不動産投資
三友不動産渋谷支店の飯田部長が支店で吠えていた。
「何チンタラやってるんだ。小さなやつはほっといて、一棟ものを持ってこいって言ってるだろうが、とにかくビルだ」
「部長、もうこの間ので全部ですよ」
「そんなことはわかっている。無ければ売らせりゃあいいんだよ。そこがプロの仕事だろうが」
「プルプルプル」
「支店長、山根常務からお電話です」
「高山でございます」
「高山、絶好調じゃないか、このまま頑張れ、次の異動で本店長に推薦してやるぞ」
「本店長になれば取締役だぞ、みんなこの道を通って来てるんだからな」
「はい、期待に添えるよう頑張ります」
「ですが、今、弾切れを起こしてまして、売る物件がないんです」
「常務のお力で、他の店で抱えている案件をうちに回して頂けないでしょうか?」
山根常務は関東ブロックの責任者だった。
「わかった。エコ贔屓はいけないが売上を上げることが会社のためだ。俺に任せておけ!」
三友不動産新宿支店
「支店長、山根常務からお電話です」
「山根だ、お前のところで抱えている物件を渋谷の高山に流してもらえるか」
「ええ、それを取られると、うちの売上が・・・」
「お前、誰のおかげで支店長になったと思っているんだ、俺の推薦が無ければ支店長になっていないんだぞ!」
「会社の売上に繋がるのに、なに自分のことだけを考えてるんだ!」
「いいか、高山はこのまま行くと本店長だ、俺だけじゃなく高山も敵に回すのか?」
「そんなつもりは毛頭ございません。高山支店長には喜んで情報を提供いたします」
「全員集めろ!」
「営業で外出している者もおりますが」
「いいから全員集めろ!」
「常務の命令で、うちが抱えている案件を渋谷に回すことになった」
「ええええ〜」
「バカやろう!お前らがチンタラやってるから、こうなったんだ」
「情報は回すが、どこが売ろうと問題ない、早い者勝ちの競争だ」
「うちが先に売ればいいんだ。気合いを入れろ、売れるまで帰ってくるな!」
新宿支店長が怒鳴って部下達にハッパをかけた。
池袋支店、四谷支店、赤坂支店、神田支店、本店、銀座支店、五反田支店、・・・・
続々と物件の情報が渋谷支店に集まって来た。
渋谷支店
「いいか飯田、早い者勝ちだ」
「常務が、このまま行けば俺を本店長に推薦してくれるそうだ。そうなったら、俺の後の渋谷支店の支店長にお前を推薦する。常務もお前のことをお認めになってるぞ」
「あともう少しだ、圧倒的な全店1位になってやろうじゃないか」
「支店長ありがとうございます。任せて下さい。織田様は若いですが、バケモノですよ」
「飛鳥証券の渋谷支店に大学の同期がいて、織田雄治は相場の天才だそうです。物凄いスピードで儲け続けているそうです」
当時、インサイダー取引規制も個人情報保護法もない、緩やかな社内ルールがあるだけだ。
82年11月に三友不動産の飯田部長が南青山に訪ねてきた。
「物件が揃いましたのでお持ちしました」
飯田が分厚い資料をドン、とテーブルに載せた。
「凄い量ですね」
「私も入社以来、こんな量をお客様にお持ちしたのは初めてです」
「この物件は・・」
「説明は後でお聞きするので、住所順に並べてもらえますか?」
テーブルの上に住所順に資料が並べられた。
「電卓を持ってきてくれ」
麗子が準備していたのだろう、即座に持ってきた。
俺は霊体意識になって時間を100倍に伸ばした。資料、詳細地図、路線価の地図を霊体意識の中に並べて出した。霊体意識を3倍程度の速さにする。紙が破れてしまうからだ。物凄いスピードで電卓のキーボードが叩かれる。土地の相続税評価額が計算された。次にSRC、RC、鉄骨の構造別に築年数から割り出した建物の評価額を記入して、積算価格を記入した。売却価格と積算価格の乖離率を記入していく。テーブルの上に都合4回並べられた。
「この数字は何ですか?」
「積算価格とその乖離率ですよ」
「取引事例がわからないですし、不動産鑑定士の評価もないので土地は路線価を使って計算しました」
「路線価はどうしてわかるのですか?」
「勘弁してください。企業秘密ですよ」
「一体どうやって」
まあ適当に出したんだろうな、と飯田は思った。不可能だからだ。
資料が乖離率順に並び替えられた。次に場所とビルの見栄えを考慮して、自分の好みを横にのけて行った。上から金額を計算して、700億円のところで切った。120件あった。赤マジックで印をつけた。
飯田が理解できなくて呆然としていた。
「これコピーしてくれるか」
「はい」今度は瑠美子が勝った。
「コン、コン」
「どうぞ」
「ただいま戻りました」
「どうした、ぼ〜として。やっぱりダメだったか、この間買って頂いたばかりだしな」
「いえ、買って頂けるそうです」
「この印が付いている物件全部、買って頂けるそうです」
「この数字は何だ」
「土地の路線価から計算した積算価格だそうです」
「飯田、路線価の地図を持って行ってたのか、でも帰ってくるのが早いじゃないか」
「織田様がなにも見ないで、物凄いスピードで記入したんです」
「織田様は、人間じゃないです。神様か宇宙人です」
「見ていたんです、これを記入するところを」
「わかった、わかった」
「これ全部でいくらなるんだ」
「約700億円です」
「織田様は払えるのか?いくら何でも無理だろう」
「私が心配すると、五芝銀行の預金通帳を見せて頂きました。銀行と証券に現金残高が1498億円ありました」
高山が唖然とした。落ち着こうとタバコに火をつけた。
「早急に契約しよう、何件ある?」
「120件です」
「全員集めろ」
2時間後の夕方、支店の全営業員の30名が集められた。ホワイトボードに営業員名、住所、金額が記入されていた。
「今ボードに営業員別に物件名が記入したある。全部で120件ある。買い手は織田雄治様、ただお一人だ」
「これから重要事項説明書と売買契約書を作成しろ、買付代金は五芝銀行渋谷支店の預手(銀行振出小切手)だ」
「明日中に決めてこい」
「織田様は1人だから、日程調整は飯田部長がする」
「飯田部長は部下思いだからな、決めてきた売上の半分を渡すそうだ」
「みんな俺に力を貸してくれ、山根常務の計らいで東京中の物件の情報が集まった。情報が開示されたから、早い者勝ちだ。手付として織田様から100万円の五芝銀行渋谷支店の預手120枚を預かってきている。相手に預手を渡して契約を決めてこい!」
「営業車が足りないから、ハイヤーを貸し切って明日の朝イチから動いてくれ、決まったら契約の希望日を連絡してくれ、120件もあるから、日程と時間割は俺が作る」
「さあ気合いを入れろよ!、今からアポを取ってくれ!」
高山支店長が気合いを入れた。
2時間後、
「部長、8番の物件に手付が入ってます」
「まずいじゃないか、渋谷の物件だぞ、買い手はどこだ」
「渋谷の不動産屋だそうです、うちの新宿支店の仲介です」
「ローン条項は?」
「入ってます」
「手付はいくらだ」
「100万円だそうです」
「いつ契約した」
「今日です」
「渋谷の物件かあ、織田様の好きな場所だな」
「金額はあのままか?」
「いえ、1000万円値下げしたそうです」
「手付は今日もらったのか」
「いえ、明日の朝持ってくるそうです」
「わかった、ちょっと待ってくれ」
「織田様、夜分申し訳ありません」
俺は瑠美子を抱いている最中だったが、電話を取った。
「8番に買付の注文が入ってます」
「ちょっと待って下さい」
霊体意識で脳内に表示させた。
「渋谷の物件ですね」
「はい、うちの新宿支店の扱いなんですが、今、口約束の段階で明日朝に手付が100万円入るそうです」
「それで?」
「はい、買付金額を1000万円上乗せして、手付も1000万円にして、今から決めに行きたいのですが」
「そうですか、よろしくお願いします」
「他の物件の手付が100万円では少なくありませんか?」
「そうですね、5000万円を10枚お願いします」
「わかりました。明日の午前中に持って行きます」
「それから、今日はもう寝るので、あとは飯田さんにお任せします」
「夜分、申し訳ありませんでした」
飯田が電話の先で平身低頭していた。
三友不動産新宿支店、支店長
「何い〜!渋谷に横取りされただと、ふざけるな!」
・・・・
「支店長、山根常務からお電話です」
「常務聞いて下さいよ、高山支店長のところに横取りされたんですよ!」
「ああ聞いてるよ、でも買い手の織田様は当社にとって大事なお客様様なんだ」
「高山も申し訳ないって言ってたよ、売上と成績を新宿支店で初めに決めた営業員の実績にしてくれって言ってたよ」
「勘弁してやれよ」
「それでな、実際には手付は支払われてないが、織田様が相手の方に申し訳ないって言って、手付倍返しでお支払いするそうだ、あとは上手くやってくれるか?」
「そうですか、わかりました。高山支店長には気にするな、て言って頂けますか」
「ああ、わかった」
「喧嘩するなよ」
「するわけないじゃないですか」
(成績が新宿支店に入るなら、全く問題ないぞ)
「渋谷の高山支店長からお電話が入ってます」
「はい」
「本当に申し訳ないない、営業員が勝手な真似をして、きつく言い聞かせたから」
「まあ、営業成績もうちの営業員につくからまあいいが、売主の方にも、買そびれたお客様にも俺から謝っておいたから大丈夫だ」
「ところで織田雄治ってどんなお客様なんだ?、
「うちとの取引は織田様が大学2年の20歳の時からだ。もう今の南青山マンションズに会社を持っていて、マンション15戸を即金で買付された」
「ローンなしでか」
「今、織田様は25歳だけれど、渋谷支店で800億円の不動産投資をする」
「この金額も凄いが、織田様曰く、証券取引が中心で不動産は趣味だそうだ」
「800億の不動産投資が趣味で証券取引が中心って、運用金額はいくらになるんだ」
「俺にもわからない。担当の飯田は、神様か宇宙人だって言ってるよ」
「会うと普通の青年だけどな、物凄く頭がいい、どこで勉強したのか、不動産投資の知識もうちの社員じゃ敵わないぞ」
「ああ〜、お前はいいよな、俺も織田様がお客様様だったらなあ〜」
「ああ、本当に運が良かったよ」
「うちは腹いっぱいだから、飯田に少し回すように言っとくよ」
「本当か?是非頼むぜ」
2人は同期入社だった。
飯田から南青山に電話があった。
「契約の日程の準備が整いました。9時〜12時、1時〜17時に1日7件、都合17日かかります」
「そうですか、11/22以外は大丈夫なので予定を組んで下さい。それとは別に、ビルの地下にフィリピンパブと会員制のバーを開きたいので、買付に合わせて準備してもらえますか」
「承りました、その道のプロに依頼します」
「それは助かります、費用は会社に請求して下さい」
「かしこまりました」
契約は1件1件行うので、面倒だが、11月20日に全てが完了した。
仲介手数料、登記手数料、一部のリフォームを入れておよそ750億円で済んだ。
今年の不動産投資は830億円だった。
先物取引の利益が順調なので、リリー 、瑠美子、麗子の月の給料を100万円にした。
不動産投資を加速させるので、女性事務員を募集することにした。
一般の大卒新入社員の給料が13万円だ。日当1万5000円、月間30万円とした。募集条件は、税理士試験科目の簿記論と財務諸表論の合格者、学業は最優先、年齢を22歳以下、税理士または会計士資格の合格後に月給60万円に昇給、女性事務員を若干名募集とした。簿記学校、会計士学校、求人情報誌へ募集をかけた。
大量の履歴書が送られてきた。朝、会社でコーヒーを飲みながら履歴書を見る。箱を2つ用意して、○、✖️ に分けていった。写真と現物の違いも考慮して、○を2割とした。○が10枚集まると、午前と午後に分けて5人づつ面接を行うようにした。
面接は5人並べて、瑠美子と麗子が行った。俺は2人の後ろで見ていた。一時面接で残すのは10人のうち、1〜2名だ。この段階で全体の2〜4%だ。これを10日行った。結果15人が残った。完全に俺の好みで10名に絞った。日当1万5000円で再度会社に呼んだ。ホワイトボードに会社の業務を書き込んで、瑠美子と麗子に午前と午後に分けて説明させた。俺の基準は、瑠美子と麗子に引けを取らないことだ。助平な俺の心はすぐに合格にしてしまうが、瑠美子と麗子の2人と比較するとかなり厳しい評価になる。2人がハイレベルすぎるからだ。
比較が難しいので霊体意識で見た。オーラで大体の知性と霊性がわかる。ただ俺は淫乱で少しMが好きなので、性に淡白なのはダメだ。紅茶のお茶くみを全員してもらった。歩き方や仕草が見たかった。俺への印象もチェックした。
10月のある日、合格した10人を呼んだ。見習い社員だ。会社がとたんに窮屈になった。早く広尾ガーデンヒルズが欲しかった。瑠美子と麗子には、会議費、交際費をいくら使ってもいいといった。毎夜、豪華なレストランやバーに連れて行った。1週間で随分仲良くなって、既に税理士資格保持者の2人に憧れているようだった。
11月に326平方メートルの広尾ガーデンヒルズに移った。かなり広く感じた。三井不動産に頼んでラグジュアリーな会社の間取りと家具の配置を頼んだ。そういう部署があるそうで、さすが手慣れたもんだ。
保有不動産が830億円、おそらくこの段階で1000億円くらいの賃貸不動産を保有したので、12人もいれば楽勝だろう。
82年12月中旬 五芝銀行本店 千田取締役
「重役、三友不動産の山根常務からお電話が入っております。
「繋いでくれ」
「千田です」
「俺だよ」
「わかってるよ、ビジネスマナーだ。何が俺だよだ」
「わかった、わかった、山根、、だよ」
「もういい、なんの用だ?」
山根と千田は高校、大学とずっと一緒のマブダチだ。
「お前んとこの業界って、各行が土地を担保に融資額を増やす競争になるそうじゃないか」
「山根、お前、よく知ってるな」
「バーカ、おせーんだよ」
「同級生で銀行に行った奴らが、うちにやらせてくれ(第一抵当をつけた融資)って俺んとこに言って来てるぞ。お前乗り遅れるぞ!」
「ところで、話ってなんだ」
「お前の管轄って渋谷は入っているか?」
「ああ渋谷支店があるけど、なんだ」
「うちの大事なお客様でな、織田雄治様と織田様がオーナーの有限会社ユージというのがあってな。織田様がうちが仲介した不動産に根抵当権をつけたいとおっしゃってるんだ。お前んとこの渋谷支店に口座があるそうだ」
(個人に有限会社かあ、小口で面倒だが山根の頼みだし面倒見てやるか)
千田は思った。
「織田様がな、渋谷支店で軽く扱われていると感じておられるんで、俺んとこに相談を持ちかけてこられたんだ」
「ちょっと待ってくれるか?」
千田は行内のコンピュータ画面で渋谷支店の織田雄治と有限会社ユージの画面を出した。有限会社ユージに預かり資産が920億円ある。個人と法人の資金の流れが大きい。次に帝国データバンクで有限会社ユージを出したがヒットしない。
「なぜ帝国データバンクに情報がないんだ」
※帝国データバンクには上場企業だけでなく、未上場の小さな会社の情報も入っている。会社の規模にもよるが、業種、貸借対照表、損益計算書、会社だけでなく代表取締役の指名、住所まで載っている。相当小さい会社まで網羅されている。
「有限会社で資産920億円は異常だ」
「なぜ支店から報告がないんだ」
「あっ悪い、続けてくれ」
「織田様はうちの仲介で今年1年間、正確には先月の1ヶ月でビルを120棟購入されているんだ。金額で850億くらいだ」
「それとな不動産の購入は借金じゃない、キャッシュで購入されている」
「この不動産に根抵当を設定したいと思っておられるそうだ」
※根抵当権も抵当権の一種で、上限額(極度額)を決め、その設定金額の範囲内であれば、何度でも借り入れと返済を繰り返すことができる。
「信じ難い話だな」
「この話、本当の事なのか?」
「こんな資金を動かせるのは上場企業くらいだぞ、それに銀行から借金するか、社債を発行するしかないだろう。当然金融業界に知れ渡ってるはずだ」
「なんで帝国データバンクのデータに載ってこないんだ」
「それはわからん、だがな来年の確定申告で法人税を納付すれば、国税庁の法人税納付ランキングに載るんじゃないか、そうなれば金融機関が取引を求めて殺到するはずだ。千田、乗り遅れるぞ」
「抵当権がついてない物件だ、第一抵当をつけられる、銀行にとってはのどから手が出るほど欲しい案件のはずだ」
「因みに不動産の所有者は織田様だが、年収はあっても課税所得はほぼない、会社に利益を振ってるんだ」
「織田様は会社の連帯保証人なっていて、会社で借り入れる際に担保として個人の不動産をあ当てるおつもりだ」
「お前んとこでやるか?、やらなきゃ他行に行くと思うぞ」
「なんでも、織田様の課税所得がないので、書類を提出すれば審査します、と言われたそうだ」
※簡単に言うと、子供が借金するのに親が連帯保証人になって、親の自宅を担保に供する。といえばわかりやすい。
「12月23日に渋谷の担当者との打ち合わせの予定だそうだ」
「わかった、山根、やっぱり俺たちマブダチだな、感謝するよ」
「大いに感謝してくれ」
五芝銀行渋谷支店
「支店長、千田重役からお電話です」
「川井でございます」
「お前、織田雄治様のこと、報告がないぞ!」
「えっ、不動産投資をしていることは存じておりますが。融資をお勧めしたんですが、一々抵当権を設定するのが面倒だとおっしゃられて、現金でご購入されています」
「あの〜、どういったことでしょうか?」
「あのなー、世の中、まだ人に知られていない情報に価値があることはわかるよな!」
「織田様はご購入された不動産に根抵当をつけるそうだ。その件で23日に来店される」
「はい、存じています」
「どう対応する予定だ」
「所有する不動産の登記簿、収益物件の賃料実績、個人の源泉徴収票3年分、会社の決算資料3年分を提出して頂き、支店で資料をまとめ上げて本部審査部に提出する予定です」
川井が説明した。
「織田様は120棟のビルを先月1ヶ月間で購入されたそうだ。会社の現在の預金額は920億円だ。120棟のビルの根抵当の申請は大変なので、当行の出方次第で他行に移すそうだ」
「借金なしで購入したということは、利益があったってことだ。来年には国税庁が発表する全国法人税納付ランキングに載る可能性がある。ここで織田様を他行に奪られてみろ、経営会議の議題に載せられて俺もお前も責任取らされるぞ!」
「いいか川井、根抵当を絶対にとれ、額は1000億だ」
「織田様の手を煩わせず、お前が全部やるんだ。織田様の機嫌をそこねるなよ。わかったな!」
「川井があんなバカ者とは、チャンスは待っててもダメなんだ。掴みに行くもんだ」
「何故分からんのだ」
電話を切った千田は憤慨していた。
12月23日、織田雄治が五芝銀行渋谷支店を訪れた。応接室に通されると、支店長と営業部長、総務部長の3人が待っていた。
・・・・・・
「話は伺っております。織田様のお手を煩わせることのない様、全て当行が責任をもって手続きを行いますので、どうかご安心下さい」
「簡単な委任状ですので、こちらにお届け印とご署名を頂ければ、全て私共でやっておきます」
「織田様、根抵当の上限額はいかほどにいたしましょうか」
「そうですね500億を考えているのですが」
「差し出がましいでしょうが、いっその事1000億ではいかがでしょう。ただの枠ですから、金額は大きい方が、もしもの時、便利かと思います」
「確かにその通りですね、では1000億でお願いします」
「承りました」
82年9月に見習い社員を10人採用したが、本採用するには俺の女になることが条件だ。彼女達もわかっている。瑠美子と麗子の待遇が金銭的に恵まれていることもある。彼女達の年齢は全員20歳だ。あと2年もすれば税理士資格が取れる。毎日顔を合わせていればオーラチェックで俺への気持ちはすでにわかっていた。全員の気持ちはOKだ。
瑠美子との別れが来ることはもうわかっている。瑠美子が理想とする結婚を、俺は受け入れることができない。俺のエゴなのは充分わかっている。俺が報いてやれることはお金しかない。
瑠美子が抜ける穴を埋めなければならない。だから早いが、見習いの10人の最終試験を行うことにしたのだ。
俺は履歴書の家族構成を見て、長く勤める可能性がある子で俺の好みの子から面接しようと思った。ニューオータニのスィートルームで、全員美味しくいただいた。結果は全員合格だ。
俺の女になったので、彼女達の給料を12月から月60万円に昇給した。
「すごいよ、うちの父さんの給料40万円だって、課長の父さんより多くなっちゃた」
20歳の女の子の給料が一気に60万円になって、みんなびっくりしていた。
「もう、私達、社長の愛人だね」
「あたしも、瑠美子さんみたいにフェラーリ欲しいな〜」
12月から瑠美子と麗子は日常の実務から少し解放させる。俺の代理人としての仕事してもらう。新しく愛人になった10人に仕事を少しづつ任せるようにした。
全員が俺の愛人になったので、人の目を気にせず、昼間の会社でいつでも好きに抱けるようになった。なんて不埒で品性の欠片もない男だと思う。でもお金があって、周りにいる人間の全てが愛人なんだ。俺は助平なんだと本当に思う。
12月の中旬、広尾ガーデンヒルズの受け入れ準備が整った。12月にボーナスを支給した。俺の部屋に瑠美子と麗子を呼んだ。
「いつも俺を支えてくれてありがとう。少ないが受け取ってくれ」
2人に1000万円札のブロックが2個入った袋を渡した。俺の代理人として何度も銀行に行っているので、袋を持った瞬間、何がいくら入っているのか2人には直ぐにわかった。
事務所のデスクに戻って、新たに愛人になった10人に100万円づつボーナスを渡した。
「えっ、もうボーナスをくれるんですか」
「こんなにくれるんですか」
「確定申告は自分でするんだぞ」
俺は言った。
「はいっ」
10人がニコニコして元気に答えた。
83年の1〜2月は株式相場はほとんど動かない、3月から上昇が始まるのだ。1、2月は今まで行けなかったリリーの実家に行こうと思っている。