福原一郎
夕刻、他の生徒会役員の子達は担当の仕事を終えて帰っていき、この生徒会室には生徒会長である俺が一人、各役員の提出してきた書類のチェックをするため居残っていた。役員の1人が描いた、校内に貼るための自殺防止ポスターのサンプルに目を通しながらため息をつく。
1人の少女、夕闇鴉の死が学校内に波紋を起こしている。それは彼女の独特な思想を背景に。
死の先に1つの幸福な世界があるという価値観。いや、宗教観と言ってもいい。彼女が執筆し出版された【令和怪異物語】には、幽霊や怪異が登場するホラー小説の中に、そんな自身の思想を織り交ぜて描かれていた。
そんな彼女の思想に導かれて自殺を図った当校の生徒はすでに10人を超える。屋上の使用禁止、先生生徒間の定期面談、生徒相談室の開設、そして自殺防止ポスターの設置。先生、生徒会共に精力的な自殺防止活動をしているのだが、内心では、人の自殺など他者が止めようがないと考えている。生きるという事は戦いであり、自ら離脱の意志を示す者にしてあげられることなどないのだから。
校内の空気は、自殺者を憐れむ生徒たちと、どうでもいいと白ける生徒達とで二分されている。学校内の雰囲気が悪くなっていく最中、追い打ちをかけるかのように、とある噂が流れてきた。
『逢魔が時に現れる夕闇さん。死んだ彼女は生きている私達を向こうの世界へ連れていく』
生徒の自殺に拍車をかけるような噂だが、こういう怪しい話を学生は好む傾向がある。眉唾な話と信じたいが、彼女なら本当にフラッと現れてきそうなので安易に否定できない……いや、噂は本当だと、確信した。たった今。
ポスターのデザインをチェックする視界の端に、女生徒が1人立っているのを捉えたのだ。生徒会室の扉は閉じられたまま。開閉音はなく、開かれた様子は全くない。
それはつまり――――
「俺は、死にません!」
『…………だと思ったわ。あと、うるっさいのよあなたの声』
それはやはり、夕闇さんだった。
真っ白な肌に紅い瞳。浮世離れした容姿。それはかつてウチの襖を通って幽世の世界に
踏み入った彼女にもたらされた神秘と呪いの産物。
『一応聞いておくけど、あなたが生きる理由って何かしら』
「音楽です」
『…………その答えも分かっていたわ』
揺らぎも迷いも全く感じさせない返答に夕闇さんは半ばあきれ顔だった。疲労の色も滲んでいるが俺のせいではないと信じたい。
『自殺防止ポスターなんてバカバカしいにも程があるわね』
夕闇さんは俺の手に持っている自殺防止ポスターを見て鼻で笑う。
「学校全体で意識改革をしていこうという校長先生のご意向みたいですね。個人的な意見として言えば、夕闇さんの考えに俺も同感です」
『……というと?』
「生きるというのは、終わらない椅子取りゲームと一緒だからです。勉強、スポーツ、恋愛、仕事、結婚。常に競争に晒され続け、そこには勝者と敗者がいる。負けが続く限り、苦しみは一生続く。
母が死ぬまでの15年間、常に苛烈な競争を強いられてきた俺が実際にそう感じてきました。だから、そんな闘いを離脱していく人を止める権利なんて誰にもない。死に安寧を見出すあなたの考え方も、否定はしません」
『あなたは世界で生き続けてまでどうして音楽をしたいと思えるのか気になるわね』
「全身が音楽を求めているからです」
『きもちわるっ』
「というのは大袈裟ですが、苦しくて辛いからこそそこには楽しさがあるわけで、その感情を音楽に乗せて人の心に届けられる魅力ですかね。思想を小説に乗せて広めるあなたと形は違えど似たものですよ」
『いい答えね。分かったわ、あなたは生きることを選択するのね。それじゃあ、もうあなたに用はないわ。さようなら』
それじゃあね、と手を振ってさっさと立ち去ろうとする夕闇さんを俺は慌てて引き留める。
「最後に1つだけ聞かせてください。あなたは、自分の未来を捨ててまで一体何を成し遂げたいんですか」
彼女には強い意志と思想、そして行動力がある。それは俺なんかよりも遥かに強い。そんな彼女が死を選ぶ理由を。思い描く理想を。俺は知りたかった。
俺の問いかけに応じるように夕闇さんは振り向いて、茶目っ気溢れる笑みを浮かべて応える。
『この世界をぶっ壊してやろうと思っているの』
当然冗談ではあると思うのだが、冗談だけに聞こえないと思えてしまうのが夕闇鴉の恐ろしい所だと俺は改めて感じた。




