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夕闇怪異物語  作者: スイミー
幽世の国のアリス
38/69

白ウサギとアリスの結末

 それから通りに飛び出した黄色い雨合羽男は、目が眩むほどのスポットライトに当てられて光り輝く。僕が毎夜のように夢で見る光景だった。


 ステージ上に広がる光の海。

 観客のファンファーレ。


 否、それはスポットライトなどではなく、通りを走るトラックのヘッドライト、観客のファンファーレではなく、トラックの鳴らすクラクションだった。


「エンドロールまで来てしまったのね」


 久しぶりに聞いた女子の声。

 ただ、これまで聞いた冷たさはなく、それは痛ましげで、寂しげな声色だった。

 振り向くと、そこには幽霊系少女が傘を差して立っていた。


「今目の前で起きた光景は数年前に起きた実際の事件よ。身に余る憎しみと執着を持って非業の死を遂げたあなたは、忘れられない情念を追いかけて、何度も同じ死を繰り返しているのだわ。毎回同じ結末に至っては、巻き戻してまた一から再生されるテープみたいにね。あれらは地縛霊としてここに縛られているあなた自身が残した意識の残像。現在のあなたは怪異なりかけってところね。現象に昇華しかけていたから、私も何度かあなたを見失ってしまったわ。幽霊は視えても怪異は視えないって、少々不便な瞳だわね」


 路地裏に転がるポッポさんの死体も、トラックに轢かれた黄色い雨合羽男、いや”僕”の死体も、そして僕を轢いたあのトラックもそこから忽然と姿を消していた。


 逃げることができずに無残に惨殺されたポッポさん。

 彼女を執拗に追いかけ、トラックに撥ねられる僕。

 僕を轢き殺したトラック。


 それらは地縛霊となった僕自身が作り出した意識の欠片として再生しては巻き戻しを繰り返していて、そして確かな現実としてかつてそこに在ったのだ。


 ポッポさんを何度も刺した時に伝わる肉の裂かれる感触。

 徐々に失われていく瞳の中の光。

 全身を照らすトラックのライト。

 鉄の塊がぶつかったときの全身に伝わる強い衝撃。


 全てが気持ち悪いほど身体の芯まで染みついている確かなリアル。


「……………………ポッポさんは?」


「彼女は死後、特に何事もなく無事向こうの世界に旅立っていったでしょうね。現世に留まっているわけではなさそうだわ。今目の前に広がっている光景全ては、地縛霊のあなたが作り出した意識の集合体のようなもの。実体の伴わない小さな異質の世界。何者もそこにはいないのよ。地縛霊のあなた以外はね」


 僕が作り出した小さな異質の世界。しかし、実態のないその小さな世界から発せられる悲痛な叫び声は何度も頭の中を反響した。


 僕は我慢できずにうずくまる。


「…………ごめんなさい」


 ポッポさんはそこにはもういないのに。どこにもいないのに。

 とめどなく溢れだす後悔の念が口から洩れだした。


「私に言ってもしょうがないのだわ。これらはすでに終わってしまった話。でもその言葉を聞けてとりあえずひと安心したわ」


 雨と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で首を傾げる。


「反省したあなたはもうあのコンビニには戻らないでしょう。繰り返す死のループは恐らくこれで終わりなのだわ。数十、数百にも渡る死のループでようやく己の行いを自覚して反省したようね。私が現れたおかげでループに変化が生まれたのか、それともループの中であなた自身が少しずつ変わっていっただけなのか。まぁ、考えても結論は出ないわ。結果よければ全てよし。蝶野君の言葉を借りると、”不幸中の幸いエンド”ってところかしら。あ、それと、謝罪をするなら被害者である彼女に直接することよ。ついてきなさい」


 彼女が何を喋っているのかほとんど理解できなかったが、恐らくこちらに理解してもらうつもりもないのか早々と会話を切り上げた。そして、今は何も残っていない路地裏の置くへと向かって歩き出す。


 真っ暗闇の袋小路に向かって歩いていくので、僕も何も考えずについていく。すでにマンションの壁面にぶつかっているはずが、奥へ奥へとあるはずのない暗黒の空間が続いている。それはまるで、不思議の国へと繋がるウサギ穴のように。


 ルイスキャロルの描いた世界が実在するとは思えないが、仮にあったとしてもハートの女王にだけは会いたくないと思った。僕を見た瞬間に鎌で首を切られることは明白だからだ。


 明度0、完全な暗黒の世界の中で、案内人の彼女だけを頼りにひたすら歩いていると、先に小さな光が見えてきた。天国だろうかと期待したが、殺人の業を背負った男の行く先が天国であっていいはずがないと首を横に振る。


 地獄でいい。そこでずっと犯した罪を悔いるだけだ。

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