14「転換点」
舞踏会の夕刻、意地のために着飾った私は闇に包まれ始めた街を眺めていました。
「いよいよ、決断したんだね」
精霊のアスモデウスさんが、いつものように後ろから話しかけてくれます。
「私一人が犠牲になればよいのですから」
「そんな人間ばかりだね。でも、変わった女子だっているんだよ」
「どのようにですか?」
「家族も何もかも捨てて、冒険の旅に出たいってお願いするような、自分中心の人間さ」
思えば私も同じです。自分中心で婚約を考えていました。だけど今は自分中心で家と国の事を考えております。
「楽しい大冒険だったよ」
大きなお月様の横を月光に輝く雲が流されていきます。大空で風に逆らえる雲などありません。
「その女子はどうなったのですか?」
「白銀の聖騎士と呼ばれても、好き勝手に生きていたなあ――。結局はただの母親になって人知れず人生を終えたね。つまらない……」
「人は精霊様と違って、一人では生きていけないのですよ」
「それで、ここの人間たちは連合王国か。群れるのは魔獣と同じだ」
「人は獣ではありません……」
扉がノックされました。いよいよ出陣です。
◆
私は兄にエスコートされ王宮を訪ねました。
私たちは王都で貴族として生きていかねばならぬのですから、いつまでもヒキコモリではいられません。
これは超えねばならない壁なのです。過去は全て思い出として、区切りをつけねばならないのです。
王家の紋章が輝く貴賓舞踏会場の入り口で、思わず足が止まってしまいました。この先にいるのは王宮を養分としている魑魅魍魎たちです。
「さあ、行こうか……」
躊躇していると、兄が背中を押してくださいました。行きます……。
豪華絢爛の大ホールにはたくさんのお客様たちが楽しんでおられます。立食の軽い食事と歓談を終えてから、舞踏会が始まるのです。
上座の席にはアルフォンス様、そしてソランジュ嬢が並んでおります。正式な婚約もまだなのに、二人はまるで王と王妃のようでした。
周囲はまるで奇妙なものでも見るような視線を私たちに送ります。会場全体から嘲笑されるされている、そんな気分になります。
しかしここで下を向くわけにはいきませんバシュラール家の立場があります。
私は上品な微笑を作りました。そして周囲をゆっくり見回しながら進みます。
誰がどのような表情をしているか、こちらを見ているかなど注意いたします。そしてこの件について、どのような人がどのように思っているかなどを考えるのです。
私は騎士団関係者や知り合いに挨拶する兄に同行して、会場内を付いて回ります。少年の頃から修練に励み、切磋琢磨してきた絆がある人たちです。
「お前さんがこんな所にやって来るとはなあ。良い傾向だよ」
「ははは……。親孝行ですよ」
その方は先輩の王宮騎士様でした。私もよく存じている方です。
「武で名前が売れているのだから、ここで顔を売れ。仕事がやりやすくなるぞ」
「このような場は、どうも苦手です」
「そう言うな。ここにいる連中を値踏みするくらいの気持ちでいいさ」
「そうします」
「魔獣相手とは違う勘を、人相手に働かせるのさ。戦いとはまた違う世界が見えてくる」
「はあ……」
その騎士様はチラリと私を見ました。特に表情も変えません。
「それじゃあな。楽しんでいけよ」
「はい」
婚約破棄話に執着している人ばかりではないのです。その遙か先を見通そうとしている人たちもいるのです。
お兄様は考え込んでしまいました。私たちは今日これからのことでいっぱいいっぱいなのです。
上座のお二人がこちらに気が付きました。額を寄せ合い何事かを話してから、立ち上がります。そして連れだってこちらにやって来ます。兄上もその動きに気が付きました。いよいよ始まりです。