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3 ファミレスと天然さん








「薄雲紅夜、ここは飲食店じゃないの?」

「それはそう。けど、空いてる時間帯に駄弁るぐらいで文句をつけてくるファミレスはそんなにないと思うぞ。ちゃんと注文もするしね」

「そういうものなのね」

「そーゆーもんなの。俺もあんま飯食う以外の用途で利用したことはないけどな」


 流石に今日初めて話した相手の家に行くのはマズイと、涼風美鈴を説き伏せた俺は彼女を連れて下校途中のファミレスへとやってきていた。

 教室を出るときに向けられた幼馴染様からのジト目と、佐竹のニヤニヤした面を思い出すと明日学校へ行くのが億劫になってくる。


 空きだらけの席の一つに案内をされて、涼風と向かい合って座る。

 何か頼むか? と目で問えば、彼女は大きく頷き、目を輝かせながらメニューを覗き込み始めた。


 その様子を微笑ましく思うと同時に、あまり外食をする機会がないのだろうか、などと余計なことを考えてしまう。

 無闇に相手の事情を詮索するのは良くないことだとわかってはいるのだが、関わりのある相手が少ない分、見知らぬ相手とコミュニケーションを取る際は勘繰り深くなってしまうのは、昔から俺の悪癖だった。


 結局、涼風はシンプルなハンバーグステーキを注文すると決めたらしい。

 学生にも優しい値段に抑えられているし、量もそこまで多くはないので良いのではないだろうか。

 俺はパスタと好きに摘める用のポテトを注文することにして、メニューを元の位置へと戻した。


 店員を呼び注文をして、料理が出てくるまでの空き時間。

 生じた沈黙に向かいに座る涼風は落ち着かなさそうな雰囲気を醸し出している。


「……どうかしたか?」

「同年代の男性と食事なんて初めてなの……何を話せばいいの?」

「何でも良いと思うけどね……いきなり本題に入るのもアレだしなぁ。『ご趣味は何ですか?』なんて話してみればいいのでは? お見合い感が凄いけど」

「そう。なら、趣味は?」

「特にない」

「……………………」

「悪かったから、そんな睨むなよ」


 しょうがないじゃん。

 ないものはないんだからさ。


「……涼風の方はどうだ? 何かあるのか?」

「趣味ね……趣味………………趣味って何?」

「お前も大概じゃねえか……いや、気持ちはわかるけどさ」


 聞かれると意外と難しいんだよな。

 趣味というからには誇れるものでありたいし、かと言って出来ることと趣味がイコールで繋がるわけでもない。

 生活の一部になっているものを趣味なのだと取り上げてみれば、何か特別なことが出来なければいけないような感覚に襲われる。

 結果、何も思いつかずに、読書とか言いがちなんだよなぁ。

 それも、本当の読書家が身近に居たりするとそれすらも言いたくなくなったりするので笑えない。


「……見知らぬ人との雑談は共通の話題があればどうにでもなるってのが、通説だが……何かあるか?」


 そもそも、趣味を聞くというのも全ては話題探しの一環に過ぎない。

 それを自然に行うための手段が『ご趣味は何ですか?』であるのなら、多少の不自然さを許容してでも無理やり話題を探すことだって手段の一つだろう。


「共通の話題…………ぁ」

「お、何か思いついたか?」

「宮城藍夏」

「人じゃねえか」

「ダメなの?」

「いや、ダメでは……ない、か?」


 本人がこの場にいれば全力で拒否をしたのだろうが、ここには俺と涼風の二人しかいない。

 彼女のプライバシーを害すような発言をしなければ、案外問題はないのかもしれない。


「薄雲紅夜は宮城藍夏と交際しているの?」

「すんごい直球で聞くね。しかも豪速球で。逆に冷静になっちゃったよ」

「…………? 答えになってないけど」

「超マイペースじゃん。良いけどさ…………藍夏と俺は付き合ってないよ。ストーカーの次はそんな噂が出回ってんのか?」

「噂は知らない。私が勝手に勘違いしただけ。てっきり交際しているものと思ってた」


 淡々とした口調でそう話す涼風に、俺は内心これでもかというぐらいに驚いていた。

 俺と藍夏が周囲に言われているほど険悪な関係性ではないということを悟られていたから、ではない。

 涼風美鈴という少女が、年頃の少女のように恋愛がどうのと思考すること自体に驚いていたのである。


「……藍夏から話を聞いたときにも思ったが、お前にも恋愛観ってのがあるんだな。少し驚いたわ」

「私を何だと思っているの?」


 お前に恋愛感情があったなんて!? というアホほど失礼な意見をぶつけた結果、当然のように涼風は眉をひそめた。

 平謝りの準備をせねばと俺は速攻で土下座の覚悟を固めようとして、その直後だった。


 彼女の口元が緩い弧を描く。


「なんて言いたいけど、言えないわ。恋愛なんて、よくわからないから」

「だよね、よかった。安心したわ」

「その反応はその反応で少し癪だけど」


 ムッとした様子の涼風がお冷に口をつける。

 ついでに頭も冷やしてくれねーかなぁ、なんてバカなことを考えていると、店員が料理を運んできてくれた。


「…………話の続きは、食べ終わってからだな」

「……そうね」


 店員がテーブルの上に料理を置く。

 その動きをなぞるようにして視線を動かしていた涼風を見て「いっぱいお食べ」と口に出しそうになった俺は悪くないと思う。


 ちんまりとした少女が満面の笑みでハンバーグを食べているのを見ていると、自分の食べているパスタも普段より美味しく感じて、つい頬を緩ませてしまうのだった。




 ✳︎




「ごちそうさまでしたっと」

「……律儀ね」

「当たり前のことを大切にする主義なんだよ」

「そう。良いじゃない」


 量でいえばパスタなんかよりも多いはずのハンバーグを、涼風はもぐもぐと見惚れるほどの速度で俺より早く食べ終わっていた。

 もしかしたらファミレスに来るのが珍しいというだけでなく、単純に食べるのが大好きな子なのかもしれない。


「なら、本題に入るわ」

「そーだな。あ、ポテト好きに食って良いぞ」

「……うん、ありがとう!」

「気が抜けるなぁ」


 早速、涼風はポテトに手を伸ばした。

 うんうん、たんとお食べ。


「その田舎のおばあちゃんみたいな顔やめて」

「よくわかったな? 俺の表情筋凄くない?」

「何を誇ってるの?」


 文句をつけ、ため息を吐きながらもポテトを食べる手は止めない涼風さん。

 これでクラスで一番小柄なのだから、彼女の身体は恐ろしい燃費の悪さをしているに違いない。


「まず、あの子が何を言ったのか教えて」

「…………あー、そうね。俺が聞いたのは、涼風が……その、佐竹に気があるらしいってことだな。だから佐竹を誘えば、お前が藍夏と同じ班になってくれる予定だって言ってたけど」


 恋愛とか知らん。


 つい先程、目の前でそう宣言された手前、幼馴染からの情報を伝えるのは憚られたが、嘘をつくのもおかしな話だ。

 涼風に話をすると、彼女はこめかみに手を当て、深いため息を吐いてしまった。


「驚くほどの恋愛脳ね」

「ごめんね? 俺が悪いわけじゃないけどさ」

「大して気にしてないわよ」


 そう言った割には、涼風はどこか疲れたような表情を浮かべたままであった。

 何か理由があるのだろうかと考え込んでいると、涼風が口を開く。


「……気にしてないのは本当。頭が痛いのは別件のせいね」

「……別件?」

「あの子、貴方と居る時は本当に煩いの」

「いや、逆じゃない? あいつ、俺と話してるときだけは表情死んでるよ?」

「…………飽くまでわかっていないフリをするのね」


 つまらないものを見るような視線。

 遠慮も気遣いのカケラもない侮蔑にも似た感情を孕んだ目で、涼風は俺を見た。


「…………お前はもう少し、円滑なコミュニケーションってのを学んだ方がいいよ」

「いらない。私、友達少ないから」

「割り切りすぎだろ……それでも華の女子高校生か」

「貴方に言われたくない」


 視線がぶつかる。

 真っ直ぐに、互いの瞳の奥底を貫くような数秒間。

 そして、二人揃ってため息を吐いた。


「……まあ、いい。私の言葉程度で変わるなら、こんな現状には至らないわよね」

「そう言われちゃ、ぐうの音もでねぇな」


 あむ、と涼風がポテトを食んだ。

 それを横目に空になったコップを持って、俺は席から立ち上がる。


「…………ん」

「はいよ」


 涼風から手渡された空のコップも持って、水を注ぎに向かう。

 一人になって、改めて思った。



 涼風美鈴はどこまでも純粋な人間なのだと。




 ✳︎




 その後、特に仲良く雑談なんてすることもなく、俺と涼風はファミレスを後にした。

 涼風は下校途中のバス停に向かうとのことだったので、態々別れることもなく帰路に着く。


 その途中、ずっと抱えていた一つの疑問を口に出した。



「……なあ、涼風。お前、さっきあいつのこと煩いから面倒くさいって言ったよな」

「…………それが何?」

「……なのに、何で態々、俺なんかと会話する時間を設けたんだ?」



 多分、彼女と話せることは他にもたくさん残っているのだと思う。

 眼鏡の何が気になっているのか、とか。

 そこに他意はなかったのか、とか。


 でも、聞きたかったのだ。

 もしかしたら、と期待してしまったから。


「薄雲紅夜という人間を知るべきだと思った。それ以上も、それ以下もない」

「…………はぁ、そうかよ。わかっ――」

「なんて、言葉を聞きたいわけじゃないのよね?」


 涼風は俺の言葉を遮って、ほんの僅かにその口元を優しく緩める。


「…………知り合いが、悪い男に引っ掛からないように気を回すのは当たり前のこと。何か文句ある、薄雲紅夜?」


 ――訂正しよう。

 ただの不思議ちゃん、というだけじゃない。


 この少女は、正直者で天然混じりで、空気の読めないごく普通の天邪鬼だ。


「いや、何も。ありがとう、涼風」

「何にお礼言ってるの?」

「……本気で言ってるんだろうな、お前は」

「腹立つ顔しないで」


 キョトンとした顔で首を傾ぐ涼風に、つい笑ってしまった。

 背丈が小さいこともあり、気を抜くと頭とか撫でまわしそうになる……今度、妹にやったろう。


「悪かったよ…………あ、そうだ。呼び方どうにかならない? 一々、フルネームで呼ばれるのむず痒くて嫌なんだけど」

「そう? なら、紅夜ね」

「本気で言ってんだろうなぁ、お前は!?」

「いきなり大声出さないで」


 顔を顰めた涼風に謝りながら、俺はこの件が後々面倒なことにならないよう神へと祈る。


 ……無理? 機嫌が悪くなる?

 またまた、ご冗談を。

 え、ガチ? ガチかぁ。


 イマジナリー神様、全く頼りにならねえ。




「…………?」


 俺がアホを晒していると、隣を歩く涼風が何かに気がついたらしい。

 彼女はその場で立ち止まり、空を見上げながら掌を上へと向けていた。


「どうかしたか? って、これは……雨か?」


 ポツと額に冷たい粒が落ちてきて、彼女が何を気にしていたのかを理解する。

 幸い、俺は朝に天気予報を見ていたので折り畳み傘を持っていた。


 涼風の方は、と様子を伺ってみれば、そこには虚無った目で空を見上げる少女の姿が。


「…………大丈夫そう?」

「…………」

「じゃなさそうだな。田舎のバス停って屋根ないのがデフォみたいなところあるしね」


 仕方ないとカバンの中をまさぐって、折り畳み傘を引っ張り出す。

 そんな間にも雨の勢いは強さを増していて、既に雨音が聞こえ始めるくらいになっていた。


 呆然としている涼風の手に傘を握らせて、カバンを担ぐ。

 そのときになって、ようやく涼風の意識が現実へと戻ってきたらしい。

 慌ててこちらに傘を戻そうとしてきたが、そこで受け取っては渡した意味がない。


「そんじゃ荷物も濡れるし、俺は帰るぞ。傘はまた今度返してくれ」

「私は必要ないから、紅夜が――」

「必要ないわけあるか。風邪引いたりしたら怒るからな。ちゃんと使えよ」


 長話をしている余裕はなさそうだった。

 本降りになれば、こんなものでは済まないだろう。そう思い、涼風の返事を待たずして走り始める。


「…………がとう」


 彼女の声は雨音に掻き消され、全ての音を拾うことはできなかった。

 それでも身体には元気が宿るわけなのだから、ソレは魔法の言葉に違いない。


「……風邪引かねーようにしねえとなぁ。幾ら、涼風でも気にするだろうし」


 女の子に傘を貸して、雨に全身を打たれながら家へと走る。

 ……うん。それは物語のヒーローっぽくて、中々に悪くない経験だ。





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