日本の不動産開発案件
84年、シンガポールに本社を移転し広尾は支店にすることを報告に、三友不動産本社の山根専務を訪れていた。
「そうですか、シンガポールに本社を移転ですか、織田さんは思い切ったことをされますね。シンガポールはいかがですか?」
「国土面積が日本の淡路島程度のですから、政府が強力な外資導入政策を実施しています。金融・情報センターの機能強化とインフラ整備をしています。特に税金が非常に安いことが特徴です。相続税、贈与税、キャピタルゲインが非課税、所得税が約20%、法人税が約17%です。資本・技術集約型経済ですから、将来有望な国ですよ。日本は世界一税金が高い国ですから、移して良かったと思います」
「投資先はどのようにお考えですか?シンガポールですか?」
「いえ、当分は日本ですよ」
「それを聞いて安心しました」
82年に依頼していた軽井沢碓氷峠を見下ろす見晴し台付近の10万坪の土地と旧軽井沢倶楽部を見下ろす10万坪の土地取得が完了した。日本を代表する別荘地で一部の政財界の大物が集った地域が、東京24区と言われる一大リゾート地に発展する基礎が1990年台に揃うのだ。
霊体意識で記録を見ると、
上越新幹線は1982年の大宮〜新潟、1985年に上野〜新潟、1991年に東京〜新潟が開通する。
上越自動車道は1993年に藤岡IC〜佐久ICが開通する。
軽井沢ショッピングプラザは、1995年に開業した。
「山根さんに相談がありまして」
俺は軽井沢地域の地図を広げた。地図にはマーカーで土地が囲ってあった。
「田中角栄元総理大臣が発表した日本列島改造論に沿って新幹線と高速道路が計画されています。新幹線が東京から新潟、東京から長野、東京から札幌、高速道路は関越自動車道と上越自動車道が計画され工事が進んでいます。1990年台には軽井沢に新幹線と高速道路が通ることはご存知ですよね」
「ええ、存じています」
「これからお話しする事は会社の中でも秘密にして頂きたいのです。実はまだ計画を策定中の情報だそうですが、ロイヤルグループが駅前の南側にある軽井沢ロイヤルホテルゴルフコースを潰して、日本初のアウトレットモールを作る計画を立てているそうです。ロイヤル百貨店に店舗がある高級ブランドが売れ残り品を社内販売していた商品を割引価格で販売するそうです。値引されていなかった高級ブランドが割引価格で販売されるので訴求力があると思います」
「よくその様は極秘情報を入手できましたね。感服しました」
「私は軽井沢の街を一望できるこの土地、旧軽井沢ゴルフコースの上に位置する土地、100万坪を取得しました」
「ウッ」
山根が息を呑んだ。スケールがデカすぎる。
「この土地に軽井沢ロイヤルホテルを凌駕するリゾート施設を造りたいのです。自然と調和するホテルとレストラン街、ショップ街、アウトドアショップ、アクティビティを造りたいのです」
世界中の一流リゾートホテルの抜粋のイラストを見せた。
「この建造を山根さんにお願いしたいのです」
「光栄です。世界一のリゾートホテルを造って見せます」
「会社を設立する予定ですが、その社長を高山さんか、飯田さんにお願いしようと思っています」
「私ではダメなんですか?」
「山根さんは、三友不動産の社長になられる方だと思っています。この程度の会社の社長では申し訳ないじゃないですか」
「恐れ入ります」
山根は嬉しそうに頭を下げた。
「話は変わりますが、高山は取締役を解任されることになると思います」
「ええ〜、何故ですか?」
「高山が織田さんの店のベルママに熱を上げているのはご存知ですよね」
「ええ、まあ」
「外泊することも多く、浮気が奥様にバレたんです」
「高山の奥様は副会長の娘さんで、娘から事情を聞いた副会長が激怒されて、不倫をする様な男は会社の取締役に必要ないとおっしゃっているんです」
「今の会長はご高齢で引退間近と言われています。副会長に意見を言える者はいません」
「高山は未来を嘱望されていただけに残念です」
「辞めた後はどうなるんですか?」
「不動産業界も建設業界もうちの会社と取引がありますから、再就職は難しいと思います」
「高山が私に詫びを入れてきた時の話では、自宅はもともと副会長が資金を出しているそうですから、高山は無一文に近い状況で家を追い出されたそうです」
俺はシメタと思った。優秀な高山を前から部下に欲しかった。
「そうですか・・・・」
「あっそうだ、碓氷峠を見下ろす土地を10万坪も取得しまして、会社の保養所兼別荘を建てたいので、それも山根さんにお願いします」
「わかりました。織田さんは凄いですね」
「ところで山根さん、日本の不動産市況はいかがですか?」
「港区、渋谷区、新宿区が昨年比で25%上昇していると思います。その他の地区は5〜15%の上昇だと思います」
「織田さんが買われた地区の売り物件は小さいものしかありません。織田さんに紹介するような一棟建ての物件が出ても、既に転売目的で価格が釣り上げっています」
「湾岸エリアはどうですか?三友不動産さんは大川端の再開発事業を計画されていると思いますが?」
「これは驚きました。どうしてご存知なのか。財政再建のために東京湾の埋立地を再開発する計画を都が構想していまして、東京都の主導で79年に石川島播磨工業の工場跡地9万2000m2を住宅土地整備公団と買収しました。東京都は佃、新川地区を含めた330万m2の再開発を考えていまして、大川端はモデル地区にするそうです。おそらく着工は3年先くらいになると思います。今回は当社が計画に入れましたが、今後は東京都住宅公社や住宅都市整備公団が行うので民間が再開発に参加するのは難しいと思います」
「そうですか、貴重な情報を有り難う御座います。実は私が欲しい土地がありまして、山根さんにお知恵を拝借したいのです」
「はい、なんでしょうか?」
「坂東電鉄が保有して遊休地になっている多摩川遊園地の土地を買収できないかと思っています。土地面積が2万5200m2、7600坪の土地です。1坪150万円として約115億円の土地です」
・・・・・
「慎重に行くべきでしょうね。坂東グループの総帥は日本商工会議所副会頭の坂東氏です。坂東氏の盟友は政財界のフィクサーや歴代総理大臣を友人に持っています」
「山根さんなら、どうアプローチしますか?」
「そうですね。・・・・下手なコネや紹介は通じない相手です。・・・なぜ買収したいか、買収した後にどの様に再開発したいのか、それは坂東グループにプラスになるのか、正々堂々と誠意を持ってお願いするしかないでしょう」
85年、赤坂のとある料亭、俺はある人物を待っていた。
「お付きになりました」
俺は下座の席で座布団を脇に置いて土下座をして坂東氏を迎い入れた。
坂東氏は現役バリバリの経済人、昨年日本商工会議所の会頭に就任している。長男の哲氏37歳、坂東建設専務兼坂東電鉄取締役を伴っていた。そして総帥の秘書を伴った3人が部屋に入って来た。
「待たせたね、織田君」
「とんでもございません」
「まあ、顔を上げてくれたまえ、君、若いねー。今何歳だ」
「28歳です」
「そんなに恐縮しなくても構わんよ、君は我が社の筆頭株主じゃないか」
東京の地価の上昇が始まっていたので、投資先を東京に土地を保有する上場会社の株式取得にシフトさせていた。坂東電鉄は多くのグループ企業持ち、有望な不動産を多く保有していた。当時の時価総額は5000億円程度で、雄治は1000億円、25%の株式を保有していた。
「織田君の趣味は株と不動産で合ってるかな?」
「はい、その通りです」
「それでなんで多摩川園の土地が欲しいのかね?」
「専門家を前にお話しすることをお許し下さい。多摩川遊園地は坂東都市線と坂東太田線が交差し、渋谷へ通じる国道が通っています。既にデパートと専門店街のS・Cがあり、周辺の高級住宅地の住民が購買層として利用しています」
「都市と緑が調和するこの土地にショッピングセンター、オフィスビル、タワーマンションを含む複合施設を創造し所有したいと思いました」
「これが私が考えた完成予想のイラストです」坂東親子が食い入る様に見つめた。多摩川遊園は坂東グループのお荷物になっていた。
「坂東にメリットがあるのか?」
「総合プロデュースと全ての施設の建設は坂東建設、商業施設の運営は坂東デパート、スーパーは坂東ストア、オフィスビルの運営は坂東不動産、タワーマンションの販売は坂東不動産を考えています」
「全ての資金を私の会社のODA.HDが負担して、その器を用意します」
「完成の暁には坂東グループに運営をお任せします。私には家賃を頂ければ結構です」
「いいだろう、織田君は我が社の大株主だ、我が社の発展は織田君の利益にもつながる」
「今土地の価格はいくらだ」
坂東会頭が聞いた。
「坪200万円くらいかと思います」
長男の哲坂東建設専務が答えた。
「ざっと150億円です」
秘書が補足した。
「織田君、150億でいいかね」
「はい、よろしくお願いします」
「よし、哲、俺は用事があるから退席するが、あとはお前に任せる」
「織田君、哲と上手くやってくれ、俺にとってはその方が興味があるな、それじゃあ失礼する」
「本日はお時間を頂き有り難うございました」俺は土下座をして礼を言った。
そのあとベルのアイリッシュバーに哲さんと飲みに行った。事前に連絡して三友不動産の山根専務に来てもらった。坂東建設は中堅の建設会社だ。三友不動産は発注元で日本一のデベロッパーだ。そこの専務が来ていたのだ。哲さんは緊張して恐縮していた。哲さんは俺よりも8歳も年上で大学の先輩になる。いい関係が持てそうだ。
多摩川テラスは88年着工で96年、未来の現実よりも20年近く早く完成した。