6 幼馴染とイケメンさん
藤堂颯。
それは俺たちが通う白野兎高校内の知名度において、宮城藍夏を凌駕し得る数少ない存在の一人である。
金髪高身長の爽やか系イケメン。
誰にでも優しく、勉強もでき、二年にしてサッカー部のエースと崇められている絵に描いたようなクラスカーストの頂点。
何だこいつ、無敵か。
「で、そんな人気者が、いったいどんな経緯で俺たちなんかと同じ班になったんだ?」
「さーな。俺も藤堂から頼まれて班に迎え入れただけだから、詳しいことは知らねえよ」
朝のSHRが始まるまでの自由時間。
風邪から復活した俺は、いつも通り佐竹との雑談に興じている。
俺が一日休もうが、今まさに多くのクラスメイトに囲まれている幼馴染様のように心配してくれる人はいないので、非常に気楽でありがたい。
べ、別に寂しくなんかないんだからね! なんてツンデレ的冗談を思いつく程度には、何も感じていなかった。
さて、周囲からの心配の声に「別に何でもないよー」とにこやかに微笑んでいる彼女の姿も流石に見飽きた頃である。
「…………あ、おはよう、薄雲君。昨日は大丈夫だった?」
教室に入ってきた爽やかイケメンが、笑顔で俺に話しかけてきた。
「…………おはよう。体は大丈夫、気遣いありがとう。で、急にどうしたんだ、藤堂」
「……っ、あはは、確かに急だったね。その……もう聞いたかもしれないけど――」
「遠足の班が同じになったってやつか。そりゃ、律儀にどうも。よろしくな」
藤堂颯と薄雲紅夜の間に接点はない。
皆無である。
なんなら、今この瞬間が初めて会話したタイミングといってもいいぐらいだ。
「よ、よろしく……それじゃ、僕はこれで」
「おう。んじゃな」
それも、そのはず。
今の会話のぎこちなさからしても想像には容易いのだが、何故か、俺は藤堂に避けられているのだ。
明確に何かを言われたことがあるわけではないし、俺に何かをやらかした覚えがあるわけでもない。
俺のことが苦手なのかと今まで思っていたのだが、遠足の班の件といい、態々挨拶をしてくれた今の件といい、そういうわけでもないのかもしれない。
「なあ、佐竹」
「なんだい、親友」
「遠足、純粋に楽しめる気がしないんだが」
「俺はお前の反応を見てるだけで、既に十分な気がしてきてる」
「歪んだ楽しみ方してんじゃねえよ」
楽しいじゃなくて、愉しいだろそれ。
毒舌無表情幼馴染様。
塩対応正論パンチ系天然ちゃん。
そして、爽やかイケメンサッカー部君。
どいつもこいつも癖が強そうでしかない。
もうちょい薄味の知り合いが欲しいんだが、とため息を吐いたところで、ドヤ顔をしているバカ眼鏡が視界に映る。
「何、自分があたかも常識人ですみたいな顔してんだ、ぶん殴るぞ」
「理不尽すぎない? それ言ったらお前もそうだろ!?」
「俺は常識人じゃないって自覚してるからいいんだよ」
「そういう問題かぁ?」
何気ない雑談。
プロレスごっこの延長戦。
その中で、ふと心に留まった言葉があった。
それは、あっさり自分の口から溢れた本心。
そうだ。
自覚をしているのだ。
自身がどうしようもないくらいの欠陥を抱えていることなんて、ずっと昔から知っている。
だから間違いだと知っていても、その選択は嘘じゃなかった。
涼風に正論をぶつけられ、震える手を握りしめた藍夏の姿を前にして、何も思うことがなかったかと問われたのならば、それを否定することは難しい。
けれど、その上で行動は変わらないのだ。
「ま、人間、歪んでない奴の方が珍しいよな」
「……何か言ったか?」
「いや、何にも。一周回って楽しくなってきたなぁと」
「この短時間で何があった!?」
「何でも良いだろ」
思わぬところで収穫があった。
そんなこちらの事情なんて知りもしない佐竹を放っておいて、俺は机の上へと突っ伏すのである。
ノイズが消えた今ならば、さぞかし上質な睡眠が取れることだろう。
瞼を下ろして、意識を落とす。
そうすると自分でも面白いくらい簡単に、俺の意識は夢の世界へと飛び立っていくのだった。
✳︎
「まさか、保健室行きを勧められるとは」
「昨日の今日で、声かけても起きないぐらいの爆睡だからな。そりゃそうなるわ」
朝っぱらから教室にて爆睡した俺なのだが、どうやら何度声をかけられても目を覚さないほどの深い眠りについていたらしい。
SHRでは担任教師に見逃されたが、まさか一限の教科担当教師にまで居眠りを黙認されたのは想定外だった。
一限の授業が始まる前から睡眠を続けていた俺は、一限が終わった後の休み時間にて、彼女の手で起こされたのである。
「…………にしても、お前…………宮城さんの声にだけ反応するとか、どんな身体してんの?」
「…………割と本気で恥ずかしいから、それを弄るのはやめてくれ」
「およ、珍しい。じゃ、これぐらいにしといてやるか」
そうなのよね。
この身体はどれだけ疲れていても、あの子の言葉だけには反応するらしい。
一時間と少しの睡眠から目覚めた俺は、担任教師からの伝言を佐竹から受け、保健室へ向かった。
担任曰く「熱だけ測って大丈夫なら教室に帰ってこい」とのことだった。
現在は、保健室のばっちゃん先生から「超健康! きちんと眠るようにね」とやけに可愛い丸文字で書かれたメモを受け取り、職員室に寄って担任へそのメモを見せ、教室に戻ってきたところである。
うん、状況説明がクソ長え。
あと、職員室で話した担任教師がニヤニヤした顔で「昨日は大丈夫だったか?」なんて言ってきたのが非常にイラッときた。
何が「羽目を外すなよ?」だ。やかましいわ。
「何にせよ、体調が悪いわけじゃないみたいでよかったわ」
「お前が相手だと、純粋に心配されても寒気がはしるな」
「凄まじく酷いこと言ってる自覚ある?」
「ある」
「ならいい」
そんな一幕などがあった本日なのだが、普段と異なる日常風景となったのはこれだけではない。
それは、丁度昼休みのこと。
俺と佐竹がいつも通り、自分たちの席で昼飯を食べようしたときだった。
「……や、二人とも。お昼、僕もいいかな?」
弁当を片手に話しかけてきたのは、爽やか君こと藤堂颯。
普段は陽キャグループで食事をしているか、サッカーの部室へ行っているという藤堂が、何故俺たちなんかに話しかけてきたのだろうか。
教室を見渡す。
そして、教室全体が普段とは異なる雰囲気にあることがわかった。
なんだか、いつもよりソワソワしているような落ち着きのないような空気感。
「……なるほど。遠足の班が同じ男子で昼飯にしようって腹か」
先に気がついたのは佐竹だ。
まあ、俺は誰がどの班になったとかの最終結果を知らないからな……多分、休まなくても知らなかったと思うけど。
「そういうこと。佐竹君とも昨日少し話しただけで、ほぼ初めましてだからね」
「交友関係狭いからな、俺たちは」
「胸張って言うもんじゃねえだろ、それ…………まぁ、話はわかった。折角だから一緒に食うか。大して面白い話ができるわけでもないけどな」
因みに、やはりと言うべきか、この昼食の取り方を考案したのは彼ら陽キャグループだったらしい。
変な方向に増長したりはしていないため、このクラスの陽キャ集団はかなり健全な方なのだろう。
藍夏が関わった瞬間、目の色変えるやつがいるのは事実だが……それは陽キャグループに限った話じゃねえからなぁ。
「それじゃ、隣を失礼して……いただきます」
白く細い指を丁寧に合わせての食前の祈り。
美形は何をやっても見ていられるとは、まさにその通りなのだと理解させられるような光景だ。
生憎、野郎に興味はないけれど。
面食い女子なら、コレほどの獲物は他にいないだろう。
「…………生き辛そうな奴」
「いきなりだな、お前…………藤堂、コイツとは長い目で見ながら付き合ってくれ。悪いやつじゃないからさ」
「なんで、お前の方が面倒見てますってツラしてんだよ」
「風邪っぴきが生意気言うな」
「…………ぐぬ」
自分の面倒も見切れてない癖に、って理論には納得できてしまうので文句が言えない。
黙ったまま佐竹を睨んでいると、俺たちのやりとりを見ていた藤堂が笑顔を見せる。
「二人は仲がいいんだな」
「だろ? 親友だからな」
「どこがだ。良くて知人。悪くて赤の他人だろ」
「えぇ……赤の他人は流石に酷くない? それ、縁切られてない?」
「……仲良し、なんだよね?」
俺と佐竹の反応の差に、藤堂は複雑そうな顔をする。
仕方ないので頷いておけば、鬱陶しいぐらいに佐竹が目を輝かせていた。
「うっさい」
「まだ何も言ってないんだけど」
「視線がうるせぇ」
「じゃあ、しょうがねえ。すまんな」
いつものノリで話をしていたが、あまり騒ぎ続けるのも折角距離を詰めようとてくれている藤堂に悪いな。
俺だって単身で陽キャグループに放り込まれて、身内ノリで盛り上がられても反応に困るし。
「……と、まぁ、俺たちは終始こんな調子だからな……藤堂も変に気を遣わないでいいぞ」
気を楽にしてくれ、と伝えてみれば、彼は安堵の息を吐く。
あれ、なんでそんなに肩の力入れてたの? やっぱ、俺のこと嫌いだった?
「……そういや、藤堂ってなんで俺たちと同じ班になったんだ?」
「え、っと、そうだね。僕がまだ話をしたことがないクラスメイトが佐竹君と薄雲君だったから、かな」
目を逸らし、所々言い淀みながらそんなことを話す藤堂。嘘をついている――というわけではないみたいだ。
どちらかと言えば、何か後ろめたいことがあるといった具合だろう。
まあ、別に何でもいいが……こっちに被害が及ばないのであれば。
「逆に言えば、他のやつとはもう話したのか。凄いなお前。サッカーで忙しいだろうに」
「話したと言っても、名前を覚えて挨拶をするぐらいの仲でしかないよ。二人みたいに、特別な友達と言えるような相手はいないんだ」
やめて。
キラキラした目で、俺たちの仲の良さを持ち上げようとするのはお願いだからやめて。
「そこは広く浅くか、狭く深くかの二者択一ってやつだろ。優劣をつけるのは間違ってる。どっちもどっちの一長一短だと思うぞ」
「そう言ってくれるのは素直に嬉しいな」
そんな素敵な笑顔でこっちに微笑みかけるんじゃない。
そういうのは女性にやりなさいっての。多分、歳上とかにやれば庇護欲そそられて溺愛してくれるぞ、知らんけど。
「二人は、休日とかもよく遊ぶの?」
「「いや、全然」」
「……えっと、寄り道とかは?」
「「全くしない。そもそも一緒に帰らない」」
声を揃えて返答する俺たちに、唖然とする藤堂さん。
やはり陽キャたちには、ウェイウェイ言いながら遊び呆けている相手というのが友人の概念なのだろうか。
「…………逆に、どうしてそんなに仲が良く見えるんだろう?」
「そう言われてもわからん…………まず、そんなに付き合いは長くないしな。本格的に話したのは、このクラスになってからだし」
「まだ一ヶ月しか経ってないのか!?」
驚愕の表情を浮かべる藤堂に、佐竹が追い討ちをかけていく。
「一年の頃は俗に言うよっ友だったもんな。クラス違ったし……あの頃の俺たちは、体育の授業だけの関係だった」
「身体だけの関係みたいに言わないでくれない? ぶちのめすよ?」
「え、クラスまで違ったの? 本当になんでここまで仲良くなってんの……意味分かんない」
藤堂が遠い目でどこかを見始めてしまったので、佐竹と目を合わせてから、互いに昼食を食べることに集中することにした。
そっとしておいてあげよう、という配慮である。
それにしても、コイツ、この見た目で友達作りのコンプレックスでもあるのだろうか。
いったい今の話のどこにダメージを受けたのだろうと、弁当を味わう思考の傍らで思索する。
あ、この唐揚げ、うまい。
なんて感想で、考え事の全てがどうでも良くなってしまったが、気にすることでもないな。
冷食の進化の勢いは留まるところを知らないと聞くが、それも納得の美味しさだった。特に、餃子界隈が熱いのだとか。
何でもいいが、今度翠にも感想聞いてみよう。
「ふう……ごちそーさんでしたっと」
「薄雲君、食べるのが早いね」
「そっちの弁当箱がアホほどデカいのと、お前がぼうっとしてたからじゃねえか? 見た目の割によく食うんだな、藤堂」
「食事は身体作りの土台だからね……ちょっと無理はしてるけど、これくらいは食べないと」
パクパクと結構な勢いで食事をしている藤堂だったが、昔は食が細かったらしく、割と頑張ってお腹に食べ物を詰め込んでいるとのこと。
俺がこんな量の食事を摂っていたら、すぐにぶくぶくと肥え太り、見るに耐えない姿へと変化すること間違いなしである。
サッカー部のエース様をやるのも、中々、大変なようだ。
ま、それは当たり前か。
エース様だなんだと囃し立てられることは、藤堂にとって些事に過ぎないのだろう。
彼は誰かにエースだと褒められるために練習をしたのではなく、必死になって練習をした結果が現状に繋がっているのだから。
そんなことを自然と思わせてしまうぐらいに、サッカーに関することを話す藤堂は子供のような無邪気な笑顔を浮かべていて、その姿はついこちらまで笑顔になってしまうほどのものだった。
「……よかった。もしお前の性格が捻じ曲がってたら、何してたかわからんからな、俺」
「待って、それ何の話!?」
余談だが、暗にうちの幼馴染を傷つけてみろ、と伝えたところ、藤堂は面白いくらいに震え上がっていた。
……もしかして、怖がってた理由ってコレ?