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17「東への逃避」

 申し出る/商会の輸送隊に合流/2064済み。


「なにい! 許さんぞ!」

 と、話を切り出すなり、兄上に言われました。アスモデウスさんに、妹を溺愛していると揶揄されている私の兄です。

「なぜですか? 休学の件ですか?」

「いや、一人でアングレットに行くなど……」

「子供のころに何度も往復しておりますよ」

「一人の部分だ」

 要は一人旅が心配なのですね。仕方ありませんけど、私にはこの程度のささやかな冒険も許されないのですか?

「まあ、良いではないか。それじゃあ、お前が護衛に付いてくれるか?」

 書斎の席で父上が少し愉快そうに言いました。にこやかな表情で、母がティーワゴンを押して入室いたします。

「任務がありますから……」

「ラシェルが了解してくれましたよ。それと、お付き合いしている冒険者のジョルジュもだそうです」

「母上……。もうそこまで」

 私はすでに先手を打っていました。信頼しているメイドのラシェルと、恋人である冒険者が旅に同行してくれるのです。

「ジョルジュは確かに、腕は申し分ありません。Aクラスの冒険者なのですから……。ディアーヌ、勝手に話を進めたな!」

「兄はマルゲリット様とのデートで忙しそうでしたから」

「ちょっと買物に付き合っただけだ」

 父も母も表情を崩します。最近顔を合わせれば暗い話ばかりでしたから、このような話題は和みます。

「第一王都の知り合いに書状を送っておく。話を聞いてきてくれるか?」

「はい、もちろんです」

 父はめざとく言いました。要は第一王都の貴族たちが、このアジャクシオの政変(・・)についてどう考えているかリサーチ(調査)するのです。彼らが一度許可した婚約を、王太子が勝手に破棄したのですから話題にはなっているはずです。

 皆様は当人の破棄令嬢に、何を話してくれるでしょうか。

「辛いかもしれんな……」

「私はもう大丈夫ですよ。お兄様」

 兄は私の心配ばかりですね。


 私は旅の準備を進めました。今は早くこのアジャクシオから離れたい気分なのです。冒険の旅、というほどのものではありません。でも、楽しいものです。


  ◆


 そして出発の日、兄は不安げに見送ってくれました。父と母は普通です。

「では行って参ります」

「うむ。頼んだぞ。ラシェル、ジョルジュ」

「お任せ下さい、若様。なーに、アングレットまでの護衛クエストは何度もやっております。昔も今も平和なもんですよ」

「うむ」

 兄はまだ不安げです。王都同士を結ぶ幹線街道は、王国で一番安全な道です。


 いくつもの商会の荷馬車が輸送隊列(キャラバン)を組み、私たちの馬車はそこに合流いたしました。ジョルジュが操者を務め、私とラシェルが並んで後ろの席に座ります。後部には小さな荷台があり、装飾のない馬車は貴族が乗っているとは思われないでしょう。私もラシェルも一見して冒険者の衣装です。

 隊列はのどかな田園風景の中を進みました。窓を開けて農夫や子供たちが遊んでいる姿を眺めます。

「退屈でしょう。お嬢様」

「いいえ。楽しいですよ。私たちって、まるで冒険者パーティーですね」

「ははは。俺とラシェル、それにお嬢様の三人ですか。カテゴリーBのパーティーぐらいになりますな」

「ジョルジュ。せっかくだしカテゴリーAにしときなさい」

 軽口にラシェルが突っ込みました。二人は仲良しカップルですね。

「こりゃ、失礼。このパーティーは連合王国の最強パーティーです」

「それで、けっこう」

「それならば、私をお嬢様と呼ぶのはよくないわ」

「いけません、お嬢様。身分はわきまえねば」

「いや、それでいこう。さる貴族の令嬢だとバレない方が、より安全だしな」

「でも……」

「それでいきましょう。私のことはディアーヌと呼んで下さい」

「分かりました、お嬢様――、いえ。ディアーヌ」

「良いですねえ。早速魔獣を討伐したい気分です」

「まあ、護衛の冒険者たちもいますから、俺たちの出番はたぶんないでよ。リーダー」

「それは残念ですね」

 天気も良いですし、のどかな旅です。でも隊列からは時々冒険者が単身森へと駆けて行きました。私の【探知】にも反応した小物の魔獣に対処するためです。


「よーっ、シルヴ。様子はどうだ?」

 一人の若い男性冒険者が先頭側からやって来ました。顔馴染みさんのようです。

「特になしですよ、ジョルジュさん。次の停留地でお昼休憩します」

「了解だ。手に余るようなら俺を呼べよ」

「はい」

 その人は私をチラリと見てから後続に進んで行きました。街道沿いには馬の飼葉や水を用意した停留地が点在しております。

「あの人は……」

「シルヴって名の、Bクラスの冒険者ですよ。第一王都から来ていたのですが、帰るそうです」

「御存知なのですか?」

 ラシェルが不思議そうに私をうかがいます。

「託児院の近くで見掛けたことがあります」

「誰とも組まないで、ほとんどソロでやっている実力者ですよ」

「そうなのですか……」

 アングレットから来たソロ冒険者ですか。そんな人がアジャクシオで活動していたなんて、ちょっと気になります。

「あいつはこのあいだの魔獣大量発生で活躍したんだ。もうちょっと待てばAクラスに昇格するのに帰るだなんて、ただの流れ者じゃあないなあ……」


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