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霊体離脱

 都内総合病院のガン病棟、廊下には配膳車が数台置かれていた。既に朝食は運ばれていた。若い看護婦がナースセンターに程近い個室の前まで行き、立ち止まった。軽く息を吐いて気合いを入れた。私はプロなんだ。笑顔を数回練習してから引き戸を開けた。

「おはようございます。今日もいい天気ですよ」

 看護婦が窓のカーテンを開けた。直射日光が入らないようにレースのカーテンは閉めたままにした。

「本当にそうだね」か細い声で織田は呟いた。

 胃を全部摘出して点滴で命を維持している。カーテンの僅かな隙間から陽の光が差し込んでいるが、光の粒子を含んでキラキラと流れ込んでいるのが見えた。“俺も、もうそろそろだな”。入ってきた若い看護婦の切ない憐憫と笑顔を絶やさないようにする彼女の感情が、手に取るように自分の心に流れ込んできた。

「今日はいい天気ですから、ちょっと外に日向ぼっこしに行きましょう」

 看護婦が苦労して俺を車椅子に乗せて、病院の敷地内の小さな花壇まで連れて行ってくれた。

「おおおおー」

 光が目に映る全ての物に、生命が宿る樹木、花々、人間、犬、それぞれが固有のオーラを発していた。オーラには色彩と密度の違う層があり、植物よりも動物の方が層の数が多く見えた。

(オーラを発している中心の塊が魂なのだろうか?)

 様々な色彩のオーラ、その構造はわからないが、光の粒子を含んでいた。光の粒子は生命だけにあるのではない。大気の流れである風がそよげば、キラキラ光る風が空に流れていた。そう空気にも、石のような物質にも少量の光の粒子を含んでいた。この光の粒子は、天上の太陽から燦々と太陽光線とともに降り注いでいた。

 「この世界は、光に満ちていたんだな・・・・」

 織田は、感動に震えて涙が溢れ出ていた。

 

 オーラを見ることが出来るようになってから、他人のオーラに意識を向けると、その人が何を考えているのか、感情、生きてきた軌跡を、言葉で表現しにくいが、立体的に把握出来る様になってきた。即ち、誰も俺に嘘つく事が出来ないのだ。

 

 一日中何もする事がないので、空気中に漂っている光の粒子を動かし続けていた。意識その物にもエネルギーがあり、意識で光の粒子を動かす事が出来た。

 面白くなってきたので、意思の力で物を動かしたいと思った。しかし、“意思”をオーラの延長線上にあると意識して動かそうとしてみたが、透り抜けてしまった。一日中頑張ったが、全く動かすことが出来なかった。


 数日後、ベッドに備え付けてあるテーブルの上に置いてあるプラスチック製のコップの表面にそっと意識を近づけると、表面のほんの僅かな感触を感じられる様になってきた。気を抜くとコップをすり抜けるしまいそうで、表面に触れている状態をキープしながら、表面の内と外に意識をほんの僅かに動かして、物質の中と外との違いを感じとれるようになるまで、何度も試行錯誤しながら行った。

(あっ感じるぞ)

 分子とかそういう物質ではない“何か”を感じとれた。

「やっと出来たぞ!」

 物質の中にある”何か“を、オーラの中にも存在する同質な“何か”を使って動かしてみた。少しだが、動いた。

「やったぞ!」

 織田は小さな掠れた声で叫んだ。練習を何度も何度も繰り返した。数日後、コップを自由に動かせる様になった。

 超能力者によるスプーン曲げがテレビで放映された。自分でもスプーン曲げに挑戦してみた。出来たのである。念動力で硬いステンレスを力で強引に曲げたのではない。スプーンの首の部分を親指と人差し指で摘んで、曲がれと念じてこすっていると曲がった。曲がった部分が軟らかいステンレスになっていた。曲がれと念じたことで、物質の中にある“何か”に作用して、硬く結びついた物質の分子の結合が壊されて、軟らかいステンレスになったのではないかと思った。

 試したい事があった。自分の身体に巣食うガン細胞への攻撃である。ガン細胞はもの凄いスピードで増殖するので、それ以上のスピードで壊す必要がある。ガン細胞を壊すことができれば、これ以上の病気の進行を止めることができる。スプーン曲げの応用でガン細胞を壊すことができる様になった。


「織田さん、奇跡ですよ。ガンの進行が止まって、小さくなっていますよ!」

 担当の若い医師が笑顔をいっぱいにして、朝から診察にやってきた。

「私が織田さん個人用に調合した抗がん剤が効いて、免疫力が高まったんです。いやー、本当に良かったです」

「今後の医学の発展のためにしっかり記録しましょう」

 担当医が自慢げに心なしか胸をはっていた。

「良かったですね、本当に」

 いつも世話をしてくれる若い看護婦が、涙ぐんで励ましてくれた。

(ちょっと違うんだけどなー、喜んでいるから、まあいいか。本当の事を話しても、どうせ信用されないしな)と俺は思った。


 ガンの進行が止まったのはいいが、摘出して無くなってしまった胃や短くなった小腸・大腸は戻ってこない。腹の筋肉も開腹手術で切られてから、力が入らない。1人で身体を起こせなかった。


「よし、霊体離脱するぞ」

 俺は小さく掠れた声で気合いを入れた。 自分の霊体で物質の身体から押し出すようにして、少しずつ霊体を身体からずらしてみた。何回か繰り返した後、霊体が肉体から上方にすっと抜けた。痩せ細っていても酷く重い肉体から、霊体の身体は空気のように軽くなったと感じた。

(できた!案外簡単じゃないか!コップを動かすよりもずっと簡単だぞ)

「ああそうか、そもそも俺は死にそうな状態なんだっけ、霊体離脱なんて、いつ起きてもおかしくなかったんだ」

(さて、どうしようか。東京の空でも遊覧飛行でもしようか)

 俺は病室の窓をすり抜けて300メートルくらいの上空に移動した。

「おっ、東京タワーだ、よし行くぞ」

 病室のベッド上で動けない身体から解放されて、ジェット機の2倍くらいのスピードで飛ぶ。

「なんて自由なんだ」両手を拡げて飛行した。

 あっという間に東京タワー上空に到着した。

「おっ、いるいる」

 150メートルの大展望台と250メートルの特別展望台に、多数の人間が窓ガラスからの景色を見ていた。俺は東京タワーの周囲をゆっくり飛行した。小学生のたくさんの顔が、大展望台の窓ガラス越に見えた。

「高っかいなあー」

「人がアリンコみたいに小さいぞ」

「真下を見るとチョッと怖いな」

「やめて、押さないでよ」

 小学生の様々な声が、感情を伴って聞こえた。耳で聴こえている訳ではなく、もっと鮮明に小学生達の感情を伴った声が“心”に聴こえるのである。

「そう言えば俺も小学生の時に東京タワーに来たんだっけ」

(今日はこの位にしておくか)と思った瞬間に病室のベットに横たわる身体に戻っていた。

(マジで瞬間移動だな)


「おはようございます」

 翌朝、いつものように若い看護婦が点滴液の交換と検温のために病室にるやってきた。俺は寝たふりをして霊体離脱を行った。彼女に近づいて、彼女の霊体に密着してみた。俗に言う憑依に当たるだろう。試しにカーテンを開けて、それから窓も開けるよう誘導してみた。

「ちょっと部屋が暗いわね」と言ってカーテンを開けた。

「換気も必要よね」と言って窓も開けた。

(もしかして誘導できたんじゃないか?)

(じゃあ今度は頭を掻いてみよう)、すると髪の毛を整える様に髪を掻いた。

(お尻も掻くかなあ)

「えっ、おい本当にお尻も掻いたぞ!驚きだ!」

「今日はもういいな」すぐに霊体を身体に戻した。

「おはよう」

 俺は看護婦に微笑んで言った。

「おはようございます」

 彼女が笑顔で応えてくれた。

「いつも、ありがとうな」

(今日もいい一日が過ごせそうだ)。

 検温と点滴液の交換が終わって看護婦が病室から出ていった。





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