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夕闇怪異物語  作者: スイミー
家族遊戯
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少女は呪いを醸成する

「こんにちわ。あなたは今日から楠木家の妹の楠木ひよ子。私はあなたの姉の楠木雀よ。よろしくね」


 もやは何人目のひよ子か覚えていないが、今回の新しいひよ子はこれまでの子達とは明らかに違うことが初見から感じた。まず年齢。これまでやってきたひよ子は『カントリーサイドファミリー』作中と同様、小学生低学年だったが、目の前の彼女は高学年の私と1つ2つしか変わらないくらいの背丈や雰囲気だった。恐らく父母も、小学生低学年に楠木ひよ子への理想を求めるのは困難だと判断したのだろう。


 それと、容姿端麗で笑顔がとても可愛いということ。それはつまり、彼女が正常な人間ではないということだ。誘拐されて知らない家に連れ込まれた挙句、今日からあなたは楠木ひよ子ですと言われて、はい分かりましたと素直に頷き、笑顔を作れるなんてまともな人間ができるはずがない。私もここに連れてこられた当初は何度も懲罰を受け、土蔵にも入った。


 なのに彼女は、平然と目の前の事実を受け入れ、楠木ひよ子を演じている。彼女の異常性に私は息を飲んだ。目は笑っているが、心は笑っていない。精巧な人形が人間を演じているような薄気味悪さを感じているのはこの場で私だけのようで、母は大変お気に召している様子だった。


 母の期待は裏切られることなく、彼女は理想通りの楠木ひよ子をこなしていた。勉強の時間、彼女は母から与えられたスケジュール通り教科書を読み進め、問題を解く。私がフォローする隙もなく、この異常な家族に囚われて慌てふためく様子もない。楠木家を超える異常性を彼女自身が内包しているとしか思えない。


 勉強の合間の休み時間、彼女自身について色々聞いてみようと思い、私は気分転換を口実に彼女を家の外に連れ出した。家の外に出た途端、彼女は何かに誘われるように土蔵へと足を運ぶ。


「土蔵には行っちゃダメだよ」


 そこは姉妹になり損ねた子達の最終処分場だから。とまでは言えるわけもなく、楠木家のルールだからと止めたが、ひよ子は私の言いつけを聞き入れることなく土蔵へ足を運ぶ。


 閉じられた扉に手を当て無表情のまま誰にでもなく呟く。


「ここから瘴気が溢れている」


 この子は何を言っているのかと首を傾げた。有害物質が出ているということなのか。なぜ私より年下のこの子にそんなことが分かるというのか。


「ここから怨嗟の声が聞こえる」


 扉に耳を擦りつけて喋り続けるひよ子の言葉に私はゾクッと身震いする。彼女は何を聞いたというのか。土蔵には今は誰もいないはず……。だが、私は彼女の発言の真意を確かめるために土蔵に耳を傾けることはできなかった。ひよ子はじっとこちらを静かに見据える。まるで私の罪を見抜いているような鋭い視線で。


 彼女の異常性は土蔵での不可解な言動だけでは収まらなかった。普段は至って普通。いや、優秀と言っていいくらいに楠木ひよ子だった。食事の際も礼儀正しく、品位の違いを感じさせる所作をしていた。いいところのお嬢様かと思ってしまうほどだったが、洗い物や洗濯など家事を率先して手伝うなど、一般家庭の子供らしい振舞いや気遣いがある。理性的で賢い妹然としている。彼らの目の届く範囲では。


 とある日の夜、母はスーパーで買ってきたメロンを切り分け、みなに配るよう私に言いつけた。自室にいる父、絵長さん、ひよ子の順でメロンの乗った皿を配膳していく。お皿を片手に彼女の部屋をノックをするのが面倒で、私は彼女の部屋をそのまま開けて中に入り、驚愕のあまりメロンを床に落としそうになってしまった。


彼女は、ノートに”4”という数字を大量に書き殴り、それをハサミで切り分けている。部屋中が”4”の書かれた紙切れで溢れ、留まることなく増産し続けているのだ。


「…………ひよ子、あんた何してんの」


 私の投げかける質問に対し、彼女は作業を続けながら淡白に答える。


「あなたが理解する必要はないのだわ。これから目の前で起き始める事象をあなたはただ眺めて入ればいいのよ」


 私は足元にメロンの皿を置いてすぐに部屋を出ていった。彼女の行動の意味を知ることすら危険だと、理性ではなく身体が危険信号を発して考える間もなく自室に逃げ込んだ。


 また、とあるお昼休みの時間、ひよ子は昼食をすぐに食べ終えて外に出て行った。私はメロンの日の出来事から彼女が怖くなってしまい、妹の面倒を甲斐甲斐しく見てあげる姉という役割を放棄してまでなるべく関わらないようにしていたのだが。


「ひよ子が1人でお外行っちゃったけど、あの子に何かあったら姉であるあなたの責任でもあるんだからね。ちゃんと管理してあげなさいよ」


「…………分かりました」


 母が発した威圧には素直に従うほかなく、外に出てひよ子を探しに行く。ひよ子はすぐに見つかった。家から数十メートル離れた原っぱで、ビニール袋を手に持ちながら何かを捕まえているようだった。


 ひよ子、そう声をかけて彼女の様子を覗き、血の気が引いた。

 彼女は、原っぱを飛び交うバッタや地を這うミミズ、木にとまっている蝉など、昆虫を捕まえては殺し、その死骸をビニール袋に溜めていっている。木の棒で潰しているようで、ビニール袋に入れられた虫の死骸は、残骸という表現が正しいほどに原型が崩れて落ちていた。


「生物の死には負の空気が集まってくる。死の数が増えれば増えるほど、負の空気が集まり、それはやがて瘴気へと変質して生を脅かすのだわ。もっともっと色濃くしてあげないと」


 目の前まで近づいた姉の存在など気づくこともないまま一心不乱に虫を殺しては袋に詰めていくひよ子の姿に、私は彼女が本当に人間かと思わず疑った。人として超えてはいけないラインを平気で踏み越えている。少女の皮を被った人外。異常性という意味では父母にも言えることなのだが、執着している先が彼らとは大きく異なっている、人間的ではない何か。上手く言い表わすことができないが、むしろそれができてしまったら。それを理解してしまったら。二度と正常な世界に戻ってこれなくなってしまうような、正体不明の恐怖を覚えた。


 私は彼女に気づかれないようそっとその場を立ち去ろうとしたのだが。


「ちょっと待ちなさい」


 彼女は私の存在に気づいていたようだった。気づいていながら私を無視したこと、また命令口調であることに腹立たしさを覚えたが、異質な彼女と揉めたくないと黙っておいた。そんな彼女が虫殺しの手を止めて私の方に向き直る。私は彼女の表情を見て驚いた。虫を殺していた先ほどまでとは打って変わり、痛ましげな表情を浮かべていたからだ。これまでの無機質さとは違い、今は非常に人間的な顔をしていた。


「この家で何人も人が死んでいる。不条理な死に追いやられた子達の魂がここに縛られているの。そのうちの何人かはあなたに憑いてしまっているわ。可哀そう。とても可哀そう」


 ひよ子は目に小さな雫を湛えながら胸に手を当て、黙祷を捧げる様に目を閉じる。なるだけ早く解放してあげるから、と見えない何かに向かって誓いを立てていた。ひよ子には処分されていった彼女たちの魂が視えているのだろうか。私に憑いていると言っていたが、その中に、黒ワンピースの彼女もいるのだろうか。


「あなたも、彼女達の死に加担していたの?」


 唐突の彼女の追及に面食らってしまった。なぜそんなことが分かるのだろうか。いや、彼女は楠木家のことを、雀とひよ子達姉妹のことをどこまで知っているのだろうか。絵長さんに聞いたのか、いや絵長さんがこの家に来たばかりの彼女にそんなことを吹き込むメリットがない。


 それはともかくとして、私は加担なんてしていない。加担……ではない。これまでのひよ子達に対し消極的な姿勢を取り続けているだけであって……。積極的にひよ子達の死に働きかけたわけではないから。


「……私は、何も、していない。あなたこそ、さっきから何を言っているの?あなたには一体何が視えているの?」」


 全てを見透かしているような彼女の鋭い視線に私は居心地が悪くなっていく。己の罪深さを糾弾されている気がしてならない。


「何かが視えているわけではないの。霊視できる目なんて持ち合わせてはいないから。でも、霊感は多少ある。ウチの家系は特殊だから。この家に跋扈している非業な死を遂げた少女たちの魂の気配が伝わってくる。特に色濃いのがあの土蔵ね」


 ひよ子は離れにある土蔵を指さした。私はそれでひよ子が嘘を並びたてているわけでもなく、本物の霊感少女であることを確信した。彼女は何かを起こそうとしている。とんでもない何かを。


 私は、不遜な態度を取る彼女を、奇怪な言動をする薄気味悪い彼女を、処分されていったひよ子達に冥福を祈る彼女を、なんだかもっと知りたくなり、私は彼女の手を引き、一緒に散歩をしようと提案した。彼女はきょとんした顔をしていたが、ややあってから、良い提案ねと小さく笑って承諾してくれた。彼女の顔にはほんの僅かだが温度あるのを感じた。


 荒れた畦道を2人並んで歩く。特にあてもなく、あてになるような場所もない。何もない誰からも忘れ去られた土地。私とひよ子2人の足音だけが響き渡っている。


「あなた、名前は?」


「……楠木ひよ子でしょう」


「いや、本名の方。この家に連れてこられる前の名前。私は――――」


 私の本名を聞いた彼女は、私にみーちゃんというあだ名をつけてくれた。彼女の本名を聞いた私は、彼女にゆうちゃんというあだ名をつけてあげた。なんでだろう。私は急に噴き上がって止められなくなってしまった感情の発露の正体が掴めず困惑する。


 私はなぜ、こんなにも涙を流しているのだろう。私が私であるということを意識したのはいつぶりだろう。楠木家に来て以来ちゃんと私を見つけてくれたのはゆうちゃん以外にいただろうか。必死に閉じていた心の蓋がほんの少しだけ開いたような気がした。器に溜め込まれたものがとめどなく溢れ出す。流れて流れて止まらない。


「ご、ごめんなさい。私なんで泣いてるんだろう。あれ……おかしいな。全然止まらない。どうしよう」


 拭っても止まらない涙に袖口はすっかり濡れてしまっていた。ゆうちゃんは私にハンカチを手渡してくれたので、私はそれで涙を何度も拭った。


「みーちゃんもこれまで辛い生活を強いられて限界がきていたのね」


 ゆうちゃんは優しく私の肩を優しくさすってくれた。これではどちらが姉なのか分からないと思い、私はそれがなんだかおかしくて笑ってしまった。どちらが姉でどちらが妹でももうどうでもいいか。私が私を取り戻した日で、ゆうちゃんと初めて交流した日。その数日後、事件は起こった。いや、ゆうちゃんが起こした。


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