”はどうしたの?」
「壊したわ。20個全部ね。」
「…そっか。」
イチカの答えにウミはがっかりした表情を見せる。
「…何よその顔。あなたまさか、“指輪があれば――”なんて考えてないわよね?」
「違う違う!違うよ!」
このままでは指輪の力に溺れた悪党にでもされそうな勢いなので、ウミは必死でそうではないと説明した。
「そういうんじゃないけど、ただちょっと、綺麗な指輪だったから。イチカに似合ってたし。」
もう何もつけていない左手をウミは寂しそうに見る。
「…そう…。」
「あのさ…!今回のお礼ってわけじゃないけど、良かったら受け取ってくれないかしら…?」
予想だにしない一言にイチカは戸惑いを隠せず、話題を変えようと持って来ていた“もの”を取り出した。
「…これ…は…?」
イチカのプレゼントは“シンプルな装飾のプラチナ”の指輪。これまた予想外のものにウミは思考を巡らせるも答えが見つからない。
「“指輪”の素材は使えないから、本当に“ただのプラチナ”で“ただの指輪”だけど、現金を渡すよりかは良いかな…と…。」
「…どう…?…要らなかったら売ってね…!」
冷静に考えたら凄いものを贈っているのではないかと、イチカはだんだん恥ずかしくなってくる。
「…これってもう一個あるの?」
「え!?いや…。ある…けど…。」
真っ赤に染まった顔を背けて、イチカは同じ指輪が入った箱を鞄から取り出してウミに渡した。受け取った指輪を持ってウミは優しい笑顔で言う。
「手、出して。左手だよ。」
されるがまま、イチカの左手の薬指にそれははめられる。
指輪の力なんてなくても、ずっと大切なパートナーの証として。