遭遇
――今すれ違った子、超可愛かったね。
――あぁ、夕闇さんね。肌真っ白で綺麗だよね。
――なんか、嫌な言い方だけど、病的というか、儚いというか……幽霊みたい。
――昔は普通の肌色だったんだけどね。急にね。変わっちゃったみたいね。
――なんで?
――さぁ?向こうの世界に行ってから、真っ白になったって。噂だけどね。
――向こうの世界?
――あの世。そこで身体の血を全部抜かれちゃったなんて、くだらない噂話。
――そうなんだ。でも、なんか素敵。
――私もそう思う。それに、罰当たりなことだけどさ、ちょっと覗いてみたいよね。…………あの世ってやつをさ。
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夜の散歩は好きだ。人通りが少なくなり、静けさが満ちた街は、そこに住む人間と共に眠りにつく。今、この世界にいるのは自分だけじゃないかと錯覚できるこの感覚が好きだ。
夏から秋へ季節変わりしてから、ぬめるような湿気と暑さがなくなり、ほんのりと涼しい風が頬を撫でる。
駅前の大通りを歩いていると、残業帰りのサラリーマンとすれ違った。夜の暗闇の中、スマホの液晶画面に照らされたサラリーマンの顔はどこか虚ろで、将来自分もこんな風になってしまうのかなと、まだ高校生の俺はまだ朧げな自身の将来を憂いた。
今日は電車で隣駅まで行き、普段見ない景色を楽しもうかと、大通りを歩いて駅に向かっている最中に、唐突に、それは目の前で起きた。
通りを大きなネズミが横切ったのだ。普段の日常であまり見ることのないネズミに少し驚き、じっとそれを眺めていた。
ネズミが車道に入ったそのとき、ちょうど同じタイミングで軽自動車が車道を走っていた。タイヤの間をすり抜けるかな、と思ったが、不幸なことに、ネズミはタイヤに踏み潰されてしまった。
――パキッと音がした。
ネズミの背骨が折れた音だろうか。静かな夜の通りの中で、はっきりと耳の奥まで音が聞こえた。俺は気づかないうちに立ち止まっており、車に轢かれたネズミを凝視していた。
目を惹かれてしまったのだ。
どうしてか分からない。自宅のゴキブリは殺虫剤で殺すし、飛んでいる蚊も手で叩いて殺す。生物を殺すことは、なんてことのないただの日常生活の一部で、それに1つ1つ意識なんてしていない。肉感のある哺乳類の生々しさが死をよりリアルに想像させるせいかもしれない。
車に引かれた後もなんとか車道の向こう側まで渡ろうとよれよれと歩くネズミの死に際の姿から、目を離せないでいた。軽自動車は、生物を1匹殺したことなどつゆ知らぬ顔でとうに走り去ってしまった。
そして、ネズミは事切れた。
調子に乗って、3つ隣の駅まで来てしまった。自分が住む街とは異なり、駅前は閑散としており、スーパーはおろか、コンビニが1件とチェーンの牛丼屋やハンバーガー屋がある程度でだった。駅から外れ、住宅街を過ぎると、田んぼが辺り一面に広がり、遮られることのない秋風が気持ちよく身体を吹き抜けていく。
ぽつぽつと住宅がまばらにある以外は、何もない。道路を照らす街灯が少なくなり、だんだんと暗さは増してくるが、それと反比例して月明りが際立って見える。まるで終末の世界を歩いているようだと、夜の空気を目いっぱい吸い込み、吐き出した。
その時、足元でパキッと音がした。
小枝を踏んだかなと足元を見るが、暗くて何も見えなかった。ふと道路の右脇を見ると、そこには大きな木が立っていた。これほど大きな木なのに、なぜ今まで気づかなかったんだろうかと思ったが、これだけ暗いとそれもそのはずだろうと自分を納得させる。
その木には葉がなく、太い枝がそれぞれ1本ずつ左右に伸び、そこからさらに細くて長い枝が、幾重にも広がっていた。まるで、巨大な人影が広げる大きくて長い両腕から、いくつもの手のひらが生えているようだった。そして、その木は、全ての色彩を飲み込んでしまうほどに黒かった。
街灯が少ないせいだろうか。月明りを背に、逆光でそう見えるだけだろうか。真っ黒な何かが、こちらを見下ろすように佇んでいた。その姿を見て、最近友達と観たスレンダーマンという映画を思い出した。スレンダーマンは細身で異常に背が高く、黒い背広を着たのっぺらぼうの怪人で、それを目にしてしまった人達が次々と行方不明になってしまうという内容の映画だった。
――パキッと音がした。
背筋に冷たい何かが走るのを感じ、俺は散歩の足をそこで止めて来た道を引き返し、足早に駅へと戻っていった。