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フィリピンODA.LTD

 少し遡ること82年12月中旬、フィリピンから東京に戻る直前。

 夕方、不動産屋のDCMIのロジャー課長に挨拶に行った。マニラ市内の不動産についての情報だ。

 ロジャーが市内の大きな地図を持ってきた。当時はまだ一部の場所しか開発されていなかった。地図に青と黄色と赤のラインマーカーで囲ってあった。 

「この色は何ですか?」

「青がDCMIが地上げした土地、黄色が地上げ予定地区、赤が開発断念した地域です」

 開発するにあたって建設されるオフィスビル、ショッピングモール、ホテルが地域ごとに完成予想図まで出来上がっていた。あとは実行に移すだけだと思われた。

「何故これを俺に見せたんですか?」

「この計画の責任者は会社の重役です」

「でも、実際に地上げをしたり、業者との取りまとめをしていたのは私です」

「こういう大きな開発計画には大きな資金がかかります。そこには当然大きな賄賂が絡みます。私も少しもらおうとしたのがバレましてね、左遷されたんです。重役が賄賂を独り占めするために邪魔な私を左遷したってわけです」

「この計画を一番知っているのは私です」

「何故計画が進んでいないんですか?」

 俺は疑問を口にした。

「ギャングですよ。金を使って立ち退かせた土地にギャングが入り込むんです」

「また金を使って立ち退かせる。暫くすると別のギャングが入り込む」

「いつまで経っても土地が空かないんです。おそらく別のデベロッパーがギャングを雇っているんです」

「土地はほとんどゼロみたいに安い土地です。ギャングに居座られた土地の所有者は、地代が入らないのに税金はかかりますからね、引き取って欲しいと思っている土地所有者も多いいんです」

「織田さん、一緒にやりませんか?私には、ちょっと手数料を頂ければいいんです」

 俺は霊体意識でロジャーを見た。嘘は言ってないようだ。

「会社から計画を横取りしても大丈夫なんですか?」

「今、計画が停止してますから、案件を取られる方がバカなんですよ」

「いいでしょう。土地の地上げをお願いしますよ。開発はその後に考えます」

「フィリピンODA.LTDが設立してからですね」

「あの〜、地上げの費用なんですが」

 ロジャーが言った。

「来年、早めにフィリピンに来ますよ」


 ロジャーからの提案を吟味した。

 海外からの投資に規制が少なく、税率が低く、労働人口が増加する国、できれば親日国、これらの条件から導かれる投資先は、香港、シンガポール、マレーシア、になる。税制面ではシンガポールと香港が低い。早いうちにシンガポールに本社移転を実施しまければならないと思った。後の中国の経済発展は凄まじいが資本規制が厳しいので、中国に結びつきが大きい香港が魅力的だ。国際金融セクターとして、香港、シンガポールが位置する。ただし土地が狭いので大規模開発ができない。オフィス需要が見込める商業ビル投資をしたいと思った。

 だが、1980年代これらの国よりも世界で最も過激に経済成長した国が、我が国日本だ。1990年まで何をさておき投資は日本に集中すべきだ。売却する事を前提にすると、5年以上保有の長期譲渡益課税を適用するには、不動産投資は84年までに終わらせなければならない。90年以降は不動産が大暴落するからだ。

 上述の国の中にはフィリピンは入っていない。人口が1億人近くあり、長期的に労働人口が増加し、英語圏でもあり、知られていないが資源国家だ。条件は整っているが海外からの投資を抑制している。だから緩やかに安定的に成長する。インドネシアやマレーシアには経済成長面でも税制面でも劣る。

 ロジャーの提案は見かけは素晴らしいが、2024年現在でも国民所得が低く購買力が乏しい。ビジネスとして成り立つのは外国旅行者を対象としたカジノ関連であろう。この国のカジノは国営で民間は許されていない。1980〜2000年まで、ロジャーのいうショッピングモールは国民の購買力が少ないので難しいと判断した。フィリピンの観光省が2005、6年頃、国営のカジノを民間に開放を始める。経済成長のため政府が国営から民間へ舵を取るのだ。投資をするならばその時にしょう。

 

 83年1月、リリーとナンシーとルーシーを連れてフィリピンに行くことにした。ゴーゴーバーを開こうと思うのだが、そこで働いていたナンシーとルーシーを連れて行くことにした。羽田からマニラまでJALのファーストクラスを利用した。

 羽田空港出発ロビーを歩くと、行き交う人達の視線が集まった。スーパーモデル級の3人が歩いているのだ。そしてその視線が俺に向く、どんな男がこんな美人の3人を引き連れているのだろうと男達が俺の方を見ると、やっぱり事務所のマネージャーなんだと納得しているようだった。

「はあ〜、どうせ俺はマネージャーにしか見えないよな」

JALファーストクラスラウンジ

「ユージ兄様、お寿司たべた〜い」

「食べた〜い、お腹すいた〜」

 ナンシーとルーシーが言った。

 ファーストクラスラウンジには、ビュッフェコーナー、寿司バー、バーラウンジコーナーがあった。

「後で機内のフルコースがあるから我慢しような」

 一番奥にバーラウンジがあった。俺の横にはリリーが、目の前にナンシーとルーシーが長い脚を組んで座った。

(いい女だよな)

 ウェイターが来て注文をとった。俺は焼酎の森伊蔵、3人はカクテルにした。

「それでね、・・・・」

「ええ〜〜、ウッソ〜・・・」

「ギャハハハ」

「ヤッパリ〜」

「笑える〜、ギャハハハ」

 ナンシーとルーシーの声がデカい。フィリピンパブやバーの出来事を話していた。

「お前ら、声がデカいぞ!」

 俺が注意した。

「そしたらね」

「ウンウン」

(見た目はいいんだけどな〜)

「リリー、2人は店でどうなんだ?」

「初めはヘルプで入ってたんだけど、すぐに指名が入るようになったそうよ」

「美人で明るいから、お客様の受けがいいって」

「今、ルルが店では1番だけど、日本語を覚えればすぐにどちらかがトップになるって言ってたわ」

「そうかもな、美人で明るいのは確かだ」

「ナンシー、ルーシー、店に出てどうだ?」

「すっごく楽しいよ」

「いっぱいお酒飲ましてくれるし」

「日本人って紳士よね、触ってこないし」

 リリーによると、2人とも毎日指名が入って、お客様同士で奪いあっているそうだ。自分の飲みたい高い酒をお客様にねだってボトルを入れてもらって、本人達から見れば飲み放題で上機嫌で騒いでいる。お客様はアルコールで酔いつぶしてアフターでホテルにでも連れ込みたいところだが、2人とも酒豪だからそれは無理だ。アフターはベッキーが上手くお客様の誘いを断っているそうだ。

 パブが終わるとベラがいるガールズバーに2人して行って、客とふざけ合って騒いでいる光景が脳裏に浮かんでくる。その後幹部の集まるジャズバーに行って宴会だ。ジャズバーも可愛い女の子達が来るから、それ目当てで来るお客様が増えて連日満席とのことだった。2人が演技ではなくて、飲んで騒いで遊んでいるだけに見えた。

「2人が楽しければ俺も嬉しいよ」

(2人にとって、この職業は天職かもな)


 フィリピンのリゾートホテルのスィートルームに不動産屋のロジャーが女性社員を伴ってやってきた。コンドミニアムの所有権登記簿とフィリピンODA.LTDの法人登記簿を持参してきた。会社住所のコンドミニアムの内装工事は1ヶ月で終わるそうだ。ロジャーの提案については保留にしてもらった。決定しているのは首都マニラの歓楽街の商業ビル、アパートメント、ホテルへの投資だ。

 ロジャーの手配したハイヤー2台でマカティ地区のパーゴストリートに行くと言うことだった。マニラの首都を見てみたいので案内をしてもらった。パーゴストリートはいかにも貧しい地域で、昭和20年代後半の日本のようだと思った。密集したボロい木造の一階建てが道の両側に建っていた。道端に食べ物の出店がチラホラあった。歩いている住民も粗末な衣服にゴムのサンダル履きだった。首都で駅も近いのに貧しいんだなと思った。ただ10階建てのビルも少しはあった。驚いたのはすぐ近くに広い敷地を持つ大学があって、整備された道路の両側に街路樹が植栽されていた。文化施設もあるそうで、歓楽街のすぐそばとは思えない風景だ。歓楽街と広い大学の敷地は並んでいるような位置関係で、その北側に大きな河が流れていた。河に冷やされた風が北側から常に吹いていて涼しく感じられた。

 首都にあって、空港にも港にも近く、整備されて大学、公園、病院、ホテル、そして男性天国の歓楽街、その上北側に運河のような河からの風で比較的涼しい。俺がビジネスマンとして赴任したら、この場所にタワーマンションがあったら最高だと想像してみた。もう日本には帰りたくないと思うに違いない。俺の不動産に対する所有欲が湧いてきた。俺の趣味でコレクションにしたいと思った。

 ロジャーの紹介で、マカティの不動産屋兼女の子の斡旋もしているボビーのところにきた。

「お前達、この頃見ないが、いい男でも見つけたのかい」

 ボビーがナンシーとルーシーを見て言った。

「そうなのよおじさん、私達の兄様なの」

「初めまして、ユージ・オダです」

「にいちゃん、モテモテだね」

 ボビーが笑って言った。ナンシーとルーシーは超売れっ子でこの界隈で有名人だったそうだ。

 ボビーにゴーゴーバーとホテルを開設したいと相談した。

「この辺で商売がしたければ親分にお伺いしないとダメだね、親分への紹介料をくれるかい?」

 ボビーの案内で、入り組んだ道を歩いて奥の3階建てのコンクリートの建物にやってきた。ビルの中には入れ墨をした人相の悪い男が、ビルの入り口、ドアの扉、部屋の中と、警備が厳重なのがわかった。入ってきた客への威嚇の意味もあるのだろう。リリー達はボビーの店で待ってもらった。ロジャーもここに来るのは初めてのようで、緊張しているのがわかった。俺はいつでもこいつらを皆殺しにできるので、偉そうに威嚇してくる汗臭い男達が鬱陶しいかった。

「あんたが、ここで商売したいのか」

 ここの歓楽街の親分が言った。

「ボビーから話は聞いた。2階建てならいいだろう。土地はこちらで用意する」

「立退料が必要だぞ」

「毎月の地代(みかじめ料)も払ってもらう」

「わかりました。うちの会社の代理人のロジャーです。彼と細かい打ち合わせをして下さい」

「ああ、わかった、うちのボビーとやってくれ」

「ところで、武道の道場をゴーゴーバーの2階でやりたいんだってな」

「はい、空手です」

「空手かあ、どんなやつなんだい?」

「これをお借りしていいですか?」

 俺はボスのテーブルの上にある栓を開けてないビール瓶をボスの目の前に置いた。

「シュンッ、パリン」

 軽く手刀でビールの栓を飛ばし壁に当たった。

「どうぞ」

 俺は親分にビールを注いだ。

「大したもんだ、凄いな空手って」


 ボビーによると、一番流行っているゴーゴーバーとホテルは親分の組織の直営だぞうで、競合店は造らせないとのことだった。 

「ロジャー、あそこのギャングはどういう組織なんだ?」

「さっきの親分は暗黒街のボスの手下で、暗黒街のボスは他にもあるフィリピンの歓楽街を支配しているんです」

「誰も文句を言えません、絶対に敵にまわしてはダメな存在です」

「政財界の大物に女を斡旋して賄賂も送っているから、警察もあてにできません。何かあれば、あちら側につくでしょう」

「だから逆らってはいけませんよ」

(なるほど時間がかかりそうだ。政界を抱き込む必要がある)

 あのギャングどもを排除する方法がすぐには思いつかない。俺の理想とする店ができないことがわかってしまった。ロジャーに依頼した再開発の中のホテルに一流バーを開いて、日本商工会議所を通してフィリピンの政界への接点を作ることしか思いつかない。 

 ということは、日本人のビジネスマンを対象にした家政婦の斡旋を優先させて方が良さそうだ。ロジャーに行って商業ビルを購入したい旨を伝えた。

 翌日、ロジャーの紹介で売りに出ている物件を車で見て回った。売りに出ている商業ビルはどれもボロくて古いものばかりで、アパートメントもボロかったが、歓楽街に比較的近い場所にあった。建物は建て替えればいいので利便性を重視して購入した。八島達の住む場所がないので、コンドミニアムを多めに10戸購入した。ルルはリリーの会社住所のコンドミニアムが600m2と広いので、呼んでそこに住まわせることにする。

 法律事務所と会計事務所を回って顧問契約を行なった。代表取締役社長のリリーがサインした。

 ゴーゴーバーと道場の建設には既存の建物も取壊した後に新たに建設するので、土地取得を含めて3年くらいかかるそうだ。また歓楽街にラブホテルとアパートメントを建設するする土地を購入する事、つまり地上げをロジャーに依頼した。

 俺が一番欲しいと思った大学近くの土地を広く取得したいのでロジャーに依頼した。ロジャーはデベロッパーの課長を勤めながら個人会社を設立していた。ナンシーとルーシーの話によると、連れてきた女子社員はロジャーの元部下で愛人だそうだ。

(ロジャー、君もなかなかやるね)

 大学近くの土地には、できれば200メートル以上の高層のアパートメント、ホテル、敷地内に公園(地下には駐車場)を建設したいので、少なくとも2万m2以上の土地が欲しかった。


 フィリピンの日本商工会議所の歴代会頭は三友物産のフィリピン支社長が就任している。支社の場所も同じマカティ地区にあるので、ご挨拶に伺った。アポなしだったが、会頭は同じ日本人として快く対応して下さった。再開発の際には是非、お手伝いをさせて下さいとの良い返事を頂いた。


 リリーとナンシーはフィリピンの実家に一度帰る事にした。マリー母さんに自動車を買ってやる約束をしていたからだ。それと弟のウィルが勉強ができるという事なのでアメリカへ留学させることにした。ちなみにジョージパパとマリーママをリリーの会社の社員にして、バイクと自動車関連を会社の経費にした。パパとママにも社員として給料を払うことにした。

 リリーとナンシーはフィリピンODA.LTDの仕事が終わるまでフィリピンに残る事にした。再開発の土地購入などの売買契約やら仕事が多いいので、それまで2人はコンドミニアムの会社で駐在することになる。

 俺はルーシーと一緒に東京に戻った。

 購入したコンドミニアムの数部屋を会社の事務所に使うための内装工事とオフィス家具の設置が終わった。また、採用した女の子達の一時的にな宿舎としての部屋の準備も終わった。

 俺はルルをフィリピンへ派遣した。マニラ空港に着くとリリーとナンシーが迎えにきていた。

「リリー姐様、お久しぶりです。わざわざ迎えに来て下さり、ありがとうございます」

 ルルが頭を下げて言った。

「よく来てくれたわ、待ってたのよ」

 リリーが言った。

「ナンシー、元気そうね」

 ルルがナンシーに言った。

「はい」

 ナンシーはリリーの秘書になっていた。

「荷物をお持ちします」

 運転手がルルから荷物を受取り、カートに載せた。アメ車のリンカーンだった。リリーが自分の会社で車を購入して、運転手も雇っていた。

 コンドミニアムに着いた。

「リリー姐様、凄いところに住んでいるんですね」

「ユージが買ったのよ」

「好きに使っていいと言いわれてるの、ルルもここに住まわせろって、だから当分3人一緒よ」

(やっぱりボスは凄いんだ、ボスの女になって本当に良かった)

ルルは思った。ルルの実家も貧しくて日本に出稼ぎに来ていた。ルルが目にしたことのない富豪が住んでいるところだ。

(いや違う、リリー姐様が富豪になったんだ)

 当日の夜、キッチンで3人の宴会になった。出てきた食事は日本で食べていたものだった。料理人として日本に出稼ぎに行っていた男をリリーがシェフとして住み込みで雇ったのだ。

「シェフのビリーよ」

「宜しくお願いします」

 ビリーが日本語で挨拶してニッコリ笑った。

「宜しくね、ビリー」

 ルルが日本語で返した。

「ビリーには、あたし達が食べたい物を作ってもらうわ、寿司とか懐石料理とかビリーが苦手な分野は日本から職人を連れてくるつもり」

「あたし達が納得した料理ができたら、お店を出させて上げるつもりよ」

 リリーが言った。

「社長、頑張ります」ビリーが頭を下げた。

 翌日、歓楽街の斡旋屋のボビーのところに、リリー、ナンシー、ルル、ロジャーが訪問していた。

「ボビー、おはよう」

 リリーが言った。

「おはようございます、社長!」

 ボビーはリリーの会社の社員になっていた。表向きは斡旋屋でギャングの子分だ。フィリピンでは暴力の力は強いが、最も強いのは“金の力“だ。一々女の子達の斡旋のたびに手数料を払うのが面倒なので、リリーがいっそのことボビーを社員にしてしまったのだ。ボビーは歓楽街の汚い宿屋を住居にしていたが、リリーが近くのアパートメントを購入して無償で貸し与えたのだ。ボビーはリリーから離れられなくなった。アパートメントを社員用の社宅としただけのことで、リリーにとっては簡単なことだった。

 ボビーの事務所でリリーがルルを紹介した。会社での役職はボビーとロジャーが課長、ルルは次長になるのでルルに対しては敬語を使う様命令した。

「歓楽街の土地はどうなってるの?」

 リリーが聞いた。

「ボビーの話をよく聞いてみると、土地を購入できるのではなくて使用する権利ということだそうです」

「フィリピンの歓楽街の土地は、ここの親分の上司の暗黒街のボスの所有地だそうです」

 ロジャーが答えた。

「それじゃあダメじゃない」

“歓楽街への投資は一旦白紙にしろ”俺は念話でリリーに指示を出した。

「歓楽街への投資は一旦白紙にします」

 リリーが言った。

「大学近くの再開発予定地の地上げはどうなってるの」

 リリーがロジャーに聞いた。

「2、3ヶ月以内のこちらの地域の買付ができる予定になっております。これで予定地の3分の2が買付が完了しますが、残り3分の1が難航しております。住み慣れた土地で離れたくないそうです」

「ロジャー、あなたの本職でしょう?何やってるのよ!」

「申し訳ありません」

「住民の一軒一軒の要望をリストにしなさい。曖昧な報告は許さないわよ」

「はい社長、申し訳ありません」

「いい!、金が欲しいなら金を与えればいい、住み慣れた土地を離れたくないなら、住みたくなる様な代替地を用意すればいいの、それでもダメなら相手の急所を攻めるのよ!」

「そんな事、分かりきったことでしょう!」

「次はちゃんとした報告をしなさい」

「社長、申し訳ありません」

(ただの美人じゃない、この人はきっと大物になる!俺も気合いを入れるぞ)

 ロジャーは心に誓った。

(ああ〜、俺が念話でリリーに指示を出してるんだけどな、リリーの評価が上がるからいいけどな)

 俺は思った。

 ルルはボビーとの打ち合わせのために残して、リリーはナンシーとロジャーを伴ってフィリピンの日本商工会議所会頭の三友物産の支社長を訪問していた。

「お忙しいところ、お時間を頂きまして有難うございます」

 リリーが頭を下げた。

「ミセス・オダ様、今日はどういったご要件でしょうか」

(ミセス・オダ? まあ通称ならいいか、リリーだしな)

 俺は思った。

※リリーは弁護士に命じて代表取締役の氏名をRIRRY.ODA(フィリピンでの氏名は、名前.母親の姓.父親の姓又は夫の姓となる。ここではあえてリリー・オダとします)に変更させていた。これに伴い自身の住民登録もリリー・オダにし、これをいいことに健康保険証とパスポートもリリー・オダにした。さすがに戸籍まではそのままにしておいたが、世界中どこに行ってもリリー・オダで通じることになった。

「今日は2つのことをお願いをしに参りました」

「これはまだお話しするには時期尚早ではありますが、アテネオ・デ・ダヴァオ大学付近の土地の再開発を進めております」

 リリーがアパートメントとホテル&ビジネスの2棟のビルの完成予想イラストを見せた。

「現在3分の2の土地を購入済みですが、来年には土地の取得が終了します」

 ロジャーが額に流れる汗をハンカチで拭いた。

「運営は三友不動産にお願いする予定ですが、建設の取りまとめを三友物産さんにお願いしたいのです」

 三友物産の小川支店長は予定地域の地図を見た。建設予定地とは別に隣接する広大な土地に別の色のラインマーカーが引かれていた。

※大学の北側の広い土地は、 2001年にパシッグ川沿いに出来た高級住宅街と商業施設の複合コンプレックスRockwellロックウェル地区になっている。その中で一際目立つショッピングモールPower Plantパワープラントは、4フロアーの中に、高級ブランドショップ、フィリピンの若手デザイナーをフューチャーしたエリア、ブックストアー、ボウリング場、映画館、スーパーマーケット、レストランなどが、軒を連ねる。

 ユージは未来に誕生する洗練された街の景色を確認して、今のうちに土地を取得することに決めた。


 支社長の小川はフィリピンの支社長の赴任が決まった時、自分の出世はここで終わりだと思った。フィリピンは鉱物資源が豊富だ。金の産出量は世界27位だ。その他に銅、ニッケル、クロムが産出する。あまり知られていないが、フィリピンは実は埋蔵する地下資源の豊富な国だ。 潜在的な埋蔵量は金が世界第3位、銅が第4位、ニッケルが第5位だ。資産価値に換算すると1.32兆豪ドル、100兆円を超えるような巨大な資産を有している。そしてその多くがまだ未開発なのだ。権益確保に日参しているが、古くからある財閥企業があってなかなか権益を確保できないでいた。今ある権益は先輩方が苦労して勝ち取った物だ。しかし、その先輩方も結局は本社に残れず関係会社に異動になっていた。

 本社の月一回の経営会議では、並いる重役が座る大きな会議テーブル、その周りの壁に椅子が並べてあり、本社の各部長が座っていた。小川はフィリピン支社長ではあるものの隣の別室で待機していた。毎月カバンに資料を詰め込んでいたが、経営会議の部屋に呼ばれたことはなかった。小川は虚しかった。

 完成予想図のイラストを見た小川は、おそらく建築費の総額は日本円で300億円くらいだろうと思った。ラインマーカーが引いてある地域を含めればとんでもない金額の再開発の計画だ。

「分かりました。建設の折には当社が全面的にバックアップします」

「ありがとうございます」

 リリーが微笑んだ。(よし、餌に食いついた)

「実はもう一つお願いがあります」

「私が日本から帰って一番に欲しかった物があります」

「水洗トイレと網戸です」

「もう何としても欲しいと思いました」

「確かに私もそう思います。仕事柄、世界各国に行きましたが、アメリカでも、イギリスでも、水洗トイレと網戸がないんですよね」

「ですので、水洗トイレの施行・取付、網戸付きのアルミサッシの取付、施工会社を作りたいのです」

「水洗トイレには電気工事が必要ですし、フィリピンに窓の規格はないし、アルミサッシを設置するには窓枠の設置工事が必要です。水泳トイレの輸入、アルミサッシの輸入、倉庫、工場、販売会社も必要です」

「雇う人員の手配、社員寮,市場調査、マーケティング、販売戦略、こういった何でもできる総合力のある三友物産さんしかできない仕事だと思いまして、お願いにあがりました」

「いやー、大層な評価を頂きまして恐縮です」

「確認なんですが、私どもは総合コンサルタントで宜しいでしょうか?」

「その通りです」

「リスクはオダ様の会社で請け負って頂けますか?」

「もちろん、そのつもりです」

「コンサルタント料なんですが、どの様にお考えですか?」

「どのくらいの規模のビジネスをお考えですか?」

 小川がリリーに質問した。

「小川支社長さん、マーケティングと販売戦略の提案はコンサルタント料に入るのですよ。御社の提案がどれほどのものか、見せて頂いてからお答えします。コンサルタント料はその時にご相談させて頂きます」

「ミセス・オダ様、様々な角度からの経営戦略を提案することをお約束します。できましたら、着手金を頂けますか?」

「いいですよ、ただし御社の提案書を見て判断させて頂きます。提案書の作成にも費用がかかるでしょうから、とりあえず日本円で2000万円、8万ドルをお支払いします。」

「確認したいのですが、小川さんはフィリピンの日本商工会議所の会頭ですので、フィリピンの大統領を含めた閣僚や財界人とも面識がおありのはずです。それらのフィリピンの実力者に商品を勧めることができますよね。それらの方々に水洗トイレと網戸を無償で提供します。それら実力者のコネを使って、デベロッパー、住宅建設会社に納入するよう働きかけてもらいたいのです」

「いやー、そこまでお考えでしたか。提案書に盛り込むつもりでしたが、先に言われてしまいました」

「分かりました、できるだけのことをやります」

(OKだ)俺は念話でリリーに伝えた。

 金を払う注文者と請負者の関係になった。フィリピンODA.Ltdが三友物産のお客様になったのだ。

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